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第21話


 炎天下。セミはうるさいくらいに泣き喚き、気温は軽く30度を超える本格的な夏が到来した。


 エルオン夏季全国大会初日、そして志那が柴崎に師事した日から2週間。


 この2週間の間、志那は柴崎が店長を務める喫茶店、シャトーへと入り浸っていた。ここ最近、志那は1日の内長い時には12時間、短くても8時間近くをシャトーで過ごしている。


 大学が夏休みに入った事も志那の長時間滞在に拍車をかけた。



 理由は当然、柴崎にエルオンを教えてもらう為。

 


 喫茶店経営の邪魔になってはいけないという観点もあり、当初はここまで手取り足取り柴崎に教えを請うつもりは無かった。



 しかし、柴崎の提案した《重騎士ハルバード》から《ハンター星闘杖》への転向。



 元々強い!というだけでなく、リオン選手への憧れの念のような物も含めて《重騎士ハルバード》を使っていた為、転向には躊躇いが多少なりともあったが、それ以上にリオン選手に勝ちたい、という気持ちが湧いていた為、志那は一旦《重騎士ハルバード》構成を手放した。



 そして新たに使い始めた《ハンター星闘杖》。これが非常にクセもの。


 そもそも《ハンター星闘杖》の使用プレイヤーが柴崎を除いて志那の観測範囲には0人である為定石も仕様も何もかもが未開拓、情報が無いといった状況。


 かろうじて柴崎の記憶に残る〝かつての《ハンター星闘杖》〟の情報は得られたものの、度重なるアップデートによって使用感はそこそこ変化しているらしい。


 


 そういう状態からスタートした志那にとっては一人でのんびりと《ハンター星闘杖》を開拓していく時間は無かった。



 故に柴崎と付きっきりでの《ハンター星闘杖》講座。



 やはり先人の知恵という物は偉大で志那は日に日に上達していった。



 「違う違う。今の所は狩笛じゃなくて回避が正解。黒犬の方は白より素早さ低いから間に合わないよ。」



 体力ゲージが0となり倒れた志那に向かって柴崎は言う。



 柴崎が今使っているのは《盗賊マンゴーシュ》。志那の《ハンター星闘杖》構成練習の為に現在のエルオン環境構成を仮想敵とした模擬戦1000本ノックの最中である。


 1000本ノックと言っても柴崎曰く、「1000本で終わる訳が無いだろう。」との事。実数はもっと上となるようだ。



 「じゃあ一旦距離取って弓が正解ですか?」



 「いやぁー、上手い人相手にそれやると多分マンゴーシュの紐付き投擲で撃ち落とされて膠着状態入っちゃうかなぁ。回避から即弓、ってのが正直過ぎるね。ワンクッションブラフ挟んでから弓が一番安定すると思う。」




 「なるほど!ならそこから弓犬にも繋げられますかね!」



 「うん。それで良いと思う。もっと細かい事言うと白犬に噛ませちゃうと硬直一瞬過ぎて次の攻撃に繋がりにくいから理想を言うと黒の方に噛ませたいかな。黒の方がダメージもでかいし。これはその時の2匹の距離とプラン次第だけども。」

 


 試合が一つ終わった後は問題点の確認。ひたすら繰り返す事で完璧へと近付けていく。



 「よし、じゃあそろそろ次の構成に行こうか。《戦士ロングソード》とか使ってみようかな。」



 柴崎はそう言うと練習場の脇からロングソードを持ってくる。



 志那がこの練習期間の間に気付いた柴崎の恐ろしさ。


 それは圧倒的な飲み込みの速さであった。各職業、武器ごとに用意されている仕様ページをさらっと読んでから1.2分の間武器を振り回すだけで現環境で正しいとされている使い方の80点ラインを簡単に叩き出す。



 普通の人間には仕様を確認してから少し武器を振り回す程度で定石じみた動きを把握する事など出来ない。


 柴崎へと志那がその秘訣を聞いてみた所、「長年触ってたからコツとかが分かってるのかなぁ。結構昔の戦術と似てる戦術とか多いしね。」などという返事が帰ってきた。



 経験値の賜物らしい。そういえば頭の良い人は繰り返した問題演習によって勘、成文化されていない独自の解き方のパターンのようなものが培われている為初見の問題でも対応出来る事が多くなる……と聞いた事があるなぁ、と志那は思う。同じような物なのだろうか。



 「じゃあ行こうか。」


 

 試合が始まる。




 ✴ ✴ ✴



 「うーん。」



 こいつ、やっぱり志那だよなぁ。若干の困惑と共にスマホの画面を拡大する。



 真夏、クーラーの効いた部屋の中でエルオン全国大会のダイジェスト映像を見ながら船木は思う。右手には棒アイスを持った贅沢スタイルである。



 船木は志那と同じ大学に通う大学一年生。志那とは大学初日になんとなく気が合ってからというもの、講義の時には一緒に座ったりたまに昼飯を食ったり……という緩い繋がりの交流を続けている。



 「兄貴の動画を見ようとしたら友達が出てくるなんてなぁ。そんな事あるんだ。おもしろ。」



 船木はのんびりとした声色で独り言を呟き、誰かに電話を掛ける。



 しばしのコール音の後、通信が繋がった音が鳴る。



 「あ、もしもし兄ちゃん?出ないと思ったや。」



 「偶然ご飯食べようとした所だったんだよね。今日のご飯は何を食べるつもり?」



 兄ちゃん、と呼ばれた男はぼんやりとした声色で船木の用件も聞かずに質問を始める。いや、兄弟関係なのだから兄の方も船木ではあるのだが。



 「今日はそうめんを食べるつもりだよ。もう暑くって暑くって。がっつりした物とかは食べる気になれないかなぁ。」



 「ふーん。」



 聞いておいて話を膨らませない兄。相変わらず自由だなぁと船木は思う。



 「そんな事よりさ、この前兄ちゃんが優勝した大会。あの動画見てたら俺の同級生も出ててさ、もう少し勝ち登ってたら兄ちゃんと当たってたよ!」



 「へーえ!どんな人!?」



 兄の優勝した大会に偶然弟の友人が出場していた、という別に電話を掛けてまでわざわざする話でも無い雑エピソード感はあるが、そんな事は思わないのか、エルオンの話題を出した途端に兄が分かりやすく興味を示す。



 船木が言う、この前優勝した大会。これはエルオン夏季全国大会を指す。



 つまりは船木の兄は現在最強格の強豪プレイヤー、リオン。



 船木自分はエルオンにそこまで興味があるという訳では無い上、わざわざ自慢する事でも無いし誰かに言うタイミングも別に無い、という事でこの兄弟関係を話した友人は今まで殆ど居ない。別に隠している訳でも無いのだが。



 「見てみた感じ兄ちゃんの《重騎士ハルバード》そっくりだったよ。あれは真似してるね。いや分かんない。真似してるのかな、でもクセとかは似てたよ。結構研究してたんじゃないかな。」



 「あぁそっか、あの《重騎士ハルバード》か……。もっと違うのが見てみたいかもなぁ。あの人にあの構成は向いてないと思うな。考えるのが好きそうだったし、もっとスピード系のやつの方が勝てるようになる気がするな。《詩人グリモワール》構成とか面白いんじゃない?」



 大会で見覚えのある《重騎士ハルバード》、志那の存在を思い出しながらリオンは語る。言い方は色々あるだろうが、リオンは重度のエルオンヲタク。


 全国大会に出場してきていたプレイヤーの名前と特徴、使っていた構成は既に頭に入っている。



 ……代わりに他の事は一切覚えるつもりが無い為、なんとか人間としての最低限の活動を遂行する事ができるよう、リオンのマネージャーは日々苦心している。




 「最短最速で強くなりたい、って感じなんじゃない?今思い出したけどそういえばあいつ、エルオンの動画見てた気もするなぁ。まぁ今度機会があったら適当に言っとくよ。」


 


 「それで、お前はエルオンやんないの?」



 リオンはちらちら、と聞く。リオンには色々な人と戦いたい、という行動理念が存在する。それは兄弟といえど例外ではない。純粋な「一緒に遊びたい。」という気持ちでの発言である。



 「答えは分かってるくせに。兄ちゃんに勝てないゲームって楽しくないんだよね。」



 そう言いながら船木はくすりと笑う。



 幼い頃から船木兄弟は異質だった。ごく普通の両親から生まれた兄弟。4歳差、兄に付き纏いながら弟がベソをかく。



 そんな一見普通に見える兄弟であるが、どちらも生まれた頃から耳と目、そして人の感情、思考の機微を感じ取る力が異様に高かった。



 中でも特に兄の方にその特徴は顕著に現れた。



 幼稚園の友達とじゃんけんをしてみれば百発百中。理由を聞いてみれば「顔を見てたら何を出そうとしているか分かるじゃん。」と語り、幼稚園の先生を驚愕させた。



 嘘を吐いている大人は直ぐに分かったし、遠くで誰かが話すナイショの話も明瞭に聞き取れた。



 一時期車に強い興味を示していた頃なんかには家の前を走る車のエンジン音とタイヤが地面を擦る音で見ずとも車種を判別する、という凄い特技を身に着けた事もあった。



 知能も非常に高く、おおよそ幼稚園児とは思えないような論理的な会話も成り立っていた。



 ……とまぁ、そんな事もあって当時の周りの大人達は「エスパーでは?」等という事を本気で話し合ったという。結論としては別にエスパーでは無い、という所に落ち着いたらしいが。



 弟の方にもその人間離れした特徴は現れたが、兄には及ばなかった。



 二人兄弟。幼い頃から主に兄先導で二人で様々なゲームをやってきたが、弟が兄を上回る事が出来たゲームは未だ存在しない。



 どれをやっても兄の方が上手いのだ。



 そして兄、リオンは偶然にもゲームが大好きになってしまった。暇さえあれば弟を誘ってゲームをやり続けた。その結果どうなったか―。




 弟は兄とゲームをする事が大っっっっっ嫌いになった。



 当然である。いくらやっても全く勝てないのだから。


 ゲーム自体は好きなままである。なんなら他の人と戦えば結構勝てるので好きな方ですらある。



 別に兄の事が嫌いという訳でも無い。



 単純に兄と一緒にゲームをプレイするのが大っ嫌いなだけである。敗北感。兄弟相手のみに現れる特有の負けず嫌いのようなものが湧くのだ。



 そして練習を積み重ねて兄に勝とう、という気持ちも湧かない。



 誰よりも近くに、誰よりも長い時間共に居たが故に兄、リオンという存在の壁の高さを認識してしまっている。



 ここまで近くに越えようの無い壁が存在すれば劣等感から性格が捻くれてグレたりしてもおかしくない感じはするが、船木は偉かった。


 「兄貴は超えられなくても有象無象には勝てるし。」と2位で居る事に甘んじる事で精神面に折り合いをつけ、持ち得た才能で緩くかつ要領良く生きるという事に成功したのだ。



 そういう経緯もあり船木は兄のプレイするエルオンには手を出すつもりは無い。エルオンをプレイすれば嫌でも〝最強 リオン〟の影がチラつくのだから。精神衛生上よろしくない。

 


 「それは残念。やりたくなったらいつでも初めて良いんだよ?お前は強いんだから。」



 「兄ちゃんに言われたって嫌味にしか感じないなぁ。じゃあ話したかった事は終わったし切るね。ば〜い。」



 そう言いながらブツリ、と船木は通話を切る。



 時代が進み、通信形式が変わろうと通話が切れる時の擬音はブツリのままなのだ。





 「残念。お前は本当に強いんだけどな。」



 既に切れた通話の向こう側でリオンは呟く。長年を共に過ごした弟。本当は、本気を出して打ち込めばそのポテンシャルは己を凌ぐくらいに高い事をリオンは知っていた。


 「あーあ、戦ってみたいなぁ。」



 そう言いながらリオンはパックご飯を電子レンジで温め始めた。





 


 「もう一本アイス食べちゃお。」



 そんなリオンの事情は知らない船木はそう呟き、ゴソゴソと冷凍庫を漁り出す。




 志那に兄ちゃんからの伝言伝えようかな。



 足で冷凍庫を蹴り閉めながらそんな事を思うも、「まぁそのうちでいっか。」というのんびりとした考えに掻き消される。



 既に志那は構成の転向を行い、練習を重ねている。志那に言っても言わなくてもプレイスタイル、実力に影響は出ない。憧れのリオン選手からお言葉を頂いた。という要素でモチベーションが爆上がりしていた可能性はあるが。



「面白い。」「続き読みたい。」等思った方は、ぜひブックマーク、下の評価をお願いします! モチベーションに直結します。優しい方、是非。

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