25.討伐開始
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「っっ!!?」
円形に取り囲んで地中からまるで壁の様に立ち上がった紅い水壁。その正体は炎龍だ。一体でもおぞましい化けミミズが群れを成して襲ってくる。半透明の紅い壁には一分の隙間もなく、頭上からは夥しい数の牙が落ちてきた。
腰が抜けなくとも、決して逃げることは出来ない、が。今度のオレは冷静だった。
人間、どれだけ怖くてもそれが危害を“及ぼさない”と知っていれば存外大丈夫なものである。
オレはしゃがんだ。
怖いから、というのもあるが単にガドルが動きやすいと思ったからである。
驚いたことに、こんな現実離れした状況でもオレは冷静に判断する余裕があったのだ。
「おおっ! 良く分かってんじゃねぇか!」
上を見上げる形となったオレはガドルが短剣を抜くのを見た。
セリシアという女騎士が投げた槍、あれを弾き返した頑丈そうな短剣である。
そして、
「始祖たる炎、季炎龍よ。この程度では物の数ではないぞ!!?」
水壁は一撃で崩れ落ちた。
相変わらずガドルは化け物じみて凄まじい。刀身が赤の鈍い輝きを跳ね返し、赤銀の弧が真一文字に閃いた刹那、まるで風船が弾けるかのように、壁となっていた炎龍が崩れ落ちた。
「スッゲー! 超かっこいい!!…………って、おい! サラマンダー挑発してどうすんだよ! さっきからずっと揺れてるし! ココ、サラマンダーの真上なんだよなぁ!?」
足元にサラマンダーがいる。その事実は一瞬前にガドルをビビらせていたはずである。
そのはずだが……
「おめぇ、そりゃ挑発すんに決まってんだろ。地上に出てくりゃ”あんなの“屁でもない!」
地中までガドルの声が聞こえるかどうか、いや、そもそも言葉が分かるのかどうか分からないが……地面の揺れが増した。
小刻みな揺れが横揺れに変わり、町中から響く不気味な音は石畳が砕けるガラガラという轟音に変わった。
そして。
グラリ、と目眩を感じた。いや、地面が傾いたのだと理解するのに時間がかかった。
「ちょっ! はっ!? ガドル!? これ! これって!?」
道路に亀裂が入り、石畳が裂けてゆく。
大通りの真ん中、丁度オレ達が立っていた場所に深い崖が口を開けた。
自由落下をしかけたオレ。ガドルが襟首を持って引き揚げてくれなかったら死んでた。
「休憩すんのはまだ早ぇぞ!」
助かって気を抜きかけたオレをガドルの大声が叱咤する。
「ちっ、ちっくしょぉぉぉぉぉぉ!!」
一瞬前までの状況を把握する余裕なんて無い。
オレは走った。とにかく走った。こんなに夢中で走ったのは一昨日振りだ。
何かが地の底から這い出ようとしている。
今も亀裂は開いたり閉じたりしながら広がり続けているし、地面の傾斜は増し続けている。
振り返ると、道が大きな丘の様に隆起していた。
どう考えても『一匹』と数えられるような生物が引き起こす現象の範疇を越えている。
「ど、どんだけ巨大なんだよ!!?」
今さっき見た鋼炎龍の死骸を遥かに凌駕しているように思えるのだ。
隆起した道路のあちこちから火の手が上がり、敷かれていた石が砕け、猛烈な粉塵がまるでテレビで見た火砕流の如く勢いでオレを襲った。
「むっぅ!?」
砂がバチバチと顔に当たり、目なんかとてもじゃないが開けていられない。
自分でも何を喋ろうとしたか分からなかったが、開いた口も一瞬で砂のジャリジャリ感に満たされてしまう。
「(くっそ~~~! 今日は厄日じゃねえか!!)」
背中を丸めて飛んでくる砂を耐えること数秒。体に当たる砂が止んだ。
ゆっくりと振り向くと、ガドルが砂嵐の元凶からオレを守るようにして立っていた。飛んできた石の欠片が当たったのか、所々服が切り裂かれているものの、そこから覗く筋骨隆々な身体には傷一つ無い。
ガドルの見つめる先、砂煙の向こうにオレは視線を移した。
もうもうと立ち込める砂煙、その先にいったいどんな生物がいるのか……炎に照らされて、通りを塞ぐ小山のごとき巨大なシルエットがボンヤリと砂煙に映っている。
巨大怪獣じみたその生物との距離は二百メートルほどだろうか。
必死に走ったお陰でかなり遠く見える。
ああいう巨大生物は動くために物凄い負担が身体に掛かるのだという。故に、動きは遅くなるらしい。
煙の向こうで何か不審な動きがあれば十分に対応する時間があるはずだ。
しかし。
「あれが、サラマンダー、なのか?」
と、いうオレの言葉と、
「脇道に逃げ込めバカ野郎っ!!!」
というガドルの切羽詰まった罵声は同時に放たれた。
えっ? なぜ?
と、思った時はもう遅かった。
土煙を食い破り、鮮烈な光が辺りを席巻する。
真っ白な光は太陽の顕現の如く町の輪郭を飲み込み、石畳の隙間に染み入り、影を喰らい侵食してゆく。
そんな光。
視界と同じように頭の中は白一色に侵食されていた。
美しい、と思う間もなく。
他に比べようもない絶対なる高熱がオレを襲った。
世界が止まったかの様な一瞬の静寂。
「っっは! げほっごほっ!!」
止まっていた呼吸が再開される。
しかし、オレは足が地面から浮いているのを感じた。
「っつぅ……お、おれは死んだのか……?」
眼下に見えるは地獄そのものの光景。
灼熱のマグマがゴポゴポという音を立て、ゆっくりと流れて行く。
凄まじい量の熱風が吹き上がり、視界は熱気のせいでゆらゆらと揺らいでいる。
ここは地獄、なのだろうか……サラマンダーが光ったと思ったら熱が来て……その後に何があったのか分からない。冷静に考えて……オレは……もう……。
「わりぃな。とんだ面倒事になっちまった」
だが、少し上からガドルの声が聞こえた。
「季炎龍……地脈の主、魔物の始祖たる魔獣の一柱……少しばかり嘗めてかかっていた。とんだ目に会わせちまったな? この威力なら……脇道に逃げても灰も残さず溶かされていたからな、勝手に運ばせてもらった」
幸いまだ死んでいないらしい。足が浮いているのはガドルに胴体を片手で抱えられているからのようだ。
足元に赤茶色の屋根瓦が見えるということは、オレ達は今屋根の上という事だろう。それに、熱気で歪んではいるが、五百メートルほど先、マグマの大河の真ん中に見える白い塊がサラマンダーだろう……。つまり、ガドルはあの一瞬でオレを抱えてこんな場所まで逃げたということか……
「ガドル……お前、マジなんでオレを連れてきたんだよ……もう少しで死ぬとこだったんだぞ!? それも二回も! ホントにお前一人で十分じゃん!!」
最初は地割れに呑み込まれそうになり、助かったと思ったらサラマンダーに融かされるとこだった。ガドルは行く前ほど緊張はしてないみたいだし……この男の化け物振りはサラマンダーも凌駕するのではないかと思ったんだが……。
そもそもオレがこの男に全然ついていけねぇ! コイツ、マジでなに考えてやがるんだ!?
「……いや、すまん。 奴さんを誘き寄せる囮、ってか、エサ、の役割だけ果たして貰おうと思ったんだが……予想以上に強い。お前を逃がす余裕が無かった」
予想以上に強い!? バカじゃねぇの!? オレはじゃあ、これからどうすんだよ!!?
「なーに。心配すんな! こう見えて俺は王国最強の騎士だ。俺には王国の住人全員を守る義務がある……それ故に俺は負けない。な? 俺を信用しろ。俺と離れさえしなけりゃ火傷一つ負わしゃあ、しない。 これは絶対に保証する」
ガドルはまるで自分にも言い聞かせるように、言葉をしっかりと噛み締めながら言った。まるで誓いにも聞こえる言葉だった。
「日が上る前には余裕で終える……急いで帰んなけりゃ、またセリシアにぶん投げられる……」
ガドルはとびっきり豪快な笑顔を抱えたままのオレに向けた。
そして。
「さぁ、討伐を始めようか……」
未だ動かないサラマンダーへ視線を戻す。
ガドルの眼光が鋭くなり、顎を引いた。
オレが見たその横顔は、笑顔から一変し、まさに英雄に相応しい、戦士の顔だった。
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