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第14話


 ふらふらと会場近くを歩き回る。



 ポケットから取り出したスマホを見てみれば時刻は14時半。帰るには早い時間だが、敗戦のショックを引きずってるせいであまり遊ぶ気も起きない。



 どうしたものか。



 手で陰を作り、空を見上げる。現在夏真っ只中。さんさんと照りつける太陽が身を焦がす。



 これが青春、夏……?



 いや、暑い。熱中症になる。




 立っているだけで体力が奪われる。青春とか言っている場合では無い。何処か日陰を見つけなければ死んでしまう。暑い。



 干からびたミミズと化しそうになりながら日陰は無いかと辺りを見渡すと、直ぐそこに喫茶店が建っているのを見つける。



 しめた、一端ここで落ち着こう。



  

 駅前の巨大なビル群。デパートや高そうな料理店がひしめき合う区画から100mも離れていない場所にその喫茶店は建っていた。



 一応都会の駅前だし、ここの地価高い筈だよな……。喫茶店で黒字出せるのか?もしやセレブ御用達の高級喫茶店だったりして?



 そろりそろりとポケットに入れていた財布の中身を確認する。最低グレードの札が二枚。なんか思ったより少ないな。



 セレブ御用達高級喫茶店だったら困る。



 もしもセレブ御用達高級喫茶店だったら何も頼まずに出よう。そうしよう。




 金欠大学生には背伸びしている余裕すら無いのだ。



 奇妙な立地に若干の恐れを抱え、喫茶店の扉をギギギ……と開く。ほら、扉が重くって高そうだもんもう絶対セレブ御用達だ。



 扉を開くとカランコロンと昔ながらのアナログの入店ベルが鳴る。お洒落~~!



 あんまり喫茶店など行ったことが無いので作法はこれで合っているのかと緊張する。俺は何か粗相してないだろうか。



 喫茶店にドレスコードとかあったりしないだろうな。



 いや、ドレスコードのある喫茶店はセレブ御用達高級喫茶店だ。回れ右して帰ろう。



 店内はなんだか薄暗い。いや、というか普通に暗い。奥の方なんか何にも見えないぞ。まだ開店前か?



 店内の醸し出す圧に負けて「出直しまーす。」と呟いて帰りそうになった瞬間、店の奥から声がする。



 「いらっしゃい。」



 暗くて姿はよく見えないが、低くて落ち着いている声、ダンディなおじ様って感じの声だ。



 「あっ!どうも!お邪魔します!!」



 お邪魔しますで合ってるのか?わからん。



 不慣れな環境に混乱で硬直していると「適当な所に掛けて頂いてかまいませんよ。」とこれまたダンディな声で案内される。



 とりあえず1番明るい窓側の席に座ると、店長らしきダンディおじ様が小さいメモ帳とミニボールペンを手に近付いてくる。



 何か俺、粗相しちゃいましたか?



 というかこれ、メモ帳とボールペンが小さいんじゃなくて店長おじ様がデカいだけだな!?



 明るい場所に出てきて初めて気付いたが、ダンディおじさんは身長185cmにクソデカ肩幅のフィジカルお化けであった。外人でもこの体躯の人間はあんまり居ないのでは。



 喫茶店とかの人が着てそうなかっこいいシャツとベストみたいなのを着ているが、体がデカいのでパツパツに見える。きっとこれが最大サイズの服だったんだろうな……。



 プロのラグビー選手でしたって言われても驚かない。というか怖い。ダンディおじさんに突如殴りかかられたりしたら俺は死ぬ。



 「ご注文は?」



 幸いにも殴りかかってきたりせずにダンディおじさんは注文を聞いてくる。



 「えっ、あぁ、じゃあ……。」



 席に備え付けられていたメニュー表を確認して飲み物を選ぼうとする。どの飲み物も300円~500円台。



 喫茶店としてはこの金額設定は正しいのだろうか。こんなもんなのか?逆に安かったりするか?



 少なくともセレブ御用達高級喫茶店では無さそうで安心する。



 「じゃあメロンソーダフロートお願いします。」



 450円のメロンソーダフロートを頼む。アイスが食べたい気分なんだ。外暑いし。



 「畏まりました。以上でよろしいですか?」




 「はい。」




 俺がそう返事するとクソデカ肩幅高身長ダンディおじさんはにこりと微笑み、奥の方へと消えてゆく。




 デカい人だなぁ……。



 

 大会、どうなっただろうか。



 全国大会は敗北した段階で帰って良かった為勢いで出てきてしまったが、最後まで見ていけば良かったかもと若干後悔する。



 とはいえ生配信のアーカイブが残っているだろうから後でそれを見れば良いだけという思いもある。



 敗北直後はエルオンなぞ2度とやらんといった気持ちであったが、少し頭を冷やしてみれば秋の全国大会を目指してみても良いかなという気持ちにもなってきた。



 一時の感情なんて当てにならないのだな。



 結局楽しいから一ヶ月間ほぼフルタイムで続ける事が出来た訳だし。



 もう一度ランクマッチも!



 いやランクマッチはつらいかもな?もう一度S1級まで上がれって……。階級はシーズンごとにリセットされるとはいえ、そんな一気に下がる訳では無いからスタート階級は多分A1とかから。それならまだ今回よりは楽かもな?



 でも大会に出続ければリオン選手と戦えるかもしれないんだよなぁ。



 …………よーし、もっかいエルオン頑張るぞ~~!



 


 薄暗い喫茶店の窓側の一席で注文したメロンソーダフロートを待つ間、志那はすました顔でこんな事を考えていた。




 直後、志那は暗闇の奥から何かが近付いてくる気配を感じる。



 何か聞こえる。鼻息?




 「ふっ、ふっ、ふっ、」




 窓際の明るい席、志那の近くへと来たことによって鼻息の主の姿の全体像が見えた。



 現れたのは眼鏡をかけ、スーツを着た男。見た目は30代前半くらいに見える。全体的にぽっちゃりしていてスーツの襟に首が埋まっている。丸っこい。なんだろう、古のオタクの服を剥ぎ取ってスーツを着せたらこんな感じになりそうって感じだ。



 「志那君かな!?会場近いし!!そうだよね!!」



 男は志那の座っているテーブルの端に手を添え、身を乗り出してくる。



 「えっ、あっ、誰!?」



 突如として暗い店の奥から突っ込んできて己を知っているかのような馴れ馴れしい口振りで話しかけてくる男に志那は困惑する。



 「ちょっと……、お客さん困ってるだろ。プリンス君。」



 今度は店の奥からフィジカルお化けダンディおじさんが注文の品のメロンソーダフロートをトレーに乗せて持ってくる。

 



 「あっ、柴崎さん!すいません!」



 プリンス君と呼ばれたぽっちゃりスーツ男は口で謝るが、身を乗り出す事を辞める気配は無い。

 


 プリンス君?柴崎さん?



 フィジカルお化けダンディおじさんは柴崎さんという名前なのか。



 待って、今俺のテーブルの縁に手を添えて上目遣いをしているこのスーツ男はプリンスって名前なのか?流石にあだ名か。



 「プリンス君は本名だよ。なんだっけ?流行のキラキラネームってやつ。」



 「えぇえ!?本名!?」



 「最近じゃこういう名前多いんでしょ?」



 柴崎さんと呼ばれたフィジカルお化けダンディおじさんは志那にメロンソーダフロートを給仕しながら言う。



 キラキラネームが受容されるようになってから久しくはあるがまだまだプリンスは珍しいだろ。プリンスって感じには見えないし。



 「そうさ。プリンス君と呼んでくれたまえ。」



 プリンス本人は満足げに自己紹介してくる。あんたが気に入ってるなら良いさ。



 「僕はこの喫茶店の店長をしている柴崎。呼び捨てで呼んでもらって構わないよ。」



 プリンスと異なり、落ち着いた様子で志那へ挨拶する。挨拶一つでも様になるのかよ。

 



 ってか結局何者だよこのプリンス。



 「さっきの試合見てたよ!アバターと顔がそっくりだから直ぐ分かったさ!」



 プリンスは両手を掲げ、オーバーリアクションに身をよじる。その動き結構気持ち悪いな。



 というかそうか、さっきの試合を……、生配信を見たって事かな。俺の敗戦を見たわけか。まさかたまたま入った喫茶店に全国大会の生配信リスナーが居たとは。



 アバター顔をリアル準拠にすると身バレするっていう弊害があるのか。これは想定外だ。いやでも考えてみればそうか。次からなんか対策した方が良いかなぁ。




 「どうも、アンタもここのお客さんなの?」



 「そうさ!僕はこの喫茶店アイオンの常連客であり、柴崎さんの一番弟子!エルオン界の貴公子プリンスとは僕の事さ!!」



 「君全然注文しないから客とはあんまり言えないけどね。」



 ハイテンションで語るプリンスを横目に柴崎がぼそりと呟く。



 というか自己紹介されても出自が分からないな。エルオン界の貴公子プリンスなんて自称してたけどそんなの聞いた事無いぞ。誰だよお前。



 「うちの客が申し訳ないね。ほら、プリンス君、離れなって。」



 俺のテーブルへがっしりと掴んで離さないでいたプリンスの首根っこを掴み、ずりずりとプリンスを引きずりながら柴崎さんは店の奥へ戻ろうとする。



 「志那君!君の事は知っている!是非僕と一戦交えてくれないだろうか!!」



 首根っこを掴まれ、引きずられながらもプリンスは叫ぶ。一戦交えろってエルオンで?ゲームとはいえ初対面の人間に決闘を申し込まれるなんて初めての経験だぞ。人生面白い事もあるもんだな。



 「プリンス君~~?お客さんの迷惑でしょうが。」



 柴崎さんは「はぁ。」という呆れ顔をし、プリンスの首根っこを掴んだまま持ち上げて顔を向き合わせプリンスへ圧を掛ける。



 クソデカハイパーフィジカルおじさんの柴崎さんがそれやると強そうすぎていじめにしか見えないんだよなぁ。



 プリンスが悪いのは分かってるんだけど少し可哀想になってくるな。



 元々大会用に持ってきていたヘッドセット一式は手元にあるし、一戦くらいならやってやっても良いかもな。



 「うーん。これ飲み終わったら相手するから、少し待って。」



 志那はテーブルの上に置かれたメロンソーダフロートを指さし、飲む。



 「おぉお!!ありがたい!!是非やろうではないか!!!」


 

 声でっか。



 メロンソーダフロートはアイスとか乗ってるし炭酸水だから早めに飲まなきゃ美味しく無くなっちゃうからね。



 「えぇ、悪いよ。」



 店長の柴崎さんはぴらぴらと手を振りながら志那に言う。



 「別に良いですよ。大会初戦負けで落ち込んでた所ですし。一回こういうのがあっても良いかなぁ、って。」



 「そう……。店の奥に横になれる所あるから。やるならそこ使って良いよ。」



 柴崎はそう言うと掴んでいたプリンスの首根っこを手放し、店の奥へと消えてゆく。



 「ふふひっ!!僕の全力を持って君を倒してあげよう!!」



 体が自由になった途端プリンスが手足を振り回して笑いながら叫ぶ。中途半端に笑うからなんか変になってるぞ。



 というか結構機敏に動くな。そんな素早く動けるもんなのか。



 全国大会では思ってたより自分が強くない事を理解させられた。どうせならこういう場での試合でも気を抜かずに己の糧としてやろうではないか。



 ついでに俺が勝ったらプリンスに反省させてやる。



 喫茶店に入ってきた客にダル絡みした上に決闘を申し込み出すあまり金を落とさない常連客って結構たち悪いぞ。相手が俺じゃなかったら本気で嫌がられてると思うな。



 志那はそんな事を考えながらスプーンでアイスを削り、口に運んだ。


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