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31.崩せない壁と英雄

次話は明日の午前11時に更新予定です。


「つ! あっづ!!?」


ガドルが身体の影に入れてくれていても感じる暑さ、直に受けているガドルはどれ程の熱に曝されているのか……。ガドルはサラマンダーの方を向いたまま、マグマの海でバックステップを繰り返し、何とか距離を取った。


「むう、流石に……精霊相手じゃ俺の極意は通じねぇらしいな……? 見本見せるっつっといてこのザマとはな……」


ガドルがそうぼやく。何となく冗談めかせているが、その足取りはさっきまでと打って変わって重い。


マグマの海が途切れる岸で、ガドルは膝をつき、オレを降ろした。

なんか久々に自分の足で立った気がする。それ程に濃縮されて、緊張続きの時間だった。


「(随分と遠くなったな……)」


数百メートル先に小さめの丘くらいのサラマンダーが見える。

今のサラマンダーは光っていないが、既にかなりの距離が離れている。効かない攻撃を当てる為に、再び距離を詰めるのは自殺行為だ。マグマの海を駆け抜けても、全身から放たれるあの高熱の前にはガドルでも撤退せざるを得ない。


「だ、大丈夫か……?」


オレの声にガドルは振り返った。

どうやら、あれ程の高温に曝されても火傷を負っていないらしい。

流石ガドル。やっぱりサラマンダーとどっちが化け物か分かったものじゃない。

やっぱり、マグマの海に足ツッコんでも大丈夫なんじゃないだろうかとオレは思った。


「(でも、どう考えても顔色がわるいか……)」


マグマの光に照らされたガドルの横顔は、相変わらず闘志に満ちているが、明らかに息が上がってきている。眉間の皺は深く刻まれ、額には絶えず玉のような汗がしたたり落ちている。心なしか、痩せている気もしないではない。


なぜ? とは思わない。

そりゃあ、いくら現実では考えられない程に化け物級のオッサンであっても、マグマの上を駆けるとか、ビルを飛び越えるようなジャンプをするとか、絶えず人間を超えた動きをしていれば無理が出てくるはずだ。


何より、常時片手がオレで塞がっているのだから仕方ないと思う。

オレ、六十五キロもあるしな。

片手で持つには決して軽くない重石だろうと思う。


しかし……オレをこの場所に置いていったところで余り変わらない気がする……。

オレがこのオッサンを手伝えることは少ない。

まさに手詰まりか、とオレが黒い煙が立ち込める空を仰いだその時。


『人間の英雄、この程度で終わりか? そろそろ明け方。これ以上は待ってやることはできぬ。我は進行を再開する』


重い岩と岩が擦れるような低く軋む声が街にこだました。声の合間合間に溶岩が吹き出すガスの音のような鋭い音が聞こえる。

オレはこれがサラマンダーの声だと直感した。ボンヤリとだが気を失っている時にもこの声を聞いた覚えがある。魔物が喋るのには驚いたが、オレの中ではその内容の方が気になった。


「(もしかして終わったのか? もうオレ達には構う暇が無い、的な? 何だか分からないが助かったのか?)」


そうである事をオレは願った……だが違う筈である。なんたって、サラマンダーの目に再び冷酷な光が宿っているのが遠目にも分かるのだから。これから起きる事は間違いなくまずい事だ。


「ガドル、どういう意味か分かるか?」


溶岩の海の先、巨竜をじっと見つめるガドルに尋ねた。

ガドルが重い口を開く。


「……つまり、俺が負けたということだ……あの精霊の狙いは王都の最重要水源である王都地下の巨大な地底湖……今アイツを逃せば、湖はエリクシルに汚染され、水源としては使えなくなる、と同時に、アイツの眷族が王都を飲み込むだろう……。アイツを今ここで停めなければ、数百万の住民は王都を放棄せざるを得なくなる……」


王都の危機か……。

こちらに来てまだ二日。それでも、住む家を見つけて、魔剣鍛冶師になって……オレの異世界生活がやっと始まろうというのに、王都を潰されるのは勘弁である。

ならば、今オレが出来る事は限られてくる。


「ガドル、竜に気付かれずに近くまで行けないか?」


元々、オレは囮となる約束だった。

怖い、怖いが……。


「オッサンなら、この状況も何とか出来る、そうだよな?」


ガドルになら……この最強のオッサンになら賭けても良いんじゃないだろうか。

まだ、ガドルの身体からは闘志が消えていない。

オレが出来る事は限られているが、それでも腕の中で足を引っ張るより役に立てるはずだ。

オレが口を開くのより、ガドルの方が少し早かった。


「俺はこのまま終わるわけにはいかん。あの甲殻の硬度は分かった。次こそは奥の手でアイツを仕留める。だが、それには囮が必要だ。俺が動けない数秒を稼ぐ囮がな……。な~に、すぐ終わる。お前には指一本触れさせやしねぇよ」


ガドルが立ち上がり、服に付いた煤をはたいた。


「(うわ、やっぱりこのオッサン最低だろ……)」


せっかく、『ここはオレが囮になって時間を稼ぐ!』みたいにかっこよく言おうと思ったのだが、ガドルの中では既にオレを囮に使う前提であったらしい。

今に始まった事じゃないが、コイツ、人使い荒すぎだろ……。


「(この一件が終わったら、決してコイツに関わらないようにしよう)」


でも今は、希望が見えた。

オレは、踵を返しゆっくりと中央区に向かって動き始めたサラマンダーを睨んだ。


オレが囮になれば万事上手くいく。上手くいく、はずだ。

この局面だけ恐怖を我慢すれば、オレはこの緊張から解放される。危険は無い。危険は無い。危険は……無い。


オレは自分に何度も言い聞かせた。

ガドルの言葉に嘘は無かったとしても不安だ。これまでガドルはどんな状況下でも言葉通りオレを守り抜いている……それでも不安だ。

数秒間、ガドルが必要な数秒の間、オレは無防備でサラマンダーの目の前に立つことになる。その数秒はオレが殺されるのには十分すぎる時間だ。それにもしオレが囮にならなかったら? サラマンダーがオレに見向きもせず動けないガドルを襲ったら……?


不安要素は尽きることが無い。

だが。


「任せろ。必ず上手く行く。大丈夫だ」


ガドルの豪快な笑顔にオレの迷いは吹き飛んだ。

もうガドルに任せよう、とオレは決心した。

これは逃げかもしれない。なにせ考える事を止めたのだから。なにせこのオッサンとは一昨日会ったばかりで、このオッサンはオレをこの戦いに巻き込んだ張本人なのだ。とてもじゃないが信用に足らない。


怖い。

だが、同時に、オレはこんな状況を楽しんでもいたのだ。

半分は恐怖を和らげるための脳内麻薬のせいだとしても、半分は、日本じゃこんな事は決して体験できないという考えがオレにこの状況を楽しませていた。まるでゲームだ。オレはまごう事無く英雄と共に戦場を走っている。サラマンダーといい、ガドルの化け物っぷりっと言い、まるで神話の世界だ。

こんな素晴らしい事は経験出来ない無いだろう?


「じゃ、頼んだ。あれの傍まで連れてってくれ!」


恐怖で震える声を抑え、笑いそうになる口を精一杯引き結んで平静を装ったオレの言葉にガドルは頷いた。


「任せろ。さっきは偉そうな事を言っちまったのにこの体たらくだからな……今度こそは『討伐』ってモノを見せてやる」


オレを背負い、再び、溶岩の上を疾風のように走り始めた。



毎日書いてるけど、話のストックが無くなってきたな~。


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m(_ _)m

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