さくらんぼ
次の日からカリンの指導で打撃の特訓も始まった。
折角なので護身用に俺とシルヴァーナも習うことにする。
最初はジャブやストレートのフォームをやさしく教えてくれたのだが、ミット打ちになると徐々に……
「はい、ステップイン! 打ってすぐ動く!」
「敵の間合いで突っ立ってないで! 入って、打って、すぐ動く!」
厳しいです。
「単発で打たない! はい、ワン・ツー・スリー・フォー! ステップ!」
「休まない!頭を振る! 足を動かす! 間合いに入るのは自分が攻撃するときだけですよ!」
いや、違った。地獄である。
カリンの練習は、時間や回数で区切られていない。
カリンが笛を吹くまでミット打ちが終わらないから、いつまで続くか分からない。
この“いつ終わるか分からない”といのが精神的にキツい。
終わるころには皆、崩れ落ちてしまう。
「シルヴァーナさんはとてもいいですよ! 特にステップインのスピードと距離がいいです!」
なぜかシルヴァーナはピンピンしている。
俺も同じレベルのはずなのに。
スパーをすると、頭を振って近付いてきたと思ったら、一瞬で踏み込まれて低い位置から強烈なボディブローを食らわされた。
そのまま膝が落ち、這いつくばって悶絶する。
「みなさーん! 今のがボディの見本ですよ! 決まると、ご主人様のように悶絶しますよー!」
カリンが俺を指差して説明し始める。
シルヴァーナの尻尾がぴゅんぴゅん振られている。
そんなに楽しいか。
俺は苦しいぞ。
「ハハハ、アキトも情けないな。一発でダウンとは」
「まぁ、芋虫のように這いつくばって……」
「次は私です。ユリア、貴方の為に頑張りますよ」
頭ははっきりしているから、聞きたくないことまで聞こえてくる。
その後、ルキウスさんは右ストレートで失神し、ウィリキウスさんはジャブだけを延々と当てられて顔をボコボコに腫らされた。
それからは午前は練習、午後からは自由時間となった。
俺達はルキウスさんに馬を借りて、練習がてら近所の散歩だ。
が、これが大問題だった。
帝国には鐙がないのだ。
「よっ、と」
馬の上によじ登るのも一苦労だ。
ゆっくり歩かせても太ももで体を支えて落ちないようにするのが精一杯で、とても馬を駆けさせることはできない。
「シルヴァーナもカリンも上手いな。馬に乗れたのか」
近くの農村へと続く干からびた道を、二人の後をおっかなびっくりついていく。
落馬さえしなければ、あとはシルヴァーナが俺の馬を尻尾で誘導してくれる。
「私は東方の出身ですからね~」
草原の繁みに白いクチナシの花が咲いていた。
「私も出身は北の山脈ですが、母の故郷が東の草原だそうです」
シルヴァーナさんお揃いですね~なんて声が聞こえてきた。
ぽっくぽっくと高原を歩いていく。
なだらかな丘に差し掛かった。
見渡す限りの青空だ。
「二人とも、故郷へ行ってみたいか?」
そう聞くと、二人がう~んと唸る。
「私の国、小さい頃に無くなっちゃったみたいですからね~」
「私も村はもう無いですし、東は行ったことすらありませんし」
丘を越えると木立が見えてくる。
あの丘を越えても貴方はいなかったな。
「それより、アキト様は故郷に帰らないのですか?」
身内しか居ないから、ご主人様はやめだ。
地球かぁ、もう死んじゃったしなぁ。
こっちは吃驚することもあるけど、スリリングで面白いし。
それに、シルヴァーナとカリンもいるしな。
「……うーん、前も話したけど、故郷は無くなったようなもんさ」
そうですか……、とシルヴァーナが呟く。
「俺も家族無し、故郷無しの気楽な身の上さ」
明るく言うと、二人が振り返って言った。
「家族はあります」
「……そうだったな!」
木立の中に入っていくと、急に二人がソワソワとしだした。
「アキトさん! あそこ!」
カリンの指差したほうに、赤い実をつけた木があった。
あれは……。
「サクランボか。よし、ちょっとここで休憩しよう」
そう言うと、二人が馬を乗り捨ててサクランボの木に走って行った。
そのまま馬は立ち去っていく。
あとでシルヴァーナが呼べば戻ってくるだろう。
俺も馬を放し、二人のほうへ歩いていく。
「やあ、随分生っているな」
奥の方にもサクランボの木が何本か見える。
この辺りはヴィッラの敷地だから誰も採らないのかな。
ら~らららら~、ら~らららら~。
鼻歌を歌う。
「こっちですよ~」
サクランボを抱えて、木陰に呼んでいる。
二人の間に座ると、
「はい! あ~ん」
「……はい、あ~ん」
これは地球に帰る気無くすわ。
いざ戦闘となると厳しいけど、こういう時は二人とも可愛いんだよな。
「二人ともサクランボ好きなのか?」
そう聞いてみると、二人とも口一杯に頬張っている。
「好きなんだろうな。そうだな、ルキウスさんに蜂蜜を分けてもらって、さくらんぼの蜂蜜漬けを作ってm……」
「作りましょう!」
勢い込んで答えてくる。
二人ともサクランボだけじゃなく、甘い物と果物なら何でも好きなんじゃないか。
「……そうだな! ワインの炭酸割りに落としてもいいし、パイの上に載せても旨いぞ」
しかし、あーんして貰ったからにはサービスせねばなるまい。
「そういえば、先ほどの歌はなんですか?」
鼻歌を聞かれるのってちょっと恥ずかしいな。
「あ、あれはな、まぁ故郷の歌……と言ってもいいのかな。サクランボの歌だぞ」
そう言って歌詞とメロディを教えていく。
※Quand nous chanterons le temps des cerises
(サクランボの実る頃)
Et gai rossignol et merle moqueur
Seront tous en fête......
(ナイチンゲールやツグミが陽気に浮き立ち……)
他にも好きだった歌を教えていく。
三人で歌ったり、サクランボの種を飛ばして遊んでいると、近くの茂みがガサガサと揺れた。
金髪の頭がヒョコっと出てくる。
頭の両側には渦巻き状の角が生えていた。
「ご、ごめんなさい! 綺麗なお歌だったのでこっそり聴いていました」
ペコンと頭を下げてくる。
「いや、それならいいんだ。私はアキトという。君のお名前は?」
「メリア、メリアドールです」
早速、シルヴァーナ達がサクランボを与えて仲良く食べている。
それはいいんだが……、
メリアドール
金羊族
12歳
レベル:1
職業:アコライトLv1
特殊スキル
女神の加護:オラクル
……この子、加護持ちだ。
※
「Le Temps des Cerises」
1866年 発表
作詞 Jean-Baptiste Clément
作曲 Antoine Renard
訳は超適当です。




