33.神斧開放
クライマ~クス!! ですかね?
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周囲から自分を完全に隔絶させる程の極限の集中は時間の概念を歪め、一瞬を永遠までに引き延ばす。
「騎士の誇り、など、クソ喰らえ、だ……俺は守るべきもん、守るだけだ」
瘴炎がガドルに到達する直前、時間の流れは粘つくタールの如く濃密に、ゆっくりになった。
煙の漂う空も、何かを必死で叫ぶ形相の少年も、そして迫りくる青白い炎の壁も。
全てが凍り付いたように動きを止める。
もし見回す余裕があったなら、ガドルにはそのように感じられたハズだ。
静止した世界の中。
猛き騎士は目をゆっくりと開いた。
歯は食いしばられ、鳶色だった瞳は血走り、瞼が開かれるのと同時に、涙腺から溢れた一条の血の筋が頬を伝う。
目は開いては、いる。
だが、その視線は定まらず、今このときもジリジリと迫ってくる目の前の炎熱ですらも目に入っていないようだった。
今や彼の意識の全て、魂の全ては右手に持つ斧にだけ向けられているからである。
神授の斧……雷轟の大斧……討樹の陽炎斧。
呼び名は幾通りもあれど、それらが示すのはただ一振りの戦斧。かつて神匠が造り上げた最高位の魔剣の一本。魔王戦争の折には英雄達の血道を拓いた神授の斧。
つまり。要するに。
魔獣に対して最大限の効果を発揮する神具である。
だが。
『真に死を知る者こそ敵に死をもたらさん』
柄にはこの言葉が刻まれている。
それは、選ばれた者のみが扱うこの斧の、その真の力を解放する為には、渦巻く力の暴威の中に踏み入れ、流れを捻じ伏せ、汲み上げて使役しなければいけないからだ。
莫大過ぎるエリクシルを宿す斧の封印を解いた者は、まず、死の淵へ導かれる。
その苦痛を、その極限の痛みを、その死を、呑み干し得た者がその斧の力を授けられる。
今。ガドルは彼にしか見えない死の嵐にスッポリと包まれていた。
汲み出したエネルギーは信じられない獰猛さで英雄の身体にまとわりつき、締め上げ、牙を立て、狂暴な波動で体の内部から全てを散り散りにしようとする。
激痛が全身を苛み、秒刻みで身体中の細胞が摺り潰されてゆく。
先ず、筋線維が引き裂かれ、次に骨が砕け散り、最後に内臓を徐々に削られる異様な感覚に全身が蝕まれてゆく。
それでも、
「……護らなけれ……を、……であろうと……もう、失いたく、…い……」
男は立っていた。
護りたければ最後まで意識を失う事は許されない。
意識を失うか、手を斧から離せばこの試練は終わる。力の暴走による周囲一帯消滅という終わり方で、だが。
血がとめどなく口から零れ、顎を伝わって、地に落ちる。
肺は既に削り取られて、呼吸は出来ない。心臓は滅多やたらに暴れまわり、消え去った臓器に血を吐き出している。ボロボロになった皮膚に空いた穴からは信じられ無い量の血が流れ出てくる。
今や、ガドルは精神力だけで立っている状態だった。
それでも、彼の手は斧を離さない。
爪が内側から弾け飛び、骨が圧壊しても……決して離さない。
並外れた精神力の根源……民を護るその一念……無意識の底に灯った光だけが、ただ、耐え。斧から力を汲み続ける。
永遠にも等しい時間、だが現実では数百分の一秒が経過した頃。
様子は少しずつ変わっていた。
今や彼の周りの空気は力に満ち、空間一帯が一個心臓の様に、鼓動し、共振していた。
英雄の体は陽光を宿すかのように光輝き、スパークが散っている。
内部まで破壊され尽くした彼の身体は圧倒的な速さで修復されてゆく。
ズタズタになった筋肉や内臓が見えない糸で縫い合わされ、骨が集まり癒着、失われた血液は身体の周り、まるで見えない心臓を循環しているかの様に宙を舞っている。
修復、それは少し違う。
実際に行われているのは超再生。肉体の超強化だ。
身体がねじ切れ、精神が断絶し、魂が軋む程の極限の苦痛と引き換えに、所有者の人間としての枠を……否、生物としての限界を取り払う。
……ああ、その身に神の祝福よあれ!
その力は過去の伝説を凌駕する!
例えば、
天に届く巨人を弑した蛮勇の英雄、フェイブラウズ。
千里を一日で走ったという電光の英雄、メーシオ。
島を曳き、大陸を造り上げたという怪力の英雄、ゴイド。
それら全ての伝説を打ち崩し、呑み干し、凌駕する生ける伝説、『豪雄』。
その名をガドル。
……だが、さしもの英雄も世界を司る精霊の前には力尽き、倒れるかと思われた。
グラリ、と、その巨体が傾く。
だがそれは、地面を踏みしめ、渾身の一歩を踏み出しただけの事。
彼の左足を起点に激震が走り、石畳がひび割れ、土埃ごと爆風に吹き飛ばされる。
先程まで完全に破壊され、ブラリと垂らされていた豪腕に力が入り、ゆっくりと、だが、着実に斧を目の前に持ち上げていく……。
それは太陽の如く輝き、無限に等しいエネルギーを宿した玉斧。
刀身に刻まれた日輪の意匠は揺らめき、神々しく輝き、力を帯びていた。
「ぐぅ……ぉおおおおおおおおおお!!!」
高く掲げられた斧は重力に逆らわずに一旦振り下ろされる。
斧頭が振り子の如く半円の軌道を描いた。
地に一番迫った一瞬、刃が石畳を掠るが……石には触れる事無く足元を砂塵に変える。
斧からガドルによって汲み出された力は英雄の全身を循環し、再び刃に収束している。今や、触れた物を瞬時に塵に変える程の威力が籠っている……。
しかし、斧を持ち上げるというこれまでの動作は単に、反動を付ける為の予備動作でしかない。
燐光を宿した鳶色の瞳はしっかりと、目前まで迫ったブレスを見据えている。
前に踏み出した左足を半ば地面に埋めたまま、重心が後ろに移動した。前足が伸び、後ろ足を曲げたのである。武術で言うならば、前屈の構えだった姿勢は後屈にゆっくりと移った。
尋常ならざる武器を扱うためには通常の武器の扱いとは異なる“技”が必要だ。
この『溜め』を経てこそ、凝縮された力は解放される。
解放されるその刃は空間すら喰らい尽くす電弧。
その武具は真の英雄にしか許されぬ不敗の玉斧。
名をエヴィ・アシュマ――。
それは創世の神の名。天と陽炎を統べる主神の名。
真の英雄のみが、一撃にて全てを斬り払う神の剣を再現する。
「極、撃……!!」
ガドルの軋るような低い唸りと共に、反動を付けられた刃は頂点に達し…………音を置き去りにして折り返した。
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時間が流れ始めた。
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