26.炎霊・サラマンダー
お久し振りでございますm(_ _)m
たった一撃にて、西区は炎熱と溶岩が渦巻く地獄と化した。
自らが産み出したマグマの大河の只中に炎霊と呼ばれる巨竜は存在していた。
猫の様に二本の後足を畳み、前足を揃えて金色の瞳で眼下を睥睨している。
その姿は爬虫類というよりは猫に似ている。金色の細く長い均整の取れた美しい尻尾はマグマから高く突き出て、ゆらゆらと優雅に揺れていた。
彼女は自らの領域に侵入し、眷属を虐殺した侵入者に怒ってはいたが、自ら攻撃する必要性は皆無だと感じていた。
全身をどんな攻撃でも侵せぬ甲殻を纏った身体に死角はなく。故に眷族であるブレイズドラゴンのように全身に炎を纏う必要は皆無である。また、攻撃の必要も皆無。一定距離に近付いた者を迎撃するだけで全て事足りる。
『嵐を従え、悠久の時を経ても不変。
それは幻の城なり。
死せる砂漠の蜃気楼。漠寂の幻城』
吟遊詩人はそう語り、威容を歌う。
生物としては規格外の大きさであり、天を指し示すかのように全身から突き出た巨大なトゲは、まるで西洋の城の尖塔に見える。砂漠に於いては自らの作り出した上昇気流によって、巨大な砂嵐をその身に纏う。その為、砂嵐に浮かび上がるシルエットはまさに城そのものである。
彼の魔王が造り出し、使役したと言われる六体の魔獣の一柱。
ブレイズドラゴンより厚さを増した甲殻の内部で光は屈折を繰り返すことで眩い白に輝き、数千年という長い砂漠暮らしと砂嵐によって研磨されることで、その甲殻の表面は滑らかに炎の煌めきを反射する。
また、血肉に蓄積した大海の如く莫大なエリクシルの量は、主に蛋白質から構成される通常の生物とは異なる生態を可能とし、水だけを吸収して数千年を超えて生きることが可能だ。
それ以上に、体内のエリクシルを水に混入させることで幾らでも炎竜やブレイズドラゴンといった眷族を産み出すという特性の為に、大国ですら一夜で滅ぼせる。
魔王の生きた証しとして存在し続ける“それら”。
生命の法則を無視したその”天災“はいつしか精霊という名で呼ばれるようになった。
つまり、英雄が対峙したのは砂漠が刻んだ幾千年という悠久。
全てを飲み干す砂漠の神に他ならない。
*****
「無理だっ!! 倒すなんて無理に決まってる!」
溶岩の河を眼前に控える街の屋根の上、相変わらずガドルに抱えられたままケントは叫んだ。
無論、こちらの世界に来たばかりの少年はこの魔獣に関する知識は無い。魔王の魔獣であるという事も知らないだろう。
だが、彼の中の錆び付いていた自衛本能が全力で逃げろと伝えている。
そうでなくとも、正体不明の一撃で町の大通りを丸ごと溶岩の川にするような生物に脆弱な人間が敵うわけがない。
彼の判断はいたく正常で自然なものである。
「そいつぁ……どうかな……?」
だが、英雄は口の端を獣の様に吊り上げて嗤うだけだった。
その笑みは自分を鼓舞する為だった。
英雄とは無謀な蛮勇を誇る事ではない。
幾千の魔物を相手にしてきた英雄であっても魔獣相手の戦いなど経験が無い。彼とて怖いのだ。
それでも、彼は自分の背中に負っているモノを知っていた。
サラマンダー自体が危険である以上にが奴が産み出す眷族が王都の水系に入り込めば西区の比ではない被害と混乱が巻き起こる。
王国最強を名乗るという事は王国を護る最後の盾であるということだ。
民の心の拠り所である自分が、信頼を裏切って逃げることなど出来ない。
また、異世界から来たこの少年の命を預かっている以上、勝つしかない。
まぁ、『護るモノ』があってこそベストパフォーマンスを発揮する自分を追い詰める為だけに少年を連れてきてしまったのは自分だが。
「お前、この世界に来てまだ二日、だろ? この世界の”討伐“はまだ見たことねぇよな?」
少年はガドルの腕に支えられたままの体勢で、しぶしぶ頷く。
確かに、討伐者達が魔物のような巨大な生物をどうやって現代的な装備無しに、中世並みの装備で倒すのか想像がつかない。
興味が無いと言えば嘘になる。
「で、でも! あんなデカイ奴は普通は倒さないよな!? そもそもどうやって近付くっていうんだ!? 下はマグマばっかで足場なんて無いぞ?」
今立って(抱えられて)いる大通り沿いの高い建物の下からサラマンダーのいる場所まで足場は無い。サラマンダーの背後はマグマではないが、正面のマグマを避けて回り込むのには時間が掛かりそうだ
「ほぉ? なんでそんな事が分かる?」
それなのに、ガドルは退かない。それどころかコイツの声にはオレの、常人なら普通の反応を面白がる響きすらある。
ガドルはオレの顔を覗き込んだ。
その顔にはやはり笑顔。
だが、その笑みには余裕もふざけた様な様子は無い。その代わり、その眼には勇気と決意、そして、正体不明の自信だけが写っていた。
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