22.いざ西区へ。エサになる為に。
宿題やばし。
ガガガッガガガガガッ!!!! ゴゴゴゴゴッゴゴッゴゴゴゴッ!!
石畳と車輪が擦れ耳障りな音を立て、馬車を引く動物の蹄が石畳を踏みしめる度に轟音が人気の無い大通りに反響する。
「……まさか!!! 他人ん家の扉をぶっ壊すなんて……!!! 騎士団長として許されんのかよ!!!」
ガドルに誘拐されてから五分後。
オレは乗り慣れた、あの荷台の上にいた。
ガドルによって小脇に抱えられたまま外に出た時に見えたのだが……アルトの家のドア(金属製)は爆発したかのように内側に向かって弾け飛んでいた。とても人力とは思えないが、コイツしかいないだろう。
「許されるか、どうか……分からんが……とにかく今は先を急ぐんでな……」
そう言いながら、ガドルは御者台から鞭を振るった。鞭を当てられた動物は一層、速度を上げ、ガクン、と荷車が急加速する。
「っ…………!?」
何で急ぐのか聞こうとしたオレは口を開けかけて……断念した。
そう、馬車(?)は今、人通りのない大通りを爆走中だった。故に、勢いを増して吹き付ける風が強すぎてろくに口を開ける事が出来ないのだ。だが、それはガドルが風避けの役割をして、である。この風圧を遮る物が何も無い風上の御者台に座っていながら、それでも余裕で喋るガドルは化け物である。
この動物、早すぎるだろ!!?
荷車は昼間と変わらず、馬にも巨大なトカゲにも見える二頭の不可解な生物に曳かれているのだが……。
長細い馬に似た顔は今は前だけを見つめ、四本の脚に付いた蹄は石畳とぶつかって地響きを立たせ、白く長いタテガミと体毛は風になびき、毛の下にある鱗が月光を反射してキラキラと輝いている。
「すまんな。こっちで少しゴタゴタしててな。今は少し……追われている。強行突破するからな……手身近な物にしっかり掴まっとけ……?」
なににっ!? なんでっ!? そもそも掴まる物なんかねぇぞ!!?
大体、話が急過ぎなんだよ! オレはどこに向かってるのかも知らされてねぇんだぞ!? つーか! 何でこんな夜中に連れ出されなきゃなんねぇんだ!!!! 大人ならもっと年下を大事に扱えってんだよっ!!!!!!
「くっ……っ……ばっ……!……ふぐっ……!」
くそ~~~!
文句の一つも言ってやろうと思って必死に声を出そうとしたのだが……何一つ音にならず、オレは、風圧にやられた喉を擦りながら荷台に座りなおした。
「さて、と……いよいよ門を突破するが……何かに掴まらねぇと振り落とされても知らねぇぞ?」
「っ!!?」
はっ!? 門!?
って、あれか? あの……門……って、無理だろ!!?
前方に見えるは機械開閉式の頑丈な金属製の門。異世界への期待に満ちたオレが昨日くぐったばかりの門である。
ガドルが、さっきアルトの家の扉をどうやって破ったのかは知らないが……仮にも魔物から街を守るあの門は破れないに決まっている!!
門のすぐ前、開けた広場になっている場所になっている。もう十メートルも無い! だが、流石に荷車は急激にその勢いを落とし始めた。
オレが安堵した、その時。
「ガドル・ルスオール騎士隊長っ!!! 止まりなさい!!」
聞き慣れない女性の叫び声と共に、何かが『飛来』した。百数十メートル後ろ、建物の影の中に沈んだ大通りの向こうで何かの光が瞬いた。
「流石に追いつかれたか……っと!」
ガドルが何かをしたのかは分かったが、それ以外は何も分からなかった。
月光に明るく照らされた御者台の中、ガドルが目に追えない勢いで掻き消えた、と思ったら、オレのすぐ前にいた。
その右手には五十センチ程の短剣が月光を照り返している。
「え? い、いったいどうした、ってんだ?」
馬車が止まり、やっとまともに喋れるようにはなったが、舌が上手く回らない。
状況が理解できないオレを置き去りにして時間は進んで行く。
だが数秒後、何かが数メートル前の石畳に突き刺ささり、オレは腰を抜かしてしまった
「や……槍ぃ!?」
月光を反射して輝く白柄が付いた長槍……投擲槍だ!
石畳に突き刺さる槍……刃からの反射光が見えないという事は石を貫通しているのだろうか……何にしても凄い威力だ……。
「ふはは! 俺を相手に投擲で止められると思ったか……!? 良かったな、小僧! 俺がいなかったらあの矛に貫かれて死んでたぞ!」
マジかよ……。そりゃ、死ぬわ。
オレは腕に鳥肌が立つのを感じた。
だが。
「ちょっと? 私のせいにするつもりですの? ふ~ん? 騎士隊長ともあろう方が随分汚い真似をなさるのね?」
高く、よく通る澄んだ声と共に、薄闇の中で槍を投げたと思われる張本人が歩いて来るのが見えた。
「そこの市民。貴方の前に突っ立っている、卑怯で小汚いバカ男から距離を取ってくれると嬉しいですわ。そこの学習しないバカにはちょっとした、処罰が必要ですので……。ええ。分かってますね?、騎士隊長、 今度こそは許されません」
大通りの影からついに声の主が姿を現した。
月光に照らされて、現れたのは白い騎士だった。
全身は白く輝く甲冑を纏い、同じく白く輝いてはいるが、まるで中世の騎士のようなフルフェイスの頭甲冑からは金色の三つ編みが垂れている。顔は見えないが声の高さ的に女性だろう。
女騎士は急ぐことなく、毅然とした足取りでこちらへ近づいて来る。
荷車から五メートル程離れた場所、白い槍が突き立った場所まで来ると騎士は腰に付けた小袋から何か小さな巻物の様な物を取り出した。
取り出した瞬間、巻物はまるで花のような良い香りで空間を満たした。それに、巻物の両端は見た所豪華な装飾がなされているように見える。
とにかく、貴重で珍しい物であるような気がした。
昨日来たばかりの異世界人にはそれだけで終わる品物。だが、この世界の者にとっては重大な意味が込められている。故に、それを見たガドルの表情が固まる。
……まさか何かヤバいのか!? 取り敢えず離れるか!!?
無論、その意味はオレには判る訳が無い。そして、あの巻物が爆発物かなにかの危険物だと判断したオレはわさわさとガドルの影から抜け出そうとしする……が、当のガドルに押し留められてしまう。
「そいつぁ、王からの勅書だな?」
ガドルは眉間に皺を寄せ、当に苦虫を嚙み潰したような顔、という譬えがピッタリな顔をしている。
「そうです。ガドル。今回の件を密偵より受け取りし王よりの勅命ですわ。魔眼持ちの異世界の者と共に『西区』に向かう、とね。それに、私からも騎士隊長が神綬の斧を無断で持ち出した事を伝えましたわ」
先程までとは違い、眠気が吹き飛んで頭が冴えている。混乱した状況ではあるが、だからこそ、オレは情報を集め続けた。
つまり……ガドルは西区に向かっている、らしい。つまり、炎龍のいる区画だ。目的は……そりゃ、炎龍(化けミミズ)を倒す為だろう。それに、ガドルが王の勅命の巻物を見て苦い顔をするのは何か後ろめたい事をしたからだろう。そしてそれは『真珠の斧』というモノを王城から持ち出した事に関係している、と?
「それで……王はなんと?」
ガドルの真剣な顔を見たのか、表情の見えない白い女騎士は神妙な様子で頷き、巻物の封を解いた。
巻物を解くカサカサという音に、オレの喉がゴクリと鳴った。
「じゃあ、読み上げさせて頂きますわ。」
騎士は赤と金のリボンで美しく装飾された巻物が広げ…………なんと、騎士の身体が一回り萎んだように見える程の大きな溜め息を吐いた。それと同時にピリピリとした緊張感が無くなる。そして彼女は、あろうことか、その貴重な巻物をコチラに投げて寄越した。
それをガドルが訝し気な顔で慎重に受け取り、書いてある文章に目を通す。ガドルの両目が驚きに見開かれた。
「まさか……こう簡単に事が進むとは思っていなかった。最悪、反逆罪を掛けられても、追手を放たれても西区には赴く予定だったんだが…………これ、本当にあの偏屈な王様の勅書か? もしかしてセリシア、お前が書いたんじゃ……? だとしたら大変な事に…… 」
書かれた文字を読んでいたガドルが顔をあげ、若干興奮気味に、セリシアと呼ばれた女騎士に尋ねる。
彼女は呆れたように肩を竦めた。
「いいかしら、ガドル? 私は貴方の様な無計画で考え無しのバカではありませんわ。それに、例え王がお許しになったとしても、私は許しません。帰ってきたら、仮眠中の私を叩き起こし、多大に煩わせた事の報いは取ってもらいます。いいですね? 今回も逃がしませんから、ええ。」
騎士は全身鎧を纏っているにも関わらず……おどろおどろしく、鳥肌が立つ程の殺気が放たれたが、それは一瞬の事だった。すぐに再び、凛とした気配が鎧の下から伝わってくる。
「ガドル・ルスオール。貴方の事を私達、アンシオン騎士団は誇りに思います。こんな言葉は不要だと思いますけど……でも、必ず、無事に帰って来てください。私は……いいえ、何でもないですわ! とにかく、私と任務が貴方を待ってます。だから、か・な・ら・ず! 昼までには戻るようにして下さい!」
最後に、真面目なんだかふざけてるのか分からない言葉を残して、白い騎士は踵を返した。
石に深く突き刺さった槍を片手で引き抜き、スタスタと大通りの方へ戻ってゆく。
「……ふぅ……帰ったら『また』あの説教かと思うと気が進まないが……王の許可がついに下りたんだ。ここで立ち止まってる訳にもいかねぇだろ……」
さ、行くか。と、ガドルはオレの方に、つまり荷車の方に向き直った。
無言でオレの脇をすり抜け、再び御者台に収まった。
オレ、と言えば……まだ状況の変化に付いていっておらず、ただただ目の前の二人を見ている事しか出来なかった。だが、まぁ。
巻き込まれちまったモンはしょうがねぇ!
もしオレが本当に必要なら逃げても無駄だ。
ただ、今は、オレが逃げてもガドル(こいつ)は追わないだろう……という感じがする。でも、ガドルは大人げないし強引だが、なんだかカッコイイ。
一緒にいて飽きないのは確かだ。
何より、全然眠くない。ほんっとうに何故だか分からないが眠くない。それどころか美味しい夕飯でエネルギーがリチャージされた感じだ。
だから。今日は面白い方に行ってみよう。
「ガドル! 立ち止まってたら炎龍が逃げるぜ? オレは準備万端だから、さっさと出発だ!!」
急かすオレを、ガドルは驚いた様に見つめ、照れたように頭を掻いた。
「ああ~~。それなんだが……う~む。……すまんが、目的は鋼炎龍から炎核竜に変更なんだ……」
うん? なんだか歯切れが悪いな? サラマンダーってゲームとかで出てくる炎を纏った小さいトカゲ、だろ? 一緒とは限らないが一緒の名前が付いてんだから似たようなもんだろ。 化けミミズの気持ち悪さより全然マシだ。
「相手がブレイズドラゴンの上位存在、『精霊』となると……今回ばかりは俺も焼きが回るかもしれん……なんて思ってたんだが……」
上位存在? 精霊? んん? え? なんかヤバそうな雰囲気がっ!?
「ちょっとまてぇい!? そういう説明はもっと前にしてくれないとぉおお!!?」
「だが! お前さんの勇ましさに勇気を貰った! さぁ、行かん!! いざ! 西区へ!!!」
勇ましくガドルが馬トカゲ(仮)に鞭を当てると、頑丈な門目掛けて勢いよく走り出した。門が自動的に開いて行く。見上げると明るい月光に照らされて、ぼさぼさ頭の人物が見える。昨夜出会った門番の青年だ。
「んじゃ! お二方! どうぞご無事で!」
荷車は一瞬で門を潜り抜け、見送る青年をあっという間に引き離して行く。
「おおおぉぉぉぉぉろぉぉぉぉせぇぇぇぇぇ!!!」
オレは再び、まんまとガドルに嵌められ。西区への道程を辿り始めた。
「オレはっ!! 餌になんかなりたくねぇぇぇぇええええええええええええええええええっっ!!」
いつも読んでくれてマジ感謝です!




