16.魔眼の勇者と先行きへの不安
これからも冬休みまでの少しの間は比較的不定期更新になるかもしれません。
お先にお詫び申し上げます笑
「お父さーん? いる~? 会わせたい人がいるの!!」
ナーシャが勢いよく扉を開け、暗闇の向こうに向かって元気に叫ぶ。
……そして、オレを入り口に置き去りにして駆け込んで行ってしまった。
「お、お邪魔します……」
オレもドキドキしながら扉を潜った。後ろ手に扉を閉めると周囲は全くの闇に覆われてしまう。
「っ!?」
前に踏み出した足が何か重い物にぶつかり、オレはバランスを崩した。
とっさに、ひんやりとした石壁に手をつく。
手探りでぶつかった物を確認すると、どうやら大きな壺のようだ。
チャプチャプという音がする。何やら水が入っているらしい。
数秒後、目が慣れると、長い廊下の向こうから、日の光が差し込んでいるのが見えた。
入口からは想像出来ないが、この家は相当な奥行きがある。光が差し込んでいる場所までは10メートル程はあるんじゃないか?
しかも、ただでさえ狭い廊下は足の踏み場が無いほどに棚と壺が占領していた。
こっちこっち、というナーシャの声が廊下の先から聞こえた。
オレは暗闇の中で、足元に目を凝らしながら慎重に暗い廊下を進んで行く。
「(靴は脱がなくていいか……)」
靴底にザリザリとした砂の感触を感じるし、ナーシャも入口で靴を脱いでいた様子は無かった。
それに、埃だらけで掃除している雰囲気は無いし、裸足にはなりたくない。
それでも、まぁ、ナーシャ(のお父さん)の家は、見た目ほど悪くはない。薄暗くて埃っぽいものの涼しく、快適で、夏は過ごし易そうだった。
外観を見た時はいかにも落ちぶれた……いや、寂れたお店って感じだったけど、この分ならたぶん住人も普通の人だろうと思う……いや、思うのだが……まだ気は抜けない。
ナーシャは可愛いが、その父親がどうかは分からない。
オレは、さっき肉を食べた時の会話を思いだす。
「(さっきナーシャは、鍛冶屋を辞めて店を出した方がいい、と父親に何度も言った事がある、と言っていたな……有名な鍛冶屋じゃない事は確かだよな……)」
「素質がある」とまで言ってくれたナーシャには悪いけど、あまり期待しまい。
棚ぼたには毒、甘い話には裏がある。
それ以前に、金槌を握った事の無いオレが鍛冶師なんてモノを続けていけるか大いに疑問だ。
そもそも、魔剣鍛冶師ってなんだよ?
『魔剣』とか『聖剣』とかを作るってのは色々異常だろ。
普通って言っていいか分からないが……普通、ファンタジーの世界だと魔剣は悪の親玉が持ってて、聖剣は岩とかに刺さってるんじゃないのか?
それに魔法は使えないらしいからな……魔法無しにどうやって魔法の剣を作るって言うんだ。
やはり普通の、オレが知っている日本の刀鍛冶師とは違うに決まってる。
実は外観のボロさも、繁盛していないんじゃなくて、単に住人が気にしていないだけかもしれない……。
「そうだよ! 隠れ家的な名店ってよく言うよな!」
「うん……そ、そうも言えるかも!」
いつの間にっ!?
1メートル程先でナーシャが廊下に道を作ってくれていた。
足元に集中しててナーシャが傍にいるのに気が付かなかった! 独り言を聞かれるとは!
オレはいつの間にか廊下の最後まで辿り着いていた、少し悲しげなナーシャの笑顔が逆光の中に浮かび上がっている。
「っっ!!」
その笑顔を見た瞬間、さっきまで握られていた手がうずき、顔の血液が急沸するのが分かった。
当然。オレは全力で顔を逸らした!
「? 何してるんですか? 地下の工房にいるらしいので早く行きましょう! 魔眼の勇者だなんて聞いたら腰を抜かしてビックリしますよ!」
チラリとナーシャをうかがうと、本当に楽しそうに笑っている。
でも。
その前に、聞かなきゃいけないことが一つある!
再び忘れる前に訊かなければ!
「あ、あのさ。話を折って悪いんだが、『魔眼』ってなんだ?」
束の間の沈黙。
ナーシャは一瞬キョトンとした顔になり……パンッ、と手を合わせて謝った。
「すいません! 言うのを忘れちゃってました!」
だよな!
オレも何でこれまで聞かなかったか謎だけどさ! 話のノリで鍛治師になるとか……オレも結構無謀だったな……。
思い返せば事情が全く分からない。
「ホントはあの『おめでとうございます!』の後に説明する予定だったんですけど……まさか、お昼ご飯が先だ、なんて言われたものですから……つい、忘れちゃってました。まぁ、でも……」
廊下のゴタゴタを脇に寄せ、ついにオレの足元まで道を作り終わったナーシャが立ち上がる。
「ワタシも細かい事はよく分からないので! 書物に書かれた事以上の事は父に聞いた方がいいです! だから行きましょ!」
いや、その書物の知識で十分だって!
オレがそう口を開く前に。
反応する間も与えられず、オレはナーシャに手をとられた。
華奢で滑らかな女子の指を感じ、顔の血液が再沸するのが分かった。
思考が停止し、何も言えず、その場に踏みとどまる事すら出来ず(別にそこまでして話を聞こうとも思わないが……)
成す術無くオレは地下室、ナーシャの父親の元へと引っ張られていった……。
******
「じゃ、ちょっとここで待ってて。ワタシが紹介したら入ってきてね!」
地下室のドアの前。
その声に半ば抜けていたオレの魂は体に戻った。
そして、オレを扉の陰に隠したまま、ナーシャは元気よく扉の中へ入っていった。
「お父さん! ただいま!!」
…………。
…………………。
オレはボンヤリと、少し汗ばんで紅潮した手を見つめた。
ナーシャの手の感触が残っている……。
心臓がバクバクと言って、中々収まらない。顔は熱でもあるかの様に火照ったままだ。
え? ただ手を握られただけで大袈裟だって?
いやいや。人の手っていうのは一番感覚が鋭い器官の一つなんだ。
カップルが手と手を繋ぐのは周囲に仲の良さをアピールするだけじゃない、今日はその事がハッキリと理解できたよ……。
ナーシャの体温、肌の柔らかさ、滑らかさ、そして血の流れまでも、あらゆる情報が一気に流れ込んできて鳥肌が立つくらいだった。
しかも、恋心を抱いた相手だと尚更刺激が強い。……本当に魂が抜けたまま昇天するかと思った。
「ああ、おかえりおかえり。今日は早いんだね?」
『鍛治師はゴツイ』というオレのイメージに反して、部屋の中からは優しそうな男性の声が聞こえた。
恐らくナーシャのお父さんの声で間違いないだろう。
あ、何だか緊張してきた。
「あ、うん。今日はちょっと良いことがあって……早めに上がっちゃったの」
「へえ……そうか……台所に朝の残りがあるが……食べるか?」
お父さん、何だか反応が薄いなぁ……。
ナーシャの、何かを教えたくて仕方が無いという声に反して、父親は淡々と会話している。
ユニオンでのやり取りがあるからオレも他人の事は言えないが、ここはちゃんと訊いてあげるべきじゃないか?
覗いても姿は見えないけど、オレの中では理系の研究者って感じのイメージだ。
「っ! それは後で食べるけど! 今日はパーティーよ、お父さん! お肉は叔母さんが届けてくれるって!」
事情も語らず一方的に捲し立てるナーシャに、冷静だった父親が驚いた様な声を漏らす。
「パ、パーティー!? まさかこの家でか!? す、すまんが……その、何だ……家計が逼迫していて、だな……? パーティーは嬉しいが、ナーシャ、……やるなら他所でやりなさい」
慌てた様に早口になる父親の言葉にナーシャのクスクスという小さな笑い声が被さった。
「ど、どうしたんだナーシャ。疲れたなら早く休みなさい」
「ふふ。疲れてなんかいないわ、お父さん。ほら、元気でしょ?」
尚も少女のからかうような声が続く。
「ワタシが笑ってるのは本当に嬉しいからなの--」
紹介するわ。というナーシャの声でオレは扉を開け、ドアをくぐった。
目の前には嬉しそうに笑うナーシャ、そして彼女の横には目を円くして固まってしまったナーシャのお父さんがコチラを凝視している。
かなり気まずい状況だ。
「--この人こそが魔眼の勇者、その人よ!!」
ビクリ、とナーシャのお父さんが飛び上がった。その目が限界まで見開かれ、肩がぶるぶると震えている。
「ええっと? あの、突然ですいません。向井ケントです……」
オレは凄まじい居心地の悪さを感じながらも自己紹介をしてみる。
相変わらず、父親がぶるぶると震えているがナーシャは意に関していないようだ。相変わらず本当に嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「オレでも魔剣鍛治師になれます……かっ!?」
不意に。
ふらりと父親の体から力が抜ける。
だが、地面に崩れ落ちる前にナーシャと一緒に支えることになんとか成功した。
「あ~あ、だから徹夜はダメだって言ったのに……。ごめん、お父さんを上まで運ぶの手伝ってもらっても、いい?」
まぁ、まさか父親とはいえ、このまま手を離して女子に運ばせるのは無いだろ。
オレは全身に力を込めて彼の上半身を持ち上げる。
思わずふらつく。
「はぁ」
オレはナーシャに聞こえないように小さな溜め息を吐いた。
あぁ、オレの進路はこれで正解なんだろうか。
そして、オレは本当にこの世界でやっていけるのだろうか…………行く先が心配だなぁ……。
ブクマ登録、感想、コメントいつでも募集しています!
よろしければ、ぜひ。
m(_ _)m




