第13話
互いに3勝3敗。泣いても笑っても最終戦。
志那は気を引き締める。
この試合に勝てばリオン選手と戦える。
志那がエルオンを始めるきっかけとなった選手であり、憧れの存在。彼に勝ちたい一心で志那はこの一ヶ月間のほぼ全てのリソースをエルオンに注いできた。
しかし対リオン用に用意していた秘策は神楽との消耗戦によってかなり透けてしまった。
本当ならもっとテンポ良く攻めきって手の内を隠したままで居たかったが……。
何はともあれ、この試合をしっかり締め切らねば。
* * *
「リキさんはどちらが勝つと思いますか?」
解説席、アナウンサーが問う。
「そうですねぇ、やっぱり戦士ロングソードに分があるかなぁ、とは思いますね。」
はじまリキは顎髭をぽりぽりと掻きながら言う。
「ほう、それはどういった意図で。」
「《重騎士ハルバード》構成って初心者でもスタンさえ捻じ込めば勝てる可能性が出てくる構成自体のパワーが高い構成なんですよね。だけども動きが非常に鈍いっていうデメリットがある。一定ライン以上の対戦相手になってくると、《重騎士ハルバード》構成はミスをした時のリカバリーが難しいんですよね。」
大会中ずっと話し続けて疲れたのが、リキは机上に置かれていたペットボトルの水を一口飲む。
「例えば《盗賊マンゴーシュ》構成。スタン耐性がある点でも《重騎士ハルバード》相手に有利が付くんだけど、その上軽量職である盗賊は重騎士が一動作をする間に3回は動きを変える事が出来る。最悪、盗賊が一つ選択をミスした所で残り2回の動きである程度リカバリーが出来るんだ。だけど重騎士はそうもいかない。ワンミスが致命傷になる。そう言う面で言えばこの試合は《重騎士ハルバード》よりも早く動ける《戦士ロングソード》の方が有利かな、と思う。お互いが拮抗してぶつかり合う消耗戦だし、先にミスした方が負ける戦いかな。」
とはいえあんまり構成的に有利不利はほぼ無いので練度や運で大きく変わるんだけどね、とリキはニコニコとした表情で言う。
第7試合が始まる。
ロングソードを背中に仕舞ったまま神楽は走り出し、志那へと距離を詰める。
ここまでの試合で何度か見た神楽の初手。
最初にある程度の距離まで間隔を詰めるのがこの対面での定石だろう。
志那はハルバードを握って穿鋼撃を用意。神楽がこのまま何かしらの技を持って突っ込んでくれば差し違えて80%スタンの抽選を押し付けられる。
神楽が止まった時ほ穿鋼撃をキャンセルして通常攻撃の突きを狙う動きにシフトするつもりだ。
穿鋼撃の用意を始めた志那を確認した神楽はバックステップし電光撃を用意する。
電光撃は戦士固有の技であり、攻撃倍率60%の小範囲技。これだけ聞くと通常攻撃よりもダメージの低い小範囲技という使い所に困りそうな技に見える。しかしこの技の真価は速度にある。
電光撃は攻撃入力したその瞬間に発動する。発動時に向いていた方向へと約4m程度飛びながら剣を振る。発動中の方向転換は叶わない。
エルオンは技の用意中にダメージを食らった場合それまで溜めていた技発動までの時間がリセットされるという仕様がある為、高速でダメージを入れる事が出来る電光撃は相手プレイヤーへの妨害札として重宝されている。
電光撃を発動した神楽が志那へと飛ぶ。
志那は即座に穿鋼撃をキャンセル。パリィは難しいと判断して左手に握った盾を構えるだけに留める。
ロングソードが盾へガキンッという音を立てながら衝突する。
志那はチラリと横目で己の体力ゲージを確認する。60%倍率技に加え防御、殆ど体力ゲージは減少していない。
攻撃が殆ど効いていない事を確認した神楽は直ぐさま再び距離を取ろうとする。
志那は後退しようとした神楽を見てハルバードを振り回し、ロングソードの柄へとハルバードを引っ掛ける。
志那目線、距離を取らせる間を与えずにここで勝負を決めきりたい。
一瞬武器を拘束される神楽。
神楽は鎧砕きを発動、直後にキャンセルする。
何をしたかったのかと言うと、エルオンでは技発動中にキャンセルを行った場合、一時的に武器の当たり判定に変化が起きる。この当たり判定の変化を利用して武器の拘束からの脱却を行ったのである。
志那は拘束直後から穿鋼撃を発動している。用意が終了。
志那は正面の神楽目がけて穿鋼撃を発動する。
神楽が穿鋼撃を避ける。
* * *
試合開始から約5分。
短いように思えるかもしれないが、一試合が1分から3分。長くなっても3分半程度になるこのゲームにおいては異例の長期戦であった。
解説席は大興奮。無名選手同士の試合ではあるものの、中々ここまで拮抗した試合は発生しない為、解説席の解説によって届けられる生配信も盛り上がりを見せた。
この戦いの勝者が今大会最注目選手であるリオン選手の次戦対戦相手になるという事もあり、この試合の配信はプロ対プロの試合に引けを取らぬ速度でコメントが流れたという。
神楽がロングソードを振る。その長さ故に地面の土をガリガリと削り、切り上げるような軌道だ。
志那は全力で思考する。全神経を研ぎ澄まし、戦いを組み立てる。
二歩下がれば蒼天斬の発動に間に合う。
神楽が突っ込んできたら?下薙ぎで遅延させて避ければ大丈夫。体力差があるから押し切れる。
間合いを詰めて通常攻撃戦に持ち込む?向こうの方が動きが速い分不利か。カウンター狙って破剣出すか。飛ぶ?
向こうの障害物まで移動しつつ物陰での戦いに持ち込むか。いや、互いに体力がもう……。右手狙って。走る。裏?違うか。そこで鎧砕き?なら対抗はこれ。キャンセル来るから次はこれ。そこから火剣に繋がるよね。こっちは攻撃動作を流用できるように一瞬横薙ぎを発動してキャンセル。
次の手。
次の次の手。
次の次の次の手。
次の次の次の次の手。
先の先を読み続ける。長引き続けた試合。既に二人は互いの手筋を読めるようになっていた。
互いの体力が残り2割を切った終盤戦。二人とも被ダメージを極力抑える戦法へとシフトした為に試合展開は鈍化する。
試合展開が鈍化したとはいえ、考えなくてはならない事は依然多い。
思考が加速し続けた志那はパチパチという音が脳の奥で鳴る事に気付く。脳の神経が焼き切れている音だろうかとふと思うが、お構いなしに志那は思考を進める。
これだけ考えても志那が詰め切れない理由は1つ。神楽も同じもしくはそれ以上に思考を巡らせているからである。
互いが最善手を出し続けた戦い。
終わりは唐突に訪れた。
志那は体を捻りながらハルバードを突き出す。避けた神楽は避けながら攻撃を用意する。
横飛び。左に飛べばロングソードの軌道を避けられる。いや、そしたら飛び後の硬直を刈られてしまう。
右は論外。盾を出すか。いや!次の次の大薙ぎに間に合わない。避けで受ける必要がある。
となるとしゃがみ受け?次動作で突きを食らっておしまいだ。
………あれ?
あれも、これも、それも。
どの手を打っても負けじゃないか……?
詰み?
いやいや、そんな訳が無い。もっとよく考えろ俺。
駄目だ。盾を使ってパリィ出来たとしてもそこから繋げた攻撃でやられる。
いや、まだ……。
ロングソードを両手で構えた神楽がニヤリと笑い、言う。
「詰みだ。」
* * *
試合終了後、呆然とする志那へと神楽が話しかける。
「最初は相手にならんと思ったが、お前は強かった。完全に互角だった。俺が負けていてもおかしくない。そういう訳で、まぁ、あんまり落ち込むな。」
声が頭へと入ってこない。音は入ってくるのに、意味が理解できない。
「お前の代わりに俺がリオンをボコしておいてやるよ。期待してくれ。」
神楽はそう言い残すとログアウトしていく。
どれ程の時間が経ったのか。個室へと入ってきた大会スタッフに起こされるまでの間、志那は仮想空間内で立ち尽くしていた。
敗北。この2文字が頭の中をグルグルと回り続ける。脳みそが泥に浸かっているかのような感覚になる。さっきまであんなに色々考える事が出来ていた筈なのに、何故か今は何も考えられない。
勝てばリオン選手との試合。絶好のチャンスを逃したダメージは普通の敗北よりもメンタルに効いた。
他の参加者の邪魔になってしまわないよう、参加者用に用意された区画のスタジアム席へと移動し、志那は溜息を吐く。
会場内で売られていた大きめの紙コップに注がれた300円くらいするコーラを一口飲む。タコスとかも売っていたが、何かを食べる気にもなれなかった。
あそこで違った動きをしていれば勝てたか?序盤の2敗がまずかった。慢心していなかったか?本当に全力を出せていたか?もっと出来る事があったはずなのに。
止まらぬ反省に頭を抱える。
これ程のチャンスカードは2度と回ってこないかもしれない。俺の馬鹿。もっと時間を削って練習していれば。
そもそも効率的な練習方法が出来ていたか?甘えが無かったか?
あぁ、でも、もう全てが遅い。いくら反省しても時は戻らない。
リベンジは効かないし、俺の夏季大会はもう終わってしまった。
いつの間にかコーラの中に入っていた筈の氷は溶けて無くなっている。薄まってしまったコーラを飲む。不味い。
なんだかもう疲れた。今日はもう何も考えたくないな。
次戦へと進んだ神楽対リオンの試合を見る。俺の時と違って決着が早い。
4対0でリオン選手のストレート勝ち。神楽が必死に繰り出した手は何一つリオンに通用しない。
対するリオン選手は涼しい顔をしながら高難度コンボを繋げて一種の〝魅せる〟戦い方で神楽を下す。
誰の目にもどちらが格上なのかは明らかであった。
手も足も出ない敗北に膝を突き、神楽は顔を歪める。
試合の決着を見届け、志那は大会の会場を後にした。
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