デパート
引っ越しと日用品の買い物で数日が慌ただしく過ぎてしまった。
これ以上ハーレムを増やすのはよそう。
一夜のお楽しみならいいが、これが日常になると色々と問題がある。
「のう、小僧よ。どんな装備を揃えるつもりなのじゃ?」
「そうだなぁ。金属製品はルシタニアのドワーフに頼むのがいいんだっけ?」
「そうじゃな。帝都にも輸送されているじゃろうが、どうしても現地で買うより割高になってしまうの。数打ちの品ならばともかく、一点物となると殆どが貴族向けじゃ。儂らでは売ってもらえまい」
「ああ、その点は大丈夫だ。ルキウスさんに紹介状を書いてもらった」
物価が高いのが帝都の問題点だ。
オウガスタ帝国が周辺に属州を獲得するにつれ、生産拠点は外に移っていった。
金属製品だけの話ではない。
穀物だって属州の大規模農園が発達することにより、帝都近辺の中小農家は価格競争に負けて貧困層に落ちている。
属州の広大な土地に奴隷の労働力。
帝都の近郊で細々と小麦を作っていた農家が太刀打ちできるわけがない。
もっとも、そういった元農民が軍に志願したことによって、オウガスタ帝国は精強な職業軍人を手に入れたのだから何とも言えない話ではある。
あのガイウスさんだって、親は元農民らしい。
それが今や特務隊の隊長さんなんだから立派なもんだ。
「という訳で今日は――デパートに行きます!」
「……ええ、いいですわね。メリアはこのワンピースを着ましょう。セルマはこっちのチュニックを」
「シルヴァーナさん! 臙脂色のサッシュと黄色のサッシュ、どっちがいいと思います!?」
「そうですね……、私の青のサッシュを使いますか? ……ええ、いいですね。あ、皆、新しい綿の服を着て行って下さいね。アキト様が侮られます」
「シルヴァーナさん、靴はどうしましょうか?」
「先日買っていただいたサンダルでいいでしょう」
「分かりました。メリア、靴を用意していらっしゃい」
「あ、待って。アリアさんはメリアとセルマさんの髪を梳いてあげてください。カリン、着替え終わったら私達で靴を準備しましょう」
「……♪」
デパートに行くと決まってからの女性陣のテンションの上がりっぷりが尋常ではない。
家中が上を下への大騒ぎである。
「……小僧、覚悟しておけよ」
「……ああ」
デパートは神殿から更に南、港まで続く商店街の中の一等地にある。
広大な敷地の中にある、3階建ての円形の建物で、内側は巨大な吹き抜けになっていた。
現在の皇帝が建設したもので、外国からの客は必ずここに寄るらしい。
円の内側に並んだ各店舗では、属州の特産品や帝都の工芸品を扱っている。
金細工、銀細工、鼈甲、宝石各種に布地、毛皮、革製品、象牙、石材、木材、ガラス、香料、染料、金属製品、酒類、食料品、魔道具……。
市場と違うのは、扱う品が若干お高いのと、ある程度の品質が保証されていることだ。
帝国各地から品物が集められ、無い物は無いんじゃないかと思えるが、ルキウスさんに言わせれば、何でもあるように見えて何もない、ということになるらしい。
通人からすれば、どの品にも満足できないようだ。
店内には従者を連れた貴族や小金を持っていそうな市民が、あちこちの店先を冷やかしながら歩いている。
真剣な顔で品定めをしているのは、品の良い探索者達だ。
品の良い探索者、というのは矛盾に聞こえるが、恐らく良家の出身なんだろう。
女性を5人も引き連れている俺は傍から見れば何に見えるだろうか。
「おーい、ひとまず先に装備を揃えよう」
早速ウィンドウショッピングを始めそうな女性陣に声を掛け、まずはルシタニアの金属を扱う店に向かった。
剣、槍、ハンマーなど、武器がずらりと並べられている。
しかし、品物の種類といい品質といい、市中の武器屋でも手に入りそうな物ばかりだな。
シルヴァーナ達も一生懸命見ているが、これといった物は見つかりそうにない。
「お客様、なにかお探しの物は御座いますか?」
年若い店員が話しかけてくる。
「いや、残念だがここには無さそうです。紹介されてきたんですが……」
「失礼ですが紹介状をお持ちでしょうか?」
「ええ、ドルスス家のルキウスさんです」
そう言って懐から紹介状を取り出して店員に手渡すと、
「しょ、少々お待ちください!」
飛び上がって奥へ引っ込んでいき、しばらくすると黒髪のイケメンの中年紳士を連れて戻ってきた。
「このような場所でお待たせして大変失礼いたしました。手前はこのデパートの支配人を務めます、ジェイコブスと申します。さ、こちらへどうぞ」
そう言うと、俺達を最上階の一室に案内する。
案内されるままソファに座ると、すぐに人数分のお茶が出された。
「紹介状、拝見させて頂きました。アキト様は探索者であられるとか。本日は装備品をお探しとありましたが」
「ええ、新しい仲間も増えましたので彼らの装備品を。良い物があれば自分たちの装備も更新しようかと思っています」
「左様でございますか。どういった品をお探しでしょうか?」
「そうですね……。両手武器と二刀流用の剣、それに弓と杖ですね。あとは防具と装飾具。あ、片手で持てる武器も欲しいですね。探索用なので実用的なものをお願いします」
そう言うと、ジェイコブスさんは手を叩き、部下に何やら指示を始める。
「準備が出来次第、すぐにこちらに品物をお持ちいたします。……それにしてもドルスス家の方に来店して頂けるとは光栄の極みです!」
「いえ、そんな……」
「ルキウス様を遠くから拝見させて頂いたことがありますが、まさに美の化身で御座いますね!」
「そ、そうですか」
「そういえば先日はウィリキウス様の雄姿も拝見させて頂きました。なんと逞しい方でしょう! パンクラチオンで優勝された時は、私、年甲斐もなく声を上げて泣いてしまいました」
「……ええ」
なんだろう。
この人、異様に熱がこもっている。
それに、さっきからシルヴァーナ達には見向きもしないで、俺に視線を送ってくる。
幸いなことに、すぐに係りの人が戻ってきて、品物の準備が出来たことを告げた。
「ああ! 楽しい時間は過ぎ去るのが速いというのは本当です。さて、まずは武器の方から見て頂きましょう」
その言葉と同時に、明らかに店頭の品とは質が違う武器が運び込まれてくる。
「魔鉄……?」
すかさず鑑定してみると、見慣れない素材が使われていた。
「さすが、お目が高い。まさに魔鉄製でございます。ご存知のように、魔鉄を作るには、鉄に魔石を砕いたものを混ぜ合わせ、更に炉にも魔石をくべて、強い炎で鍛える必要があります。炉の高温に耐えられるドワーフしか作ることができません。これらは、どれもルシタニアのドワーフによる品で御座います」
全然ご存知じゃなかったけど、その辺の数打ちとは物が違うことが一目で分かる。
心なしか刃が薄緑に光っているようだ。
段々不安になってきた。
金足りるかな。
シルヴァーナ達も不安そうにこっちを見てくる。
「まぁ見るだけでも見せてもらおう」
そう言うと、セルマは弓を、オウルとメリアは杖を物色しはじめた。
カリンは手持無沙汰だ。
「あれ? 意外と軽いですね」
シルヴァーナが見るからに重そうなハンマーを持ち上げる。
「奥様、こちらのヘッドの方をお持ちになってみて下さい」
「……重いです」
「これが魔鉄製の武器の特徴で御座います。微量な魔力を捉えることにより、使用者は軽く扱うことができ、敵には重量の乗った一撃を加えることが可能となっております」
今更だが、物理法則も何もあったもんじゃないな。
しかし、打撃の際の重量はそのままに、使い手は軽く扱えるというのは魅力だ。
衝撃のエネルギーは質量と速さで決まるはずだから、素早く振れるというのはそれだけで大きな利点だ。
「反作用……いや、攻撃した際の手や腕への負担はどうなるんだろう?」
「……極めて重要なご指摘です。探索者の方は攻撃力にばかり目が行きがちですが、さすがドルスス家と縁のあるお方です」
――少々順番が前後しますが、と前置きして、ジェイコブスさんは部下に一組のグローブを持ってこさせた。
「こちらのグローブはヌミディアの迷宮に出るヌミディア大トカゲの革で作られた物です。防御力は勿論のこと、手に掛かる衝撃を緩和する能力もございます。武器自体にも自らに掛かる衝撃を和らげる機能がございますが、魔鉄の武器を使うならば、それなりの防具を揃えることが一般的でございます」
うーん、これは両方欲しくなるな。
でもお高いんでしょう?
「えーっとぉ、このグローブは……今回初めてということでぇ、ブーツとセットでぇ、ほんと、ギリッギリのお値段でぇ……16800ソルゥ~」
急に申し訳なさそうにジェイコブスさんが値段を言う。
そうか、ブーツとセットか。
お得だ……いや、ちがう!
銅貨1枚で1ソルなんだから、金貨1枚と銀貨68枚ってことじゃねぇか!
はぁ!?
168万円ってことか!?
7人分揃えたら1000万超えるじゃねーか!
「驚かれるのは当然です。しかし、今回私がお勧めする防具を見て頂ければ、このお値段でもご納得頂けるかと」
そう言うと、ジェイコブスさんは隣の大部屋に俺達を案内する。
どうやらこの部屋は武器の試し振りなどをする部屋のようだ。
「まずは、こちらが今回お勧めしようとしました、チェインシャツで御座います。魔鉄で細かいリングを作り、銀と魔石を合わせた霊銀のリングで繋ぎ止めてあります。このように、腰の下深くまで覆う丈長のものをホーバーグとも呼びますね」
そういうと、ホウバーグを頭から被り、首元を留め具で止めて、腰の辺りも赤い革のベルトで止める。
まるで服を着るかのように滑らかだ。
見た目も柔らかそうで、粗いセーターのようにも見える。
「裏地にキルトを使用していますので、柔らかく着心地抜群、重量も極めて軽くできております。こちらのホーバーグは長袖になっておりますので、その上からグローブを付けます」
今度は、ホーバーグの袖を中にいれながらヌミディア大トカゲのグローブを付け、肘の辺りを留め具で固定する。
更に、膝上まであるブーツを履くと、部下に剣を持たせた。
「こちらの剣はスパタと言いまして……」
「ああ、知っている。同じものを使っているからな」
「失礼いたしました。では」
ジェイコブスさんが合図すると、突然部下が斬り掛かり、軽く一閃――
「さすがに本業の方に斬られるとただでは済みませんが、素人相手であればこの通り。性能は確かでございます」
平然と話し続けた。
昼ご飯を挟んで今度は布地の説明を受ける。
昼休憩の間考えたが、あの防具は買いだ。
幾ら太刀筋もめちゃくちゃな素人の斬撃とはいえ、本物の刃物を防ぐあの性能。
多少値段が張っても、命には代えられない。
「アキト様、午後からは布地の方を見て頂こうかと。こちらが布地担当のジルで御座います。それでは、説明は彼女の方から」
そういうとジェイコブスさんはそそくさと退室していった。
「ジルで御座います」
後に残ったのは中年の女性だ。
痩せ形の体型とひっつめ髪が芯の強そうな雰囲気を漂わせる。
「さ、まずは生地の方を説明させて頂きます」
うーん、あのホーバーグを見た後だとな。
「お客様? ……もしや、またジェイコブスが下らないデモンストレーションでもしましたか?」
「……あ、ああ。あの防御力には驚かされた」
「まったく……、申し訳ございません。あのような品のない行いは慎むように言っているのですが」
……仲悪いのかな。
「お客様、魔石を使った素材の利点は、防御力だけでは御座いませんわ。布地であれば、防御力は勿論、動きを速く鋭くさせる効果が期待できます」
それに、と続ける。
「素人の一撃など、魔鉄を使わずとも、普通の鉄で十分防げるではありませんか。魔石を使った物なら、布地であってもあの程度の防御力は期待できます。あのようなデモンストレーションは無意味ですわ」
ジェイコブスさんへの攻撃が止まらない。
「それに、こんな美しいお嬢様方にチェインメイルなど似合ませんわ。さ、こちらの生地をご覧ください。美しい女性には美しい布地でないと」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
女性たちの心がぐらりと揺れる。
そうなると、俺は買わなければならない。
なにも俺を直接説得する必要など無いわけだ。
ジルさんといい、ジェイコブスさんといい、さすがに物を売るのが上手い。
既に生地の説明は始まっている。
「まずは後衛職の方にはこの布地……マルドゥック州の亜麻で御座います」
亜麻?
亜麻って北海道とか北の方で栽培するんじゃなかったっけ?
「こちらは、亜麻を育てる段階から、肥料として魔石の粉末を撒いております。この亜麻を生地に致しますと、純白の生地が僅かに青白く光を放つことから、月光亜麻と呼ばれております。この生地で仕立てたローブを着ると、風のように体が軽くなりますわ」
「えっと……生地を買って仕立ててもらう形になるんですか?」
「はい、体型を御計りして、ローブに仕立てます。勿論、シャツでもズボンでも、お好きなデザインを選べます」
好きなデザインか。
「こういう服作れますかね? 上半身はタイトに、丈は踝近くまで来るようにして……それで、腰までくる深いスリットを……襟はこんな感じで……下はゆったりしたズボンに……」
絵を描きながらアオザイのデザインを伝える。
「これは面白いデザインですわ。アキト様のお国の御衣裳ですか?」
「……僕の故郷の近くの地方ですかね。そこの民族衣装です。華やかですよ。鮮やかな色に染めたり刺繍をしたり。本当は絹で作ったと思うんですが……」
「絹でございますか。絹で探索者用の防具となると少々お値段が……。そうですね、綿と亜麻を組み合わせて、霊銀で刺繍してはどうでしょうか? 月光亜麻なら華やかですし、綿も魔石を土地に撒いて育てた物ですから、より防御力が上がりますわ」
シルヴァーナ達も身を乗り出してあれこれ品評をしている。
「綺麗に染めた上に刺繍が入るなんて華やかですね!」
「でも、体のラインが見えすぎではないですか?」
「まっ、シルヴァーナさん。だから良いのではありませんか」
「……変態」
はい。変態です。
「それにしても、ナ国の御衣裳は華やかでございますわね。アキト様、他のデザインもご存知ですか? 私、新しい服のデザインを探しておりましたの」
ジルさんも目が爛々としてきた。
「このアオザイというのはとてもいいですわ。どんな色に染めますの?」
「色々ですよ。青でも緑でもピンクでも。黒や金に近い黄色なんてのもありましたね」
「……綺麗に体のラインが出るように仕立てて、染めて刺繍をして……。この服、若い女性に絶対に人気が出ますわ。どうでしょう、このデザイン、私共の方で真似させて頂けませんか? 勿論、今回のお値段もサービスさせて頂きます」
願ってもない話だ。
まぁ、値引きを狙ってアオザイの話をしたんだが。
それからは、午後一杯を使って、それぞれの装備を選んだ。
シルヴァーナは自分の身長を超えるほどの戦槌を選んだ。
ヘッドの大きさがシルヴァーナの肩幅近くある。
柄まで総魔鉄製。
両面とも平らな、純然たる巨大ハンマーだ。
それに、ホーバーグとヌミディア大トカゲのグローブとブーツを付ける。
グローブとブーツは6人分を注文した。
カリンは特別製のアオザイ。
アオザイに合わせて、ブーツは短めの物に、グローブはよりタイトな物に変更した。
肘までのタイトなグローブが艶めかしい。
打突の際の衝撃を緩和してくれるだろう。
アリアはホーバーグと剣を二振。
剣は両手に持つことを考えて、少し短めの物を選んだ。
小太刀があれば喜ぶんだろうが、剣は服と違ってここで仕立てるという訳にはいかない。
セルマはアオザイと弓を。
弓は材料に魔石を混ぜ込んだ膠と木材、帝都の迷宮に出るオオツノシカの腱と角を使ったものだ。
身長ほどもある大弓で、弦を張るのに5人掛かりの強弓だそうだ。
8番目の子供だったりするのかな。切腹とかするなよ。
メリアとオウルは亜麻のローブと樫のスタッフをお揃いで。
メリアは可愛らしいが、クロウは……やだ、可愛いかも。
オウルの足、というか爪に合わせて革を裁断するのが大変だった。
ブーツというより、爪を保護する革の袋だ。
勿論、オウルのグローブは無しである。
俺はホーバーグと80㎝程の片手直剣を。
剣は拳を保護するために、鍔が緩いS字型になっており、剣を構えると、奥側の鍔が柄尻とくっついていて、手前側は斜め上に跳ね上がっている。
幅広肉厚だが、魔鉄製なのでかなり軽い。
杖もワンドと呼ばれる短杖を手に入れた。
さて、ドキドキの御会計タイムである。
ジェイコブスさんはジルさんが勝手に値引きを約束してしまって苦り切っているが、ジルさんはどこ吹く風だ。
必ず利益になると言って説得してしまった。
「アキト様、本日はお買い上げありがとうございます。それでは……片手剣が一振で金貨3枚、二刀用の剣が二振で金貨4枚、大型戦槌が金貨4枚、弓が一張と付属の矢で金貨3枚、杖が3本で金貨6枚。武器代が計金貨20枚でございますね」
最初は金額に青くなったが、だんだんハイになってきた。
もうどうにでもな~れ。
「グローブとブーツが6人分で金貨10枚と銀貨8枚、端数とオウル様の革袋はサービス致します。ホーバーグが3領で金貨15枚、特別製の……アオザイですか、アオザイが2着にローブが2着で金貨14枚。防具代が金貨39枚で御座いますね。ベルトと弓用の胸当てもサービスとさせて頂きます。それと……ジルさんからお嬢様方へ、普段着用のアオザイと亜麻の下着の贈り物ですね。武器防具合わせて金貨59枚となります」
「これほどの額のまとめ買いです。アオザイのデザインも頂きましたし、金貨10枚値引きしましょう」
「ジルさん! そんな勝手に値引きされては!」
「いいではありませんか。大体8掛けですよ。それに今後ともお付き合い頂きたいのでしょう?」
「……それでは、合計で金貨49枚となります。基本的には手入れは必要ありませんが、サイズ直しや破損があれば無料で承っております」
「メリア様、ご成長に合わせて丈を直せるように仕立てますのでご安心くださいね」
言われるままに金貨49枚を支払う。
アハハハ、5000万!
アーッハッハ、ああ可笑しい。




