余裕
「買った。買っちゃった……」
品物が届くまで、金を失った喪失感と、良い品を手に入れた満足感がないまぜになって、複雑な気持ちのまま過ごすことになった。
金を使ったこと自体にも、少し興奮していたのかもしれない。
勿論その間にも、メリアのレベル上げの為に帝都の迷宮1階でクレイゴーレムを狩っていた。
既に4階層を突破しているのだから、もう少し先の敵でも良かったのだが、俺も迷宮に入るのは久しぶりなので肩慣らしだ。
なんせ、1か月以上迷宮に潜っていない。
レベルもアレキサンドリアに行ったときに18になって以来上がっていない。
油断していると、使った金額の大きさに愕然としては、買った品物が楽しみで自然と顔がにやけてしまう
いつの間にか、メリアは何もせずにレベル10になっていた。
良い事だ。
品物が届いたのは、買い物をしてから数日経った後だった。
アオザイに関しては一から縫い始めたはずだから、相当急いでくれたのだろう。
探索用の防具を優先してもらったので、普段着用のアオザイが届くのはもう少し時間が掛かるようだ。
荷物が到着すると、その夜は家でファッションショーが行われた。
「どうですか!?」
メリアがローブを着てくるりと回った。
上質な亜麻布のスカートがふわり、と揺れる。
うんうん、可愛いぞ。
ふわふわのローブが良く似合っている。
「ホッホー、これはいいのう。着ただけで涼しくなるわい」
オウル、お前は益々ぬいぐるみっぽくなったな。
「アキト様もお似合いですよ」
「ああ、シルヴァーナもな」
俺達はホーバーグだ。
艶消しの黒の魔鉄に、霊銀の銀色のラインが微かに縦に入っていて渋い。
ホーバーグの上から赤い革のベルトを締めると、シルヴァーナが一層凛々しく見えた。
「あら? 旦那様、私は?」
アリアは……なんでだろう。
こんな無骨な恰好なのに、妙に艶めかしい。
しかし、この日一番注目を集めたのは、やはりカリンとセルマのアオザイだった。
「ど、どうですかね!?」
……眼福です。
カリンは鮮やかな青の上衣に、真っ白の下衣の組み合わせだ。
青の上衣は、胸元の止め紐周りとスリット部分が濃紺に染められており、霊銀糸で刺繍された花模様が上品に散りばめられている。
体のラインが綺麗に出ているが、下品ではない。
むしろ健康的で清潔感があるな。
セルマの上衣は、白から臙脂色に綺麗なグラデーションを付けて染められている。
こちらも霊銀の刺繍付きだ。
「二人とも……すごく良く似合ってるぞ。もしかして帝都で一番美人なんじゃないか?」
「……目つきがエロい」
はい、すいません。
「セルマ姉さんもカリンさんも、とっても似合ってます!」
「あ、ありがとうです!」
「……照れる」
なんだろう、この反応の違い。
邪念か? 邪念の有無か?
「ま、まあ、後何日かすれば皆の分も来るからな」
「これは楽しみですね」
「皆、何色がくるのかしら」
「さて、今日は5階層に挑もうと思う。装備も揃ったしな」
「腕が鳴ります」
シルヴァーナが巨大戦鎚を掲げる。
アリアも目を細めて剣を撫でる。
物騒だからやめてください。
「ある程度、俺とシルヴァーナとカリンの三人で戦ってみる予定だ。様子を見てアリアとセルマにも参戦してもらおうと思う。メリアは出来るだけ味方の背後にいるように。誰か一人は必ず護衛につける」
「はい! ダメージを受けたらすぐに回復しますね!」
5階層の敵はゴブリンエリートだ。
ゴブリンといって油断するなかれ。
ジルコの迷宮に出てきたゴブリンエリートより数段レベルが上がっているし、それぞれ武装している。
そもそも、ゴブリンエリートはジルコの迷宮でボスとして出てきた敵だ。
用心しながら最初の扉を開けると、さっそくグラディウスを持ったゴブリンエリートの2体組が現れた。
「いきます! うらぁ!」
先手必勝とばかりにシルヴァーナが一気に走り寄った。
シルヴァーナの気合に呼応するように、魔鉄製の戦鎚が瞬く。
ダンジョンの薄明りの中で、戦鎚が淡い緑色の光を残し、綺麗な半円を描いた。
ゴブリンエリートの上から戦鎚が叩きつけられる。
スイカが潰れたような重い水音を残して、ゴブリンエリートは地面に叩きつけられ、光の粒が周囲に吹き飛んだ。
「……一撃っすか」
驚いた。
カリン達も驚いている。
当の本人であるシルヴァーナも驚いている。
モンスターであるはずのゴブリンエリートも驚いていた。
「……キュイッ」
いち早く立ち直ったカリンが、残ったゴブリンエリートに足払いを掛けて、こちらに突き飛ばした。
体勢を崩したところを、後ろから刺し貫くと、何の抵抗もなく剣が突き通る。
ゴブリンを突き刺したまま剣を上にあげると、胸元から頭の先へ剣が通り抜けて行った。
「……さすが300万」
何と言ったらいいか。
高い装備は高いだけの理由があるもんだな。
1階層のクレイゴーレムですら一撃では倒せないのに……。
ゴーレムのほうがゴブリンより防御力が高そうだが。
「これはちょっと訓練にならないな。アリア、セルマ、次からちょっと参加してみてくれ」
次の部屋もゴブリンエリートの2体組だった。
部屋に入ると同時に、セルマの前から立ち退いて射線を開ける。
出現と同時にセルマが矢を放った。
乾いた音が小さく鳴る。
目を移すと、片方のゴブリンエリートが光の粒子になっていくところだった。
。
よく見えなかったが、一撃で急所を射抜いたようだ。多分。
「……良い弓♪」
「そ、そうか。さすがだな」
セルマ様、御美事に御座います。
あな恐ろしの鎮西の八郎殿の弓勢や。
「本当に良い武器ですわ。肉にすっと通ります」
アリアの声が聞こえてくる。
いつの間にか、ゴブリンエリートの胸元から剣が生えていた。
そのまま光の粒子になって消えていくと、向こう側からアリアが現れた。
「……アリア、いつの間に敵の後ろ側へ?」
そう聞くと、
「セルマの弓を初めて見る方は、大抵驚いて私から注意を逸らしますの」
――ちょっとした悪戯ですわ、そう言って可愛らしく舌を出した。
部屋の反対側に落ちていた矢を拾って、通路に戻る。
「……勿体ない」
どうやら、矢の作りが良いので手入れすれば何度か使えるという意味らしい。
使ったことが無いから、そういう物なのか、という程度にしか思わないが、意外と経済的なんだな。
ここまで余裕なら、やることは一つ。
乱獲である。
迷宮内で薄緑の光が流れるたびに、ゴブリンエリートが光の粒子になっていく。
扉を開け、殲滅し、アイテムを拾ってすぐ次へ。
稼げるのは良い事なのだが……。
これはさっさと次の階層に行くべきだな。
昼ご飯を食べる頃には、メリアのレベルが12になっていた。
この調子なら、俺も今日中にレベルアップできそうだ。
折角装備を揃えたのだから、その優位を生かしてレベル上げのスピードアップを図るつもりだ。
一方で、カリンはちょっとへこんでいる。
さすがに素手では他の面子と攻撃力に差が出てきた。
レベル9まで上げた崩拳が決まればカリンでも一撃でゴブリンエリートを倒せるのだが、他の面子はスキルすら使っていないからな。
「……カリン、安心しろ」
「え!? え!?」
「カリン、お前の格闘術は極めて応用力が高い。俺は格闘家の可能性にかなり期待している。それに、俺達は分不相応な武器を手に入れたばかりだ。今の時点の通常攻撃の威力だけを他と比べても仕方がないぞ」
半分本気で半分は慰めだ。
「まぁ、何を言っても気になるものは気になるものさ。でもな、安心してくれ。時間が解決するはずだ。決して焦って無理などするなよ」
「は、はい! 無理はしません!」
今の時点ではこの位しか言えない。
なんにせよ、カリンがこのまま更に落ち込んでしまったら困る。
装備が強くなっても、差引でマイナスだ。
シルヴァーナが戦鎚を振るう姿は、正直言って気持ち悪い。
気持ち悪いというのは語弊があるが、違和感がすごいのだ。
女の子が巨大な戦鎚を振り回す――これは、まあ、百歩譲って許容しよう。
正直、もう見慣れたしね。
しかし、シルヴァーナは所々、物理的にありえない動きで戦鎚を振るうのだ。
右から左へ戦鎚で薙ぎ払った後、間髪入れずに左から右へ振り返している。
戦鎚のヘッド部分を見ると十分に重量感を感じるのに、シルヴァーナの手元を見ると、まるで枯枝を振るうように軽々と扱っている。
本来ならあるべき、体のタメや衝撃を吸収する動作が見られないのだ。
まるで風景の一部だけ逆再生されているような……そんな、あるはずのものが無い違和感が拭えない。
「うーん、ダメですね」
「どうした?」
「やはり、腰を入れて体重を乗せないと、気合の入った一撃になりません」
「そうか? 手打ちでも十分な威力に見えたが」
「今はそれで十分かもしれませんが、先のことを考えると……。武器の性能に頼った素人のようで」
……言われてみればその通りだ。
確かに、今の敵なら十分かもしれないが、相手が俺達と同等のレベルと装備を備えていたら?
枯枝をぷらぷらと振っているのに当たったとして、それがダメージになるだろうか?
なんとなく、ジルコの女将さんの言葉が思い出されるな。
「そういえば……覚えているか? ジルコの女将さんが、しっかり踏み込んで一撃で切り裂けって口を酸っぱくして言っていたっけ」
「!」
シルヴァーナが眼を見開く。
もしかしたら、女将さんは今のような状況を見越して助言していたのかもしれない。
それからは、メリアの護衛を交代しながら、俺たち近接武器組は一つ一つ動作を確かめていくことにした。
できるだけ早く武器の軽さと攻撃の重さのギャップを埋めたい。
手元が軽い。
だから素早く振れる。
かといって手打ちにならないように。
正直、かなり難しい。
今まで慣れ親しんだ物理法則が体に染み付いてしまっているからだ。
だが、成功した時の威力はとてつもなかった。
シルヴァーナがしっかり踏み込んで戦鎚で薙ぎ払うと、ゴブリンエリートの上半身が“無くなる”のだ。
潰れるのではなく、まるで元から存在しなかったように掻き消えてしまう。
それを見て、俺とアリアも一層練習に励む。
メリア達のレベル上げと軽く考えていたが、思わぬ課題を見つけることができたようだ。
課題と言えば、もう一つ困ったことがある。
それは、セルマが第二射を撃てないことだ。
第一射に関しては、最初の段階で射線を開けているから問題なく撃てる。
しかし、その後に敵味方が接近すると、誤射の危険があるため、弓矢では攻撃しづらい。
もっとも、ゴブリンエリートが相手ならば、セルマが第2射を準備する頃には、大体片が付いている。
今のところは問題ないだろう。
今日は俺も魔法使いのジョブを外して、近接攻撃を主体にしている。。
以前なら、シルヴァーナとカリンと俺の三人だけだったので、連携も取りやすかった。
6人になって俺も魔法を使い始めたらどうなるか。
そんなことを考えていると、カリンの声が響いた。
「やりました! アキトさん! レベルが上がりました! 崩拳を10にしたら、なんか、新しいスキルも増えましたよ!」
「おお、おめでとう。どれ、どんなスキルなんだ?」
「ええっと、発剄ってスキルです。なんか、打撃による攻撃力が大幅に上がるみたいです!」
……はやっ!
悩み解決するの超早い!
早過ぎるよ!
「そ、そうか。良かったじゃないか。やったな!」
こういうのってさあ。
悩みに悩んで、ちょっと鬱入っちゃったりして、それでも俺が支え続けて、二人で努力の末に新技を生み出して克服するんじゃないの?
ねぇ、なんでそんなあっさり悩み克服しちゃうの?
推理小説だったら、死人が出る前に犯人逮捕しちゃう勢いだよ。
やったね、殺人未遂で済んだ。
名探偵もびっくりだ。
いや、問題が解決したなら何でも良いんだけどさ。
程なくして俺とシルヴァーナのレベルも上がった。
「さっさと5階層を抜けようか。今日中にボスまで倒せるかな?」
そう聞くと、シルヴァーナが皆の様子を確認して答えた。
「問題無いと思います。今日中に倒して、明日からは6階層にしましょう」
やはり、手ごたえが無さすぎるというのもフラストレーションが溜まるようだ。




