47.再会と『巻き込んでしまった』宣言
おはようございます! 九州は入梅したようですが、横浜は晴天です! この時期は晴れてても涼しくて風邪引きやすいですからね、皆さんも注意なさって下さい (^O^)
ガドルがいるという騎士の詰め所は王城の中庭にあるとナーシャに教えられ、オレは初めて王城の目の前までやって来た。
「ギルム王国で最も大きい城か……サラマンダーと比べたら大したこと無いな……」
灰色の石で出来た城は大きいな、とは感じるものの、全体的に無骨で質素で、荘厳な威容があるとは言えなかった。
そして、当のサラマンダーというと、魔物討伐組合がどのように機能しているのか知りたいと言い張り、ナーシャと共に朝早くから家を出て行った。自分を連れて行くように、甘えて気を引く姿はあざとい程だったが、からかおうと撫でる素振りを見せた所、敢えなく心を読まれて思いっきり噛まれた。
「たたた……まだ痛いな……」
その時に右手の人差し指をほぼ丸ごと呑み込まれた為、指の根元に点々と深い歯形が残っている。直ぐに治らないようにオレの体内のエリクシルを操作したと言っていたから、人間の治癒力程度でしか治らないのだろう。
「ごめんくださ~い? あの~。誰か居ますかね~?」
「なんじゃ? 開門は正午。わしに頼んでも無駄じゃぞ?」
正門脇に設置された小屋の扉を左手でノックすると、中から返事があった。
気だるげに出てきたのは杖をついた老人。しかし、老人はオレの体を下から上に眺め、目を丸くした。
「おお! あなた様は魔剣鍛冶師の……え~と? お名前はなんじゃったかな……」
「魔剣鍛冶師見習いの向井ケントです。おっさ……じゃなかった、ガドル騎士団長に呼ばれたんすけど……今って、入れます?」
「なんと! 騎士団長様に!! 本当ならば正午まで王城には入れんのですがな……裏口に案内いたしましょうぞ!」
「あ、いや、正午まで待つんすけど」というオレの制止も聞かず、お爺さんは早足で歩き始めた。
これはもう慣れた、いつもの反応だ。ガドルと共に凱旋し、王から直々に勅を貰った魔剣鍛冶師として、この中央区ではオレはすっかり有名人になってしまった。オレが知らなくても、皆がオレを知っている。向こうから喋り掛けてくる(しかも、殆どが声援と応援である。) そのお陰で、すっかり人見知りが治ってしまった。
そうして、見ず知らずのお爺さんに付いて歩くこと五分。日本では信じられない事にオレは、城の裏門を顔パスし、中庭へと足を踏み入れた。
「あれがアンシオン騎士団の詰め所ですじゃ。では、くれぐれも、王城の中には入らんように。わしが怒られてしまいますからな! ま! 英雄のケント様がそんなことなさる理由も在りますまい! はっはっは!」
お爺さんに礼を言って、オレは詰め所へと向かう。
草花の咲き誇る緑のカーペットに佇むのは教会風の石造りの建物。三階建ての高さがありそうな立派な建物である。
しかし、正面の扉を開いて中を覗いた瞬間、オレは言葉を失った。
「詰め所……てか、食堂じゃん。日本の」
奥行きと大きさはともかく中の様子は日本の食堂そっくりだった。オレの高校は歴史ある私立だったから古い半木造の食堂があった。見れば見る程そっくりである。
低い天井と午前の白い光が存分に射し込む大きな窓、木製の床には簡素な机と椅子だけが並べられており、奥は厨房らしい……。
眩暈がするほど学校の食堂そっくりな詰め所の机の上に座る人物がオレに気付き大声を上げた。
「久しぶりだな、小僧!」
ガドルだ。
アンシオン騎士団団長であり、精霊さえも吹き飛ばす最強の戦士……そして、オレを特に理由なく、というか囮として精霊討伐に巻き込んだ張本人である。
「はいはい。やっぱり名前憶えてねぇのな、オッサン」
今はその事で別に怒ってはいないが……流石にそろそろ名前を覚えて欲しいものだ……、と考えて、そこでオレはもう一人の人物がガドルの向かいに座っているのに気付いた。
持て余す程に長い金髪を三つ編みにした少女だ。齢はナーシャとそう変わらないハズなのに、その佇まいは別格のそれである。彼女の座っている椅子もテーブルも、木製のカップも簡素で古い物であるにも関わらず、まるで貴族令嬢のお茶会の趣がある。
彼女はオレが彼女に気付くのを待ってから優雅に立ち上がり、気品を感じさせる動作で頭を下げた。
「ようこそ。私は当騎士団の副官を務めるセリシア・フィースフォルド。確か二回ほど、お会いしましたね、ムカイケントさん」
凱旋した時と変わらず苗字と名前がくっついた妙な発音ではあるが、オレは彼女が自分の名前を憶えていた事に感動を禁じ得なかった。それなのにガドルときたら……。
「二回ってことはやっぱり、サラマンダーを倒しに行くって時に、止めに来た白い騎士はキミだったんだ……大変だね、色々……」
もちろん、ガドルと四六時中一緒にいなきゃいけないなんて、というニュアンスが言外には含まれているのだが……。案の定ガドルは気付かなかったものの、セリシアはクスリと笑った。
「そうですね……確かに、重責の伴う大変な仕事ではありますが……そう悪くもありませんわ。確かに、こうして隊長を監視する為に同行しなければならないのは大変ですが……」
「だからよぉ? お前はどっか行ってていい、って何度も言ってるじゃねぇか、セリシア。――っだっ!」
ズガン、という大きな物音と衝撃。セリシアが可憐な笑みを浮かべながらヒールっぽい具足の高くなった踵の部分でガドルの足指を踏みつぶしている。
「ですから。隊長。貴方の行動を監視して、逃亡を予防する為に私はここに居るのですの。物覚えが悪いですわ。隊長」
すぐそこにあるガドルの足の下の木製の床は軋り、信じられ無い程に撓んでいる。
――正直、あの時の槍の投擲といいタダ者では無い事は知っていたが、彼女もまた化け物じみた身体能力の持ち主なのだろう……。
「(あのガドルが成す術なく、足を踏まれるなんて……なんていい気味なんだ!)」
オレの視線に気付いたセリシアは恥ずかしそうにガドルの足から踵をどかした。
「申し訳ありません。つい、いつもの癖で……」
どうやら、オレの期待に満ちた視線を誤解してしまったらしい。
「え? ああ、どうぞお構いなく」
「小僧! そこは構えよ! 何ニヤニヤしてん……ぃだっ!! って、セリシア!! お前!」
「いえ。ムカイケントさんは気に為さらないらしいので、この際しっかりと立場を自覚させた方がいいかと思いました」
ガドルはオレにツッコミを入れようとするもセリシアが再び足の小指を踏んずけ、黙らせた。
流石副隊長、ガドルの扱いに慣れている。
詰め所に来る前は『またサラマンダー討伐戦の時みたいに無理矢理巻き込まれるんじゃないか?』なんて警戒していたが、予想外にすんなり話が進みそうだ。
「それで、ガドル。話ってなんだ? アルトさんから聞いたんだけど?」
「ああ、その事か……セ、セリシア、一旦俺の足から踵をどけてくれ……」
セリシアは今はガドルの中指を踏みつぶしていた足を退けた。痛そうに足指を触るガドル、しかし、そこに傷跡は無く、わずかに赤くなっているだけだ。ったく、一体どんな体をしてるんだか……。
「セリシア、済まないが小僧と二人切りで話をしたい。いったん出て――」
「断ります」
ナイスな判断です、セリシアさん!
「い、いや、これは嘘や冗談の類じゃない。こ、子供のお前を巻き込む訳には行かないんだ。セリシア」
おい。オレはいいのか。と思ったがしかし、そこで引き下がるセリシアではないようだ。
「嘘、ですね。そうですか、貴族の私が居ては不味い案件、ですか。それならば是非ともお聞かせて願いますわ。でなければ、私を『子供』呼ばわりした事も含めて、怒りますよ?」
オレにはセリシアは既にかなり立腹のように見える。よっぽど『子供』と呼ばれるのが嫌いらしいが、頬を膨らませる様子は年相応の少女そのものだ。
怒ってる時の方が普通の子っぽくて自然な感じが好感が持てる。
これが世に言う『ギャップ萌え』という物なのか、と他愛も無い事を考えるオレだったが、ガドルは何故か押され、タジタジになっている。
「頼む。セリシア! 既に巻き込まれているケントはともかく、お前を巻き込む事だけは出来ないのだ! 分かってくれ! これは隊長命令だ!!」
「隊長、命令……? いつも、いつも……遊び歩いてる人が何を言い出すんですのっ!? 私達の気も知らないでっ!!」
クルリと、長い金髪が鮮やかに舞った。そして激震。ガドルの巨体が弾け飛び、椅子や机を薙ぎ倒して一瞬で視界外の石壁に激突した。
「お客様の目の前で失礼しました。ムカイケントさん、突然の無礼をお許しください。……では、失礼します、大人な隊長様」
呆気に取られるオレに向ってセリシアは優雅に一礼し、顔を上げないまま、足早に食堂を出て行った。
「……すげぇ……。カッコいい……けど、ガドル? 生きてる、よな? オレが『既に巻き込まれている』って件についてじっくり話を聞きたいんだが?」
「ってぇ……今日は厄日だ。セリシアの逆鱗に触れちまった……」
ガドルは石壁から身体を引き剥がすように立ち上がった。全身を叩くと大量の埃と木の欠片が零れ落ちた。
「済まない、小僧。先に謝っておく。お前を巻き込んじまった」
「だから何にだよ!?」
ガドルは日頃の粗雑で大雑把な態度に似合わず、周囲を慎重に見回した。
「詰め所なら安全、かとも思ったが、どうやらそれは難しいな。小僧、少しばかり散歩に行かねぇか?」
「散歩ぉ? 行く訳無いだろ。オレはお前から話を聞きに来ただけだ。ナーシャっても分かんないか……今日は下宿先の子と一緒に昼飯行く予定だし、あんま時間はとってらんないんだよ……って、ガドル? 聞いてるか?」
「セリシアには悪い事をしてしまったか……」とぼやくガドル。そして……。
「場所を変えるぞ、小僧!」
オレの視界が横倒しになり、胴にガドルの太い腕を感じた。
なんか、既視感。オレはこの体勢で一体、何回恐怖を味わっただろう……。
この体勢になったら滅多な事で抜け出せない事は知っている。
「しゃあねえな。早くしてくれよ、おっさん?」
オレは抱えられた体勢のまま腕を組んだ。
ガドルはニィ、と豪気な笑みを浮かべ、一足で食堂、もとい詰め所の窓から飛び出した。窓と言っても夜間は木の扉を閉めるだけのタイプなので、ガラスを突き破ったりはしていない。当然だ。
中庭へと降り立ったガドルは足を大きくたわめ、バネのように空中へ跳んだ。中庭を縦断し、外壁へ。見張り台となっているその上を駆け、オレを片腕に抱えたままに、城壁を垂直に上って行く。
辿り着いたのは城の一番高い建物の屋根の上だ。
「……今、西区と中央区で不穏な動きがある。知っているか?」
そしてガドルは、話を切り出した。
次回は来週月曜(6月12)です!
平和な王国で何が起ころうとしているのか!? 既に巻き込んだ、というガドルの言葉の真意は?
次回『平和の中の影』もよろしく!




