32.役立たずの囮
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「凄い、風、だな……」
サラマンダーにほど近い屋根の上では強い熱風が吹き荒んでいた。
精霊の体内の熱が周囲と気圧の差を生み出し、その体を中心とする爆発的な上昇気流を生んでいるのだ。
ガドルは準備の為にサラマンダーをオレがいるこの場所とは別の方向へ引き付けるらしい。再びサラマンダーが熱を発した時に備えて建物の影に隠れていろと言われたが、好奇心を抑えられずに屋上まで出て来てしまった。
「これが……精霊、サラマンダー……」
安全な(?)ガドルの腕にぶら下がっていて時とは威圧感が違う。
オレはやっと精霊と言われるモノを理解した。それは神の如く、竜巻や太陽といった、人間が触れる事すら許されない圧倒的な自然の暴威なのだ。目の前の十五メートルの距離など問題ではなく、まるで裸で立ったかのような頼りなさを感じる。
百メートル以上の大きさの巨竜が移動しているとは思えない程、驚くほど静かに十五メートル程前を巨大な尖塔のような白く輝くトゲが通り過ぎて行く。
――。ほとほとあの男は化け物じみている。その体技は勿論、精神面でも。
一体どうしてあんなに強いのか、何故こんな神がかった化け物を相手に臆することなく戦えるのか……。
オレには理解できない。
「と!?」
不意に、派手な破壊の音が聞こえてきた。と同時にサラマンダーの身体が向こう側に大きく傾いた。
建物から下を覗き込むと、左の前足が巨大な落とし穴に嵌まっている。
だが、その程度ではサラマンダーの歩を止める事は出来ないらしい。
苛立たし気にガドルを探しながらも、進むのをやめない。
そして、見つかった。
オレがな。
「あ、やべ……」
金色に光る竜眼がこちらを見た。蛇に睨まれた蛙とは正にこの事……手足が震えていう事をきかない。
竜の口がパクリと開いた。口腔にズラリと並んだ鋭く大きい牙が喉の奥からの光に照らされているのを見て、オレは生きる事を諦めた。
だが、驚いた事に竜はその口をそのまま閉ざした。安堵よりも『何故オレを襲わないのか』という疑問で頭の中が一杯になり、オレは数瞬前の恐怖を忘れてサラマンダーをマジマジと見つめてしまった。
『ほう、汝、異世界の者か。英雄の付き人にしては貧相だと思ったが……我が子等の餌か? 囮か? 遂に見捨てられたのか?』
突然、耳鳴りがして、頭の中に直接声が響いた。
「見捨てられてなんかねぇよ! ただの囮だ!」
普通に答えてしまってから気が付いた。
この声はサラマンダーの声だ。
こうしている間も果敢に攻撃を続けるガドルの相手をしているように見えるが、片目は絶えずこちらを見ている。
迂闊だった。直接聞く声よりもかなり人間らしい声だったし、女性らしい声だった事もあって、つい返事をしてしまった。
声が哄笑する。
再びグルリとこちらを向いた竜の口からは火炎が漏れ出ていた。
『面白い……汝はこの世界で何を見るのか……。異界の者には興味が尽きぬ……。』
「そ、そうっすか……」
何か意味不明だが竜はオレにそれ以上構う事は無かった。
オレは助かったが。
ガドルが必要な数秒を稼ぐ為の囮であるオレに興味を失ったという事はガドルに危機が迫っているという事である……。
「やべぇ、ガドルに何とかして伝えないと……」
オレは滑らないように気を付けながらも屋根を駆け下り、ガドルがいるであろう方向へと走り出した。
*****
少年が彼の元へとたどり着いた時、英雄はサラマンダーが真っ直ぐ進む先、中央区へと続く大通りの真ん中に立っていた。
何をするでも無く、ただただサラマンダーと向かい合っている。その距離は三十メートル。城のように巨大な竜には一跨ぎの距離だ。
ブレスでの攻撃ともなれば、一秒もかからずに対象を消し飛ばせる、そんな距離だ。
圧倒的な威圧感は人間の心をいとも簡単に打ち崩す。
「すまねぇ……」
だが突然。ガドルは目を閉じた。
神に祈る為では無い。
彼は神という存在が嫌いだった。
神が救いの手を差し伸べることなど無いことを彼は幼い頃の体験によって知っているのである。
よって、彼が目を閉じるのは今は無き師に対して、そして愛するこの国に対して……もはや打つ手の無い自らの力不足を詫びる為である。
もはや、『一つしか手の無い』自分の未熟さを詫びるのだ。
この魔剣に頼らざるを得ないというこの状況を導いてしまった……それを、詫びる為に。
英雄は目を瞑った。
斧を持った右手は重力に従って下に垂れ、左手は静かに胸に当てられている。
完全に無防備な体勢である。精霊を相手にするならばその一挙一動を完全に把握してもまだ足りない、それにも関わらず、ガドルは目を完全に閉じた。
サラマンダーは一瞬虚を突かれ、その目を細めた。
先程まで威勢良く飛び回って攻撃を仕掛けていた男の判断とは思えなかったからだ。
『何に、祈る? 神か? それとも我に慈悲を乞うか?』
精霊の面白がる様な声に英雄は答えない。精神を研ぎ上げ、ある『準備』を行っている。
『若き英雄よ、汝は人の身でありながら我を退屈させない。もう少し相手をしたいが、時間切れだ。今この手足は魔法使い共の支配下……最早意のままには動かぬ。残念だが汝の相手は出来ぬのだ。』
依然、英雄は立ち塞がるように道の真ん中に立ったまま眉一つ動かさない。
動かせない。
自らの内面にあまりに深く潜っているからだ。今、彼は外界とは隔絶されていた。
『民を護れぬ自らを恥じるか? 汝は騎士としての『誇り』を守り、戦に死のうというのか?』
精霊は遥か昔、誰からか聞いた知識からそう、断定した。
曰く、人間は合理的な判断を良しとせず、時に死を美化する事すらあるのだという。
人間の不可解な心の機微は理解できぬ、と思いながらも、
ならば、今宵の礼として我が最大の攻撃で吹き飛ばすまで、
と、サラマンダーがそう判断するのは早かった。
『(魔法使い共め、よっぽど急いでいると見える……)』
手足に働く強制力が随分と強くなった。
気を許せば勝手に進みそうになる四肢を抑えながら、サラマンダーは全身の力が熱へと変換されて自らの心核へと収束して行くのを感じた。
未だに目を開けないガドルを金色の双眸が見つめる。
束の間、竜は迷った。
この男は強く、まだ若い。世界を変えうる強い者を殺してしまうのは『我等』の意思に反する決定だ。
しかし、ここで諦めた者に英雄たる資格は無い。
サラマンダーはそう決断した。
竜の瞳孔が細められ……次の瞬間。
白く輝く龍の顔が上下に裂ける。
口腔内から溢れ出た熱波が空気の爆発的な膨張を引き起こし、無力な少年を木の葉のように遠くへと吹き飛ばした。
囮の少年も気の毒だ。信ずる相手が最早全てを諦めてしまったのだから。
『残念だ、若き雄よ。このような形で決着を付けるとは。』
サラマンダーは石の様に黙ったまま答えぬ英雄を見つめ……。
世界を焼き滅ぼす劫火を吹きかけた。
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明後日に話更新しま~す。




