23.西区激戦
おはよーございます!
今日は早めに投稿なんすけど……ぶっちゃけ宿題がヤバい。
アンシオン騎士団団長ガドルと異世界勇者・向井ケントが中央区を西区に向けて出立したその頃。
西区では既に、戦い火蓋が切って落とされていた――。
「あぁあ……! ホントに暑いったらありゃしないわ! 私は無事に彼が通過したか確認しようとしただけなのにぃ!」
西区の上空には真っ黒な煙が渦巻き、爽やかな月の光を遮断している。
その代わり、町は炎に焼かれ、あちこちで上がる火の手が夜の闇を払い、赤々と燃える炎は空をオレンジ色に照らしている。
今“は”シェト・オルムを名乗る少女。彼女はそこにいた。
中央区にほど近い西区。昼間、ケントが中央区に向けて一際高い家の屋根の上。
彼女の家はこの閉鎖地区からかなり離れた場所にあるのだが……彼、こと、向井ケントの西区通過を確かめるべくここまで来ていた。
あの少年を中央区まで行くように仕向けるのは仕事である。だが、危険地帯と化した西区を真っ直ぐ抜けるように言ったのは自分であった。
中央区への道は真っ直ぐだし、昼間から炎龍の眷族が活動できるのは水辺や川辺などの限られた場所だけだ。あの時、彼の身に万が一にも危険は無いと思った。
「ったく、もう! 嫌になるわ!!」
だが、『万が一』なんて往々にして起きてしまうのだ……そう囁く良心の呵責に耐えきれず、昼寝から醒めてみれば、既に足は西区の封鎖地区に向かっていた。
その途中。非常に運の悪いことに……よりによって鋼炎龍に見つかったのである。
実は鋼炎龍の討伐はユニオンからの非公式の依頼が来ていた。再三断っていたのだが、まさか、逃げるために、期せずしてして倒す羽目になるとは……。
警戒の為に持ってきた弓と矢を三十三本。それに矢を即席で作る為の糸と矢尻のセットが幾らか。
奥の手もあるにはあるが……取り合えずはそれだけが今ある全ての装備だった。
シェトの炎を映して輝く鳶色の目は鋭く地上を見下ろし、何時でも動けるように全身には適度な力がこもっている。
褐色の肌を汗が伝う。
少女は目に入りそうになる汗を瞬きをして振り払った。
と、同時に何かに気付き、高々と跳躍する。
「っ……!!」
次の瞬間。足場であった屋根は灼熱の焔に侵され、溶け落ちた。
彼女は宙を舞いながら、上昇気流を捉える。
空中でバランスを取りながら、手に持った小型の弓に数本の矢を番え、発射。
その数、同時に四本。
同時に、それでいて針穴に糸を通すような正確さで放たれた三本の矢は獲物に突き刺さり、残り一本は細いロープを曳きながら飛び、通りを挟んで向かいの建物の壁に突き刺さる。勿論、ロープの片端は彼女が持っている事は言うまでも無い事だろう。
洗練され完成された一連の動き。
三本の矢が獲物に痛みを与えて気を引く間に、彼女の身体は掴んだロープによって弧を描き、大通りの向かいの屋根へ着地する。
彼女の元々の身体能力と野生の勘、それに数々の討伐任務を経て培った正確無比な射撃術。
それら全ての総合技術こそが……何か一つミスをすれば、一瞬でも気を許せばその瞬間に骨も残らず消し飛ばされる……そんなギリギリの戦いを可能にしている。
相手に取って不足は無し……とは言えない。不足するどころか有り余る相手だ。弓使いが単独で相手にするには『竜』は余りにも強大な力を秘める相手である。
しかも、特に鋼炎龍は多国間から選りすぐった特殊討伐隊が組まれるような相手である。異界からやって来た魔法使いならまだ知らず、『人間』が単独で相手にするなど正気の沙汰では無い。
だが、彼女には決して勝算が無いわけではないのだ。
余裕などもちろんないものの、上手くいけば倒せる……かも知れない。
シェトは溜め息を吐いた。
「ま、この調子じゃまだまだ掛かりそうだけどね……」
鋼炎龍――。
その身は始祖である魔獣・サラマンダーに似て巨大な蜥蜴である。
サラマンダー程大きくは無いが、長い尻尾を計算に入れれば体長は70メートルに届く。そして、サラマンダーとは異なって、総身から絶えず火炎を放出し続け、その明るさは夜を昼に変える。
何よりも莫大な熱量は近ずく事はおろか、あらゆる武器を融解させて攻撃を無効化する。唯一炎を纏っていない背中側は硬玉のように固く、眩い白に輝く甲鱗で覆われている。
まさに鉄壁を誇るハズの鋼炎龍だが……シェトは決して地上には下りず、大通り沿いの高い建物を足場としている。それ故に鋼炎龍の腹側を守る灼熱は彼女まで届かずに建物を灰に変えるだけである。
それどころか反対に、彼女の放つ矢は正確に背中側の甲殻の継ぎ目を狙い貫いていた。
先程放った三本の矢も深々と肉を抉り、巨竜に苦痛を与えている。しかし、どれほど弱らせているのかは分からない。
攻撃が心臓であるエリクシルの塊に届かない限り巨竜は倒れず、再生を繰り返す。朝日が昇れば竜は地下に潜り身体を休めるが……唯一の武器である矢も残り少ない。攻撃を躱す為に使っているロープもあと数回の使用が限度だ。
「だから、そろそろ終わらせなきゃね……悪いけど何時までもアナタの相手はしてられないわ!」
以前ならば決して命を奪うような事はしなかっただろう……。
何故なら以前の自分にとっては世界を構成する要素は等しい物であり。全てが尊くいとおしく思えたからだ。
だが、今は『人間』だ。以前の状態とは違い、人間である自分には目的があり、意志がある。
この巨龍は人間の生命を脅かすし、何時までも居座られたんじゃ仕事に支障がでる。それに何より、自分はここで死ぬわけにはいかないし、死ぬ気も毛頭ない。
「せっかく貯めた力だけど……ここで使うんなら損はないかしらね?」
彼女の指先が空中に複雑な印を……文字を描く。
万象を顕す文字。
魔眼の持ち主のみが見る事の叶う象形文字である。
シェトは魔物の血、特に炎龍の体液を経口摂取することでエリクシルを体内で濃縮、この世界の万象を示す文字を描く事で体内のエリクシルをエネルギーへと変換、エネルギーは文字の『形』にそって流れ、擬似的な魔法を発動させられるのである。
今、シェトの胸の前には、複雑な模様が刻まれた氷の刀身が四本、浮遊していた。一本一本に文字を刻んだ特別製の剣である。
「あとはこれを放つだけなんだけど……中々粘るわね……」
少女は目を細め、鋼炎龍の挙動を注意深く観察していた。
獲物は魔法の気配を感じたのか、最大限の警戒姿勢をとっている。
瘴炎の発射用意。
瘴炎とは口から放つ『熱線』。鋼炎龍の最大限の攻撃であり、この世界において、眷族以外でその熱に耐えられる生物はいない。
膨大な量のエリクシルが竜の体内で変換され、駆け巡る灼熱が鋼炎龍の目がみるみるうちに金色に輝かせ始める。
それを見て、シェトは楽し気に唇をゆがめた。
彼女はこのタイミングを待っていた! 血が滾り、脳が痺れるようなこの危機を、そして最大の好機を!
「さぁ! 正念場ね! アタシの神髄。見せてあげちゃうわ!!」
頬に熱風が吹き付けるのを感じる。
タイミングを誤れば待ち構えるのは死、のみ。
背中に背負った矢筒から一本の矢を引き抜き、ロープを括り付けて番える。
獲物と向かい合ったまま一瞬の静寂が流れる。
心の中では緊張しているが、彼女は優秀な狩猟家だ。全身のどこにも無駄な力みは見られない。それどころか、強敵を目の前にした彼女のコンディションは最高だった。
そして、その瞬間は訪れた!
固く閉じられ、焔が漏れ出ていた龍のアギトが開かれ、圧縮された炎熱が迸り出る。
爆炎は瞬きも出来ないような速度で、シェトのいた家の屋根を街の区画ごと完全に『焼滅』させた……。巨竜は煩わしい羽虫の消滅を確信し、小さな満足感を感じた。
……だが、しかし。
「アナタはもっと用心深い方が良いでしょうね」
突然の声。
『!!』
その声は鋼炎龍のすぐ足元から聞こえた。
在り得ない事態に竜は混乱した。しかしそれでも、まだ息整わぬ霞む視界の中、竜は直観に従って再び火炎を吐いた。
ブレスが避けられた、その事が竜に相手が強敵である事を悟らせたのである。
炎は大通りを隙間なく舐め尽くし、石畳を赤熱させた。
“もし”そこにシェトがいたなら、爆炎に消し飛んでいたハズだ。
だが…
「ごめんね……」
シェトは小さく呟いた。竜には聞こえる筈もない上空。だが、奇しくもそれは鋼炎龍が火焔を吐き切り、頭をもたげたのと同じタイミングだった。
竜はそこに炎に赤々と照らし出されたハンターを見た。
細いロープを片手にからませ、熱せられた地面からの上昇気流に身を任せて飛翔する可憐な姿。
彼女が言葉を唱えた瞬間。
一陣の風が黒煙を吹き払った。
満月の光に照らされた少女の手には氷刃の四本の輝き。撓む短弓に、限界まで引き絞られた銀糸。
指が緩められたその瞬間、蒼い月光をはじいて輝く4本の刀身が飛来した。
そして刃は、竜の背を深々と刺し貫いたのだった。
*****
シェトは焼け落ちた建物を伝い、ゆっくりと地上に降り立った。
まだあちこちで炎が燻ぶり、黒煙が上がる中。巨竜は崩れ落ちた瓦礫に半ば埋まった態勢で最後の時を迎えようとしていた。
急速に光を失い、白く濁ってゆく巨竜の目……ギラギラとした光を発していた目は最早、炎を映して鈍く光るだけだ。
最後までこの巨竜は自分がなぜ息絶えたかを知ること無かった。
末期に見たのは涼やかな月光に浮かび上がる狩猟者。
巨竜を襲ったのは、先程までと同じ、背中に針が刺さるような鈍い感覚。
それを最後に竜は意識を失ったのだ。
その亡骸は身体の芯から凍り付いていた。
シェトが放った四本の矢は鋼炎龍の体内のエリクシルを利用して『魔剣』としての効果を発揮し、巨竜の身体を一瞬にして氷漬けにしたのだ。
生き絶え、熱が失われた鋼炎龍の亡骸の傍ら、シェトは静かに歩み寄り、そっと手を合わせて目を閉じた。
「貴方の魂が救われ、再び輪廻の輪に還ることを……私は心から祈ります……」
自らの手で命を奪った……その罪悪感はあるにはあるが、彼女を占めるのは純然たる祈りの気持ちが殆どであった。それに、この巨竜は最後まで痛みは……そんなに感じなかった、ハズ。たぶん。
「さて、と」
短い祈りの後、シェトは手際よく凍り付いた巨龍を解体してゆく。
せっかく倒したのだからユニオンから報酬が貰えるはず。その為には証明となる心臓を取り出さなければいけないのだ。
赤くゼリー状の肉は炎龍以上のエリクシルを含み高額で売れるのだが、今は氷漬けになっているものの、放っておくとドロドロの水になる。それは容器がないと持って行けない為に諦めた。同じく白い甲殻は貴重品なので、近くの家の中に隠させてもらう……。
目的の物は直ぐに見つかった。
「うん……なんて見事な心臓……報酬も期待が持てるわね」
氷結時の温度差の影響を受けて、所々欠けてはいるが完全な球形に近いエリクシルの結晶である。
『純然な祈り』の気持ちはどこへやら、シェトの心は完全に貰える報酬へとシフトしている。
もう自分で自分を褒め称えたいくらいである。これなら二ヶ月分の食費は固い。
「ぁああ~……疲れた~……。 もう、さっさとこっから出よ! こうも町が荒らされちゃったんじゃ、あの少年の足跡なんて見つからないわ! 今日は頑張っちゃったし……中央区でぱーっと飲んじゃお!」
結構遠いが、彼女なら一時間足らずで着けるだろう……。とにかく、少年の行方は二の次だ。
鋼炎龍の討伐の報酬、いったい幾ら貰えるだろうか……?
「あっ! もしかしたら新しい拠点を中央区に持てちゃうかも!? そしたら毎日、青星亭のお弁当どころか白山羊亭の極上お肉がっっ!?」
こうしてはいられない。とばかりに少女は足早に大通りを歩き出した。
今度は油断せず、気配を消し、他の炎龍達に存在を悟られないようにすることを忘れない。
なんたって、もうこれ以上何かで手間取るのはまっぴらゴメンだからである。
……。
…………。
この世界に落とされて早六年――。
彼女が人間であることに馴染み、人間の考え方に染まって久しい。
本来の名をシェト=フィナファ
実は、元からかなり現金な所のある元・『女神』は中央区へと歩き出したのだった。
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