45.精霊と彼女と弁当と……
長らくお待たせしてすいませんっした! 深刻なのにシリアスではない第45話! どうぞ!
「し……しし、死に掛けた、また……」
ナーシャが調理した魔物の焼き肉、とナーシャ特製の劇マズなサラダが化学反応を起こした代物……サラマンダーに言わせると、人間が食べる事が出来ない『劇毒』、を口にしたオレは全身を苛む寒気に身体を震わせていた。
一命を取り留めたものの……寒い。肌を焼く太陽の光を感じるのに体が全く温まらないのだ。身体の芯が凍ってしまったかのような寒さがオレを震わせていた。
「で、で、でも……あ、ありがとう、サラマンダー」
オレは歯の根が合わないながらもなんとか感謝の言葉を絞り出した。
『全く以て情けない。貧弱の一言に尽きるぞ。我がこの場に居なかったなら、汝は今この場で死んでいた。普通、この世界の人間族はあの程度の毒では死なない物なのだがな。』
サラマンダーは呆れたように頭を振った。
――小動物程のこの姿になってから随分と感情豊かになった感じがするのは気のせいだろうか……。
『汝、随分と失礼な事を考えるのだな? 我が他の魔物に比べて感情が豊かなのは自明。我ら魔獣、六柱の精霊と呼ばれる者の中でも、我は最も人との交流を好む。』
へぇ、そうなんだ。
「痛って!? なんで噛むんだよ!」
『我は寂しがり屋などでは無いからだ! 精霊を前にそのような事を考えるなぞ無礼千万!』
前ぶれなく突然、サラマンダーに鋭い牙で噛み付かれた
『確かに、自分を倒そうとするガドルにすら話し掛けてたしな。存外寂しがり屋なのかもしれないな……』と頭の中で考えていた。
しかし、それで思い出した事がひとつある。
「そういや、オレが意識失う前、お前、オレの事噛んだよな?」
あの時。サラマンダーが出て来た後、ナーシャの料理(猛毒)に充てられて気を失った時に、同じ痛みを味わった。
『然り。確かに我は汝を噛んだ。その時に我が行ったのは汝の身体の組成の改変。この世界固有の元素であるエリクシルを汝に注ぎ入れた。』
サラマンダーはそう言って、まる人間のように、誇らしげに胸に手を当てた。――その仕草から存外関節が柔らかい事が分かった。全く関係ない事を考えるオレを気に留める事無く、サラマンダーは続けた。
『汝の身体に入った毒を消すためには毒の効かぬ体になれば良い。汝の貧弱さも少しはマシになるであろう。しかし、それ故、汝の身体は今、我々魔獣や魔物の身体の組成に近しい物となっておる。五感や身体感覚に少しの違和感はあるだろうが、いずれ馴染む筈……と、どうした。動揺しておるな?』
オレに体を握られたサラマンダーは目を細めた。まるでオレの反応を嗤っているかのようなその仕草に、オレは拳に一層の力を加えた。
「魔物って、どういう事だよ……オレは――」
『人間で無くなった、とは言っておらん。エリクシルの大量摂取によって、魔物に近しい物となったと言ったのだ。先ず、汝は我に感謝をすべきでは無いのか? 我は汝を救う為に、汝を我の眷属に迎え入れたのだ。精霊の眷属となるのは不老不死に近付く第一歩なのだぞ? 『魔物化』はこの世界では古くから研究されていた命題の一つであるというのに……おお? 掌を返す様なその態度。素直で我は良いと思うぞ?』
サラマンダーをそっと地面に降ろし、オレは深く謝った。小動物を握りしめるのはちょっとやり過ぎた。というか、不老不死? 別に、オレ、人間辞めっちゃってもいいな、と考えたのだ。
『汝は不老不死とはなっておらぬ。数種類の毒の分解と傷の治りが少し早くなる程度だ。……そして、再び我を小動物と呼んだ事、少しでも先までの行動を反省するならば……我に肉を食わせろ』
サラマンダーは今度こそ笑う様に目を細めた。
こうして、ナーシャの弁当で死に掛けた事以外は順調に、オレの宝探しは終わりを告げた。
*****
中央区に戻って来たオレと、人間の街に入るのは数百年振りだと言うサラマンダー。オレ達は集めた甲殻の換金を済ませる為に討伐者組合へと寄った。
相変わらず煙に包まれた受付のカウンターに座っていたのはナーシャだった。
「わぁ、すごい!! こんなに沢山! 大丈夫? 無理とかしなかった?」
「うん、まぁ、かなり順調だったよ(……は除いてね)」
オレが全てのポケットを裏返すと、ユニオンの薄暗いカウンターには白い煌めきを放つ小山が積み上がった。それを見たナーシャは目を丸くして驚いた。
石の様な質感のサラマンダーの甲殻だが、一つ一つは信じられ無い程に軽い。それでも身体が随分と軽くなった感じがする。
「あれ! なにその動物!! 可愛い!! 拾ったの、ケント君?」
ナーシャがオレの肩に乗っているサラマンダーに気付き、指を伸ばしサラマンダーを触った。あれだけ小動物扱いされる事を嫌っていたサラマンダーは、ナーシャの扱いに抵抗する事も無く撫でられるままになっている。首の下を撫でられているサラマンダーは目を細め、ふさふさした優美な尻尾を揺らしている。
「あ、うん、そうなんだ。西区でナーシャのお弁当の匂いに誘われて来たん、だっ!?」
サラマンダー……もとい、ナーシャの愛玩動物となった白い毛玉は、『匂いに誘われてきた』というフレーズに敏感に反応し、肩に鋭い爪を立てた。
なぜか喋りかけて来ないが、恐らく他の動物と同じにするな、という意味なのだろう。
「お弁当……って、この子、お肉食べるんですか!? あのお弁当で匂いがするのってお肉しか無いですよねっ!?」
……うん。あのトラウマを植え付けた弁当の中で、最もダメージがでかかったのが肉だったな……。食べた瞬間に口の中に地獄が展開されるサラダと共によく覚えている。
……あと一品あった気もするが……記憶が無いな。
「で、どうでした? 美味しかったですか!? つい、昨日の夜から張り切っちゃったんですよ!!」
「あ、うん! めっちゃ美味しかったよ。 (……地獄を見た。とは言えない。死に掛けた……とも、言えないよな?)」
オレの言葉にナーシャは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。この頃ナーシャを意識しなくなってきていたオレでも、思わずハッとしてしまうような、周囲が華やぐような笑顔だ。
オレは思わず笑みを漏らしてしまう。
しかし、次に続いた言葉にオレはその笑顔のまま固まった。
「良かった~!! そういうと思って! 皆のお弁当全部に入れても足りない位の 台所にはまだ沢山残ってるんですよっ!!」
『おお、この女子の心を覗くに、どうやら『あの』肉が相当量残っている様だ。流石に全て食べれば汝はしぬぞ。と成れば、我の出番だな。』
全て食べ尽くすというサラマンダーの助け舟(?)のおかげで、オレは違和感を感じさせ無いすんでの所で嬉しそうな笑顔を繕うのに成功した。
「へ、へ~~。それは、とっても! うん。とっても楽しみだ! ありがとう、ナーシャ!!」
言ってからようやく気付く。何てことだ……彼女のお弁当やアルトの弁当にも、もしかして……?
「もしかして、アルトやナーシャ自身の弁当にも、あのお肉入れたのか!?」
「う、うん? 入れた、よ? ケント君、どうしたました……?」
オレは頭の中で、頭を抱えた。
やばい、このままじゃアルトやナーシャが死んでしまう!
『いや、それは無い。この世界の人間族は汝とは違って毒を分解する免疫が自然に備わっている。そもそも口に入れた時点で汝の様に異常を感じて吐き出すに決まっておる』
そっか、確かに。ナーシャやアルトが死ぬ心配が無いなら一安心……。
「(出来ない!!)」
『……なぜだ?』
サラマンダーの如何にも面倒臭そうな雰囲気が滲んだ声。
思考を読んでいるのだからオレの考えた事は筒抜けなのだろう。
つまり、ナーシャは昨日から下拵えをして頑張って作ってくれたんだ! それが実はとてもじゃないが食べられないという事が分かったら……落ち込むに違いない! オレがさっき言った言葉がお世辞だって事がバレる!! という思考だ。
『否。この女子は自分が何を作ったのか知る必要があるだろう。我としては構わないが……汝はいいのか? 今後同じ事があった時こそは誤魔化し切れ無い可能性があるのだぞ? 好感度稼ぎにはならぬ』
「(む、むぅ……確かに)」
顔に『?』を浮かべている当事者を置き去りに、オレ達の脳内会話(テレパシー?)は続く。
『確かに汝の新しい体はエリクシルを消費してこの肉から受ける肉体的ダメージを軽減は出来る。魔物の肉ともなればエリクシルの含有量は多い。『本来は』健康にプラスの影響を及ぼす。』
へぇ……。そんな事出来るようになったんだ、オレ。あれか? 漫画とかゲームで言う『再生』みたいな奴か? 傷とかを瞬時に塞げる、みたいな?
サラマンダーは『その能力に近しいモノだ』、と肯定する。オレの鼓動は興奮に高鳴ったのだが……。
『しかし、汝も見ただろうが、この肉をエリクシルの補給源として使うのは薦めん。あの肉は水分と反応して異常な程に発熱する。魔物の血肉を摂取すればエリクシルは補給できる。だが、再生に使うエリクシルの方が多い。うむ。未だ石窯の中にある全ての肉を食べれば、再生が間に合う事無く臓腑が焼け落ち、血液が蒸発し、想像を絶する生き地獄を味わった後、力尽きる事になるだろうな。』
「(嘘だろっ!!?)」
『否。本気だ。この女子の料理の才は魔物さえも震え上がらせる。冗談ではない』
お、恐ろしっ!? ナーシャ、いったい何やらかしたんだよ!? サラダと化学反応して毒に変わったって聞いたけど。それ以前に口に含むと燃えだす肉なんてアウトだよ!
見た目は普通のホッカホカ弁当……しかし、考えれば考える程反則級の破壊力だ。
『どうするのだ? この女子も、あの肉を口に含めば、その欠点は否応無く自認する事になるぞ?』
「(オレは……その惨劇を、止める!)」
ナーシャの太陽な笑顔をオレは守る!
譬え、地獄を味わおうとも……ナーシャを彼女の弁当から守る!!
お久し振りです。一週間以上も休んでしまってごめんなさい!
次は早く出します!
『弁当からナーシャを守ると決意したケント、その行方は? あと、アルトはどうなる!?』
な感じで次も緩めです。
6月6日(火曜)午前11時に更新します。




