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46.ナーシャと彼女のお弁当

おはようございます皆さん! ついに、15万文字突破! もう筆不精とは言わせないっ!


「ナーシャ、アルトが何処行ったか聞いてる?」


オレはゴクリ、と唾を飲んだ。

この問は最初の関門だ。ナーシャの答え如何(いかん)でオレの出方は変わる。アルトが遠くにいるなら強引にでもナーシャから弁当を横取りしなければいけない。


どちらにしても先ずは確認しなければ……。


「お父さんなら……確か……東区の沼地を調べに行きましたね! アゾラ……この地方の特産品の大きな(ひる)の捕獲討伐作戦に参加してくるみたいです」


なぜヒルが特産品なのか、なぜ錬金術師であるアルトが討伐に向かったのか、そもそも何故蛭(ヒル)を捕獲しなきゃいけないのか……謎ばかりが残るセリフであったが、オレが注意すべき事はアルトの居場所。

しかし、東区……か。西区までの距離を考えると中央区を横切る分を含めて半日は掛かりそうだ。


「(くそっ、間に合わない!)」


そもそもの話、もう午後も遅い時間なのだ。アルトはとっくに食べている可能性が高い。


「な、ナーシャ? アルトの弁当にはあの(・・)色鮮やかな葉っぱは仕込んで無いよな……な?」


オレの質問に、何故かナーシャは頬をあかく染めた……が、今は気にしている場合では無い。

オレはナーシャに顔を近づけ、更に彼女を問い詰めた。


「入れて、ないんだよな!?」


「う、うん。入れてない、です……あれは見た目が華やかになるかなって、ケント君のお弁当だけに……」


ヨシッ!!

ナーシャの目の前で、オレは思わずガッツポーズを取ってしまった。


「あ、ごめん。顔近すぎたし、強く言い過ぎた……何でも無いんだ」


しかし、薄闇の中でもはっきりと顔が赤いナーシャは、オレが不自然なポーズを取っても気付かない所か、オレの声も聞こえてないようだった。

しかしこれで、アルトが実の娘に毒殺される可能性は無くなった!! 

あの肉単体なら口に入れた瞬間吐き出さざるを得ない。

気付かず噛み締めてしまえば口の中は火傷するかもしれないが……サラダと化学反応を起こして劇毒に変わっていないならば、アルトの命に別状は無い。


「(よかったよかった……)」


これに関してはマジで一安心だ。

これで残るはナーシャの持っている弁当のみ。

後は……どうやって彼女を説得して弁当を……オレが食うか……。はぁ……しっかし、一安心したところで地獄を見に行くとか、とんだドMだな、オレ。


「ナーシャはまだ弁当食べて無いんだよな?」


「え? なんでわかったんですか!? まだココにありますけど……って、なんで弁当を睨んでるんですか……?」


ナーシャは受付のカウンターの上から可愛らしく包んだ弁当箱を持ち上げた。予想通り当然(・・)手付かずのままらしい。

――なんで分かった、もなにも、食べていればその破壊力を知らざるを得ないからだ。食べた瞬間に火を噴きそうになるというあの熱に耐えられる人間がいるとは思えない。

ホントまじで、一晩かけてナーシャはどんな下拵えを……? 到底人間の作る料理だとは思えない。


『汝、眉間に皺が寄っておるぞ。汝の決断なのだから最後までやり通すのだ。平常を保て。』


オレは弁当から目を逸らし、眉間をもんだ。


「(サラマンダー。オレはこれからナーシャに弁当を貰えるか頼む……。オレも全て食べようと努力するけどお前も協力してくれると嬉しい……。)」


『構わぬ。我は空腹である』


「(あ、あと……)」


『分かっておる! 汝の軟弱さはどうやら頭まで同じであるようだなっ! さっさと彼女に聞くがいい!!』


それもそうだ……『もしも、もしも』だけを繰り返しても時間の無駄だ。

オレは、頑張って肉を完食して見せる! という悲壮な覚悟を決めた。


「ナーシャ、お弁当の肉、オレにくれないか? いや、欲しいんだ!」


なんだか告白っぽいな、とオレは思ったものの、オレは本気だ。


「あの美味しさをオレはもう一度味わいたいんだ!!」


――本気で地獄を味わいに行っている。

ナーシャを傷つけない為、そして重ねた嘘がバレない為に、オレは(サラマンダーも)あの肉を完食しなければいけない!

オレはナーシャの目を真っ直ぐに見つめた。再びナーシャの頬が朱くなった……気がする。


「そんなに言って貰える程美味しかったなんて、ホントに嬉しいです……。そろそろ仕事も上がりなので、お弁当は上げます。夕飯もお肉ですけど、いいですか?」


オレは神妙に頷き、ナーシャから弁当箱を受け取った。

蓋を開けると、焼いた肉の良い香りが立ち上り、ユニオンの施設内に立ち込める煙と混じって、途轍もなく食欲をそそる。

毒は無いと言っても、実際に食べれば内臓が焼かれる様な痛みを味わう事になる。そうと分かっていても涎が出て来てしまう程の良い香りだ……。

見ると、サラマンダーは一切れ目を食べ始めている。


「じゃあ、ナーシャ……い、いただきます」


緊迫の瞬間。

オレはナーシャに見守られ、一切れ目の肉を口に含んだ。

たちまち襲い来る熱。


「むぐ、く……ぅ……(やばい! 想像以上にヤバい!!!)」


口の粘膜が蒸発し、舌も上顎も焼ける様に痛い。というか実際に焼けている。


「ケント君? だ、大丈夫、ですか? 錯覚なのかもしれないですけど……口から煙が……」


どう頑張っても肉片を呑み込めない。喉が呑み込むことを拒否していて、肉片は細かくなるばかりでどんどん熱を増している。

しかし、その時、一片の肉が喉を焼きながら滑り、胃の中へと落ちた。

直後、激痛が身体を襲った。


「(くぁっ!!?)」


声にならない痛み、思考が散り散りになって、朦朧となった。堪らず床の上に崩れ落ちる。

その時。


「美味しそう、には見えないけど……味付けとか失敗してないですよね、私? もしかして辛過ぎちゃった?」


床の上で身悶えるオレを不審に思ったのか、ナーシャが弁当に手を伸ばした。視界は涙で滲んでいたが、オレは必死に腕を伸ばした。それと同時に頭の中でサラマンダーに呼びかける。


「(頼む! ナーシャに肉を食べさせるな!!)」


『我に命令するとは……だが、良いだろう。今日二回目だが……今回特例だ。』


サラマンダーは弁当の中から肉を一切れ引きずり出し、咥えたままカウンターを駆け下りた。

そして、肉片を呑み込もうと四苦八苦しているオレに、サラマンダーの思念が届く。


『すまぬ。一切れ咥え損なった。』


「(嘘だろ!!? じゃあ!?)」


そろそろ限界だが、今は床で這いつくばってる場合じゃない。限界を超え、オレは受付のカウンターに掴まり必死の思いで立ち上がった。

しかし。


「うぁ……んっんんっ……!!」


オレが見たのは肉を口に入れて苦し気に呻くナーシャの姿だった。


「げほっ! こほっ! ……ケント君……ごめんなさい……これは……気を遣わせちゃいました、ね……」


ナーシャは涙目のまま、苦し気に謝った。


「そんな事なっ――。くっ……うぅ……」


もう限界だった。屈みこみ、肉を床の上に吐き出す。

白煙を上げる肉片はたちまち燃え上がり、炎に包まれた。

驚いた事に、口の中はあれだけの熱に曝されたというのに火傷の感覚は無い。もう既に治っているのだ。


しかし、ナーシャの弁当作戦は敢え無く失敗してしまった。

ナーシャは暫く後に仕事を終え、オレと一緒に帰る事にした。


あちこちで良い匂いが立ち上る夕時。西区で集めた甲殻分の報酬をユニオンの職員から受け取って帰路につく……。


*****


ケント君の隣を歩きながら、ワタシは金色に染まった空を見上げた。仕事終わりの夕暮れは大好きな景色だ。一日が終わるという事を充実感と共に教えてくれる。

――しかし……今日に限っては、ナーシャの心は晴れなかった。


「(ワタシ、何やってんだろ……。ケント君はちゃんと頑張ってるのに、ワタシは……)」


ああ、失敗ばかりして、ワタシは何をしているんだろう……。

ナーシャは研人に気付かれない様にしながらも、小さな溜め息を漏らした。


「(たった十日前まではボロボロの服を着た普通の男の子だったのに……今じゃ国中で噂の魔剣鍛冶師見習いで、騎士団長ガドルの友人……なんだかなぁ……)」


十一日前、ケント君と出会い、この人ならうちを立て直せる! と確信した。

『大好きなお父さんの夢の実現の為に利用する。』

最初はただそれだけで……彼の気をワザと引いて、逃がさない様に振舞っていた。わざと彼の疑問に答えない様にして強引に連れて行ったり、手を引っ張って強引に引き摺ったり……。


「……はぁ……」


ナーシャは再び溜め息を吐いた。我ながら随分あざとく、ケント君の気持ちを掌の上で転がす様な悪質な事だったと後悔している。

そんな見せかけだけの態度がいつからだろう……。いつの間にか本気で意識するようになってしまった。

彼の言葉に本心から笑うようになった。彼に好意を抱くのは罪悪感からだろうか……それとも……。


あの時は他人だったけど今は違う、弁当も好感を持って貰う為に始めた習慣だったけど、今はちょっと違う。この感情は偽りの無い本心なのだと思う……。


「(ケント君は文句一つ言わなかったけど、最初からあの・・調子だったら好感度稼ぎになったのかは微妙な所です……よかったのか、よくないのかは分からないです……)」


ケントの隣を歩くナーシャの口数は自然と少なくなったが……それは家に残してきた大量の肉と失敗した弁当のせい、だけでは無かった……。


*****


何となく会話が少なく、気まずい帰り道を経て、家に帰って来た。アルトはまだ帰ってきておらず、夕焼けの赤い光だけが差し込む薄暗い部屋の中、テーブル越しに向かい合って座った。とても気まずい。

まだ数分しか経っていないのに……長い……。どこに目をやったらいいモノか分からず、台所に据え付けられているオーブンに目が行ってしまう……中にはあの(・・)肉がまだ沢山入っているらしい。


「あの……昔から料理は苦手だったんです、ワタシ……。今日は迷惑かけて本当にごめんなさい……」


オレの視線に気付いたナーシャが再び謝った。


「いや。オレがこの家に来てから朝早くから弁当作ってくれるナーシャには本当に感謝してる! 今日だって本当はオレも手伝うべきだったんだ……ごめん、ナーシャ!」


頭を下げるナーシャにつられるように、オレも頭を下げた。

しかし、自分の腹の音で我に帰る。


「ケント君……そうだよね……サンドイッチだけしか食べて無いんですし……。それに、ワタシもちょっとお腹減っちゃいました……お父さんが帰ってくる前にもう一度お買い物行かなきゃ、ですね……」


ナーシャはそう言って立ち上がった。


「あ、オレも行くよ! 荷物持ち、になるかは分からないけど……」


オレも立ち上がった。


「いいんですか? 付いて来てくれるだけでもホントに助かりますよ! それじゃあ、最初に回ったあの市場まで行っちゃいましょうか? あの時、夕焼けがきれいなんだって、いいましたし! 夕焼けも見に行きましょう!」


ナーシャは楽し気に笑顔をオレに向けた。

その笑顔は忘れていた鼓動の高鳴りを思い出させてくれる……。あの日、オレはナーシャに手を繋がれて半分引きずられるように異世界生活をスタートさせたのだ。あのユニオンの施設で出会った時は強引さを感じないでも無かったが、今はお互い自然体で話せるようになった。

まぁ、ナーシャを家族としてで、恋愛対象として意識しなくなったのが、良い事なのか悪い事なのかは判断がつかないが……。


「いいね、それ! そうと決まったら日が沈まない内に早く――」


オレがそう言ったその瞬間。


「ただいまっ!! ナーシャ!! 我が娘よ!! 今日の弁当は素晴らしかったぞ!!!」


アルトが帰宅した。玄関の通路から大声が響き渡った。

なんだかハイテンション暴走モードなのは気のせいだろうか……。


しかし、いつもだと素直に喜びを見せるナーシャも、今のアルトの言葉には顔をうつむかせた。

窓からの強い逆光で彼女の表情は見えないが、自分の作った弁当を皮肉られたと感じたのではないだろうか。アルト……まるっきり傷に塩を塗り込む行為なんだが……。


「(せっかく、ナーシャを元気付けられそうだったのに! というか、なんか久々に良い感じだったのに……!)」


実の親でも言って良い事と悪い事があるだろう、とオレはアルトに怒りを覚えたのだが、オレの予想に反してアルトは満面の笑みを浮かべていた。

ガチでハイテンション暴走モードらしい。嫌味な感じは全くしなかった。


「ナーシャ! あの肉まだ残っているか!?」


「う、うん……オーブンの中にまだ、沢山……ある、けど……」


アルトは勢いよくオーブンを開き、歓声を上げた。


「素晴らしい!! ナーシャ、流石は我が娘! この肉に浸透した薬液、これには何を使っているんだ!?」


「……大剣草のお茶に炎龍の肝、あとお父さんの実験室に置いてあった火薬っぽいけどイイ香りのする薬草……かな?」


『この香り……扇硫木ルコンに……珊弦草エハノスか……それは発熱に関係なさそうだが、試行の余地はある……ナーシャ、でかした! この発熱反応を活かせば種火を持ち運ぶよりも安全で簡単に火種を作れる! 反応の度合いを調整すれば寒地での暖を取るのにも使える!! 大発明だ!! エリクシルの操作という点では魔剣の開発に匹敵する斬新で革新的なアプローチだっ!!』


アルトはオーブンの中の香りを吸い込み、ナーシャの言葉に相づちを打ち、興奮して台所中を跳ね回っている。その目は興奮してキラキラと輝いている。この世界でも鉱石や植物由来の薬液を使った化学反応は珍しくない。例えば天井の青い蛍の様な光を放つランプも薬草の反応らしいが、魔物の血であるエリクシルを使う化学反応はこの世に存在しないらしい。


「それに今日、大蛭アゾラに丸呑みされたんだが、この弁当のお陰で助かった。」


「でも……食べれ、ないよね……お肉なのに……」


ナーシャは自分の弁当が大発明だ、と言われても、父親の命をヒルから救ったと聞いても複雑そうな顔をしている……。そして、アルトはナーシャが悲しそうにしているのにようやく気が付いたらしい。

アルトはナーシャの肩をゆっくりと優しく撫でた。


「大丈夫だ! この肉と香草、それに調味料をまとめて鍋に入れて……水を注げば!! どうだ! 火を起こさずとも煮込み料理が出来る!!」


すげぇ!! インスタントスープかっ!!

あっという間に水が沸騰するその様子に、暫く前からウトウトしていたサラマンダーも目を見開いている。


「でも、お父さん……毒とかは無いの……? ワタシが作ったんだけどさ……」


「大丈夫だ! 口の中で異常発熱する肉も、大量の水を使ってエリクシルを全て熱に変換して消費してしまえば唯の肉になる!」


父親の頼もしいその言葉に、ナーシャも顔を輝かせた。弁当騒動は一段落、といった所だろうか……。今日はいつもは使わない部分の脳を使って疲れた……。

オレと、ナーシャも椅子にグッタリと疲れたところで、『ああ、そうだ』と、アルトが手を叩いた。その仕草はナーシャになんだか似てる。


「その討伐作戦でガドル騎士団長に出会ったんだが……明日、城に顔を出せ、とケントに伝えてくれ、と言っていた……」


ガドル、か……どうやらオレの名前は憶えてくれたようだな……。

しかし明日か……随分久しぶりだけど……会ったらまたロクでも無い事に巻き込まれるんだろうなぁ……。


「(今日は早く寝るか……)」


スープの良い香りが充満し始めた部屋でオレはぼんやりとしながら、コポコポという水の湧く音に耳を澄ませた。

次回の投稿は3日後、6月9日、金曜日の午前11時です。宜しくお願い致します。

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