三角
相談した結果、ルキウスさんのヴィッラ(別荘)で、競技会まで特訓することになった。
ヴィッラは帝都から北に2日ほどの高地にある。
ルキウスさん達と行動すると、全てが豪華になる。
馬車も途中の食事も素晴らしい物だった。
ルキウスさんとウィリキウスさんは途中から馬に乗って移動している。
残念ながら俺は馬に乗れないので、暇を見て乗れるようにしよう。
馬に乗れる、というのはイズマイールでは重要な技術だ。
移動中、パンクラチオンのルールを聞いた。
拳は、前腕部に掛けて革で保護し、指は自由になっているらしい。
目潰し金的噛みつき以外なら何でもアリで、ボクシングとレスリングを合わせたような競技だ。
時間は無制限一本勝負。
休憩無しで格闘となると、体力的にかなりきついだろう。
「やあ、やっと着いた」
段々と坂が緩やかになり、草原と木立を抜けると、北側に山を背負ったヴィッラが見えてきた。
煉瓦色の屋根と白い壁でできた建物で、広々とした本邸のほかに、後から来る剣闘士団が泊まる宿舎や奴隷達の宿舎、それに厩まである。
馬で付近の草原を散歩できるそうだ。
敷地内には北の山から清流が流れ込んでいて、当然浴場も備え付けられている。
浴場の隣には、柔らかい砂を敷き詰められた運動場まで完備されていた。
こういう家を迷宮近くに建てたいな。
帝国内は公私の区別が厳格で、例えば“公”である公衆浴場では奴隷が利用することを禁じられている。
一方、“私”である個人の邸宅ならば、入浴は勿論のこと、主人が許せば大抵のことは可能だ。
ルキウスさんは美しければ全てが許されると考えている人なので、シルヴァーナ達も食事に同席できるし、風呂も部屋も自由に使える。
部屋に入って荷物を置くと、その日は軽く到着の乾杯をして早めに床に就いた。
「さあ、早速やりましょう!」
次の日、朝ご飯を食べた後、皆で運動場に移動する。
俺、シルヴァーナ、カリン、ルキウスさん、ウィリキウスさん、そしてユリアさんだ。
ユリアさんは怪我の手当ての為という名目で付いてきた。
本当はウィリキウスさんと一緒に居たいんだろう。
「まぁ待て、ウィリキウス。まずは準備運動だ」
「ハハ、そうですね。待ちきれませんでしたよ」
ルキウスさん達はそう言って笑いあうと、突然服を脱ぎだした。
全裸だ。
何の躊躇いもなく下帯まで脱ぎやがった。
「キャッ! もう、お兄様達ったら!」
ユリアさんが可愛い声を上げて目を覆う……が、ガン見じゃねぇか。
おい、神官。
完全にウィリキウスの物に視線がいってるだろ。
シルヴァーナ達も、
「ご主人様以外の人のは初めて見ました!」
「私もです。……しかし、どうなんでしょう?」
「どうなんでしょうって……どうなんでしょう?」
「何を言っているんです。だから、ほら、どうなんでしょう?」
「……でも、今の状態では何とも言えないと思います!」
「まっ、カリンはHですね。一体何の話をしているんです?」
「シルヴァーナさん! ずるいです!」
やめてくれ!
いや、まてよ。 そういうのも好いかも……。
「ん? アキト、なにをやっているんだ。さあ、脱げ」
冗談じゃない。
全裸で男同士が組み合ってどうするんだ。
大体、全裸でガードポジションなんてとったら、“これ絶対入ってるよね”、なんてことになってしまう。
上四方固めなんて想像もしたくない。
「いや、ほら! 女性もいますから!」
「何を言っているんです。パンクラチオンの正式な格好ではありませんか」
「練習! 練習だから!」
全裸のマッチョ二人に無理矢理脱がされそうになったが、なんとか下帯だけは付けてもらって、練習を始める。
まずは軽くストレッチ、次に運動場をジョギングして体を暖め、本格的な柔軟をする。
この人達、ストレッチはまだしも、ジョギングも全裸でやるつもりだったのか。
次は筋力トレーニングだ。
「まずは腕立て伏せからいきましょうか」
「アキトさん、腕立て伏せとは?」
「ええっと……、まずは両手を肩幅より少し広げて地面について、そう。体は真っ直ぐにして、そのまま下げて……、元に戻して」
「おお、これは効きますね」
「体を真っ直ぐにすることを意識して、できるだけゆっくりやりましょう。とりあえず20回ですね」
腹筋、背筋も教えて何セットかやってもらう。
その間にルキウスさんと相談だ。
「やはりパンクラチオンでも上になることが重要ですか?」
「その通りだ。どんな体勢でも上になったほうが有利だ」
そうなると必要なのはタックルの切り方と、スタンディングの技術と、グラウンドで上になった時の仕留め方か。
「さあ、ウィリキウス。私と一本やろう。アキト、横から見ていてくれ」
「胸をお借りします、ルキウス」
休憩をはさんで、二人が模擬戦をすることになった。
「どうした! もっと力を込めろ!」
信じがたいことだが、ルキウスさんが強すぎた。
10cm近く身長差があるのに、組むとすぐにウィリキウスさんの首根っこを押さえて、頭を下げさせてしまう。
苦し紛れの胴タックルも、すぐに下半身を引いて上から覆いかぶさって潰す。
足を掛けられて倒されそうになっても、苦しい体勢から体を捻って上を取ってしまう。
俗に“腰が強い”というやつだ。
特筆すべきは、グラウンドで上を取ってからだった。
兎に角バランスが良いのだ。
体格に勝るウィリキウスさんが暴れても、体勢を崩さずに上を取り続け、的確にパンチを振り下ろしていく。
数発パンチが入ったところで、レフェリーストップを掛けた。
「まいひまひた、るひうふ」
「ウィリキウス! お兄様、なんと野蛮な!」
ユリアさんが物凄い形相でルキウスさんを睨み付け、ウィリキウスさんを回復し始める。
「いやぁ、久方ぶりで楽しかったぞ! ウィリキウス、まだまだだ!」
「さすがです、ルキウス。あなたの力の強さは一体何なんですか」
「腕の力だけではないぞ、足腰を鍛えるんだ。……アキト、横から見ていてどうだった?」
これは困ったぞ。
「そうですね……。とりあえずルキウスさんは殆ど完成されています。タックルの潰し方、足腰の粘り、グラウンドで上を取ってからのバランスなどは完璧でしょう。これらをルキウスさんが教えるとして、僕達はその他のちょっとした技を伝えるというプランではどうでしょう?」
ルキウスさんが地球に居たら、総合格闘技で相当な選手になっていたんじゃなかろうか。
最も大事なポイントをしっかり押さえている。
「面白いぞ、早速何か教えてくれないか」
「まずは、馬乗りになった状態から勝ち切るやり方を……」
そう言って、ウィリキウスさんに馬乗りになる。
「この状態は極めて有利です。ここから、相手の顔などを小さく細かく殴っていきます。殴った時にバランスを崩さないように注意して。相手は後頭部を地面に叩きつけられるので十分な威力を発揮します」
掌底でペチペチと叩く。
「この状態から、相手が嫌がって腕を伸ばしてきたら、その腕を取って肘をこのように極めます」
そう言って腕拉ぎ十字固めを教える。
「逆に、相手が回転して背中を向けた場合ですが、そのまま殴り続けてもいいですし、腕を後ろから首に回して締めるのいいですね。この時、足で相手の胴体をしっかり締めて、自分の体ごと回転するとより効果的です」
今度はスリーパーホールドの体勢を取る。
「腕拉ぎ十字固めは相手の肘を破壊してしまいます。スリーパーホールドは首の血管を締めることによって、数秒で相手を失神させてしまいます。どちらも体の仕組みを使った技なので、一度掛かったら余程のことがない限り外すことはできません」
「これは面白いぞ! 馬乗りにさえなれば勝ちじゃないか!」
ルキウスさんは大興奮だ。
あれだけ上を取るのが上手ければ、詰将棋のように勝てるかもしれない。
「アキトさん! 下になってしまった場合どうすればいいんですか!」
ウィリキウスさんも必死だ。
「基本的に上を取る事が最善なのですが、防御方法もあります」
そう言って、今度はルキウスさんに上から圧し掛かってもらう。
本当に下帯着けてもらってよかった。
「まずは馬乗りになられるのを防ぐために、相手の胴を両足の間に置いてしまいます。この状態から、相手の骨盤付近に足の裏を当てて蹴ることでバランスを崩し、殴られないように防御します」
ルキウスさん、やっぱりバランスがいいな。
慣れればガードポジションの上からパウンドを振らせることができそうだ。
「この体勢から相手の腕を取れば……僕の一番好きな技に入れます」
そう言ってルキウスさんの右腕を引き、右足をルキウスさんの首の左側から掛けて前に崩す。
そのまま右足の足首に左足を掛け、ルキウスさん自身の右肩と俺の右足の膝裏で頸動脈を軽く締め、すぐに緩めた。
三角締め(トライアングル・スリーパー・ホールド)だ。
高専柔道が生み出した芸術。
イズマイールには絶対存在しないだろう。
「これは……」
ルキウスさんが唖然としている。
ついでに下からの裏十字への入り方も伝える。
「下から上へ攻める技もあるということです。その他にも下から脱出する方法として……」
今度はブラジリアン柔術の芸術、オモプラッタを教える。
「これは恐ろしいぞ! 下からの、三角、裏十字、オモプラッタ……。上を取ったからといって不用意に攻めれば、強烈なカウンターを食らうぞ」
そう言うと、さっそく二人で練習し始める。
満足して貰えたようで何よりだ。
そうして、初日は二人仲良く、一度ずつ失神したところで練習を切り上げた。




