食事会
天窓の向こうの空が茜色に染まり始めている。
「おお、アキト、来たか」
そういうと天窓と噴水のある部屋にルキウスさんが現れた。
ユリアさんと若い男を連れている。
「やあ、ルキウスさん。お言葉に甘えて、また来させていただきました」
「いやいや。実はな、私の若い友人を紹介しようと思ってな」
ルキウスさんがそう言うと、若い男が進み出てきて名乗った。
「はじめまして、アキトさん。マルクス・ウィリキウスです。ルキウスの甥にあたります」
これまたとんでもないイケメンだ。
ルキウスさんによく似た金髪だが、身長がかなり高い。
俺と同じくらいあるな。
体の厚みは俺以上だ。
「おい、ウィリキウス。俺のことは叔父とは呼ばない約束だろう?」
「そうですわ。私まで叔母になってしまうではありませんか」
「ハハハ、ルキウスはともかく、麗しのユリアに言われては逆らえませんね」
「……ハハハハッ」
笑っておけ笑っておけ。
とんでもないことをさらりと言う奴だ。
ユリアさんも満更でもなさそうな顔をしている。
「さあさあ、食堂に行こう。今日はアキトとウィリキウスが来ているからな。ちょっと特別だぞ」
「ルキウスが特別と言うのは期待してしまいますね」
三人に続いて食堂に入ると、木のように爽やかで微かに甘い香りがする。
「これは……なんと贅沢な! ルキウス、これは乳香ではありませんか!」
部屋の隅には黒地に金の細工が施された香炉が置かれている。
「ハハハ、ちょっとした自慢さ。お前が前線から帰ってきたんだ。私もとっておきを出さないとユリアに怒られてしまう」
なるほど、ユリアさんとはそういう関係か。
美男美女で目出度いが、甥と叔母って大丈夫か?
席に着くと、ルキウスさんの愛妾であるエウニケさんが奴隷たちを指揮して料理を運ばせてきた。
各人にガラス製の杯が配られる。
脚の部分は深い青色に染まり、上へいくにしたがって透明感のある薄い青へと変化していく。
「さあ、まずは乾杯だ! 我らがウィリキウスの帰還に!」
ルキウスさんが高らかに叫ぶと、皆、一口だけワインを飲んで、グラスを床に叩きつけた。
青いグラスが砕け散ってワインが零れ落ちる。
このグラス……相当な高級品だと思うんだが。
シルヴァーナとカリンも割っていいものか迷っている。
目で合図すると、二人とも思い切ってグラスを叩き割った。
すぐに次のグラスが手渡される。
「では、ルキウスの健康に!」
ウィリキウスさんが言うと、またグラスが叩き割られる。
「ユリアの美しさに!」
「アキトの冒険と幸運に!」
途中から俺達もヤケになってグラスを叩きつけた。
次々とグラスが叩き割られ、破片とワインを奴隷たちが清めていく。
清めた後は、床にバラの花びらが撒かれていく。
床から立ち上るバラの香りと乳香の香りが混ざり合って、爽やかな甘い香りになった。
「ハッハッハ! これは愉快です。帝都に帰ってきた甲斐がありますね」
一通り乾杯が終わると、客には金の飾り杯が配られた。
表面には小さなルビーやサファイアがちりばめられ、小振りながらずっしりとした重さがある。
ルキウスさんは懐から深い緑色の杯を取出した。
ヒスイかな。
早速隣にエウニケさんを侍らせた。
杯にワインと蜂蜜を混ぜて完璧に冷やされたものが注がれていく。
「ルキウス、その杯はまだ頂けないのですか?」
冗談交じりにウィリキウスさんが聞くと
「このヒスイの杯とエウニケだけは譲れんな。それにお前は私からユリアを奪っていくではないか」
そう言って笑いあった。
「それにしてもルキウス、素晴らしい香りです。こんな贅沢な気分は久しぶりですよ」
「軍にいたのでは仕方あるまい。この乳香はな、先日、アキトがアレキサンドリアから持ってきたものなんだ」
ウィリキウスさんは軍の大隊長として、東方のパルティア国境に行っていたらしい。
「というと、例の迷宮を通って?」
「ええ、一度行ってみたいと思っていたので。とんぼ返りになってしまいましたが」
ウィリキウスさんがこちらを見てきたので、軽く返答した。
「それはすごい冒険ですね! 他国の者が出没していると聞きました」
「丁度帝都に帰ってきたところで遭遇しました。味方と戦っているところに奇襲をかける形になったのが幸運でしたよ」
「いやいや、ご謙遜です。わずか3名で迷宮に入ったのでしょう?」
「知らずに入ってしまって冷や汗を掻きました。6人揃うまで、しばらく双角王の迷宮はおあずけです」
そういうと、ルキウスさんは深く頷いた。
「アキトの言うとおりだ。準備不足で臨むのは危険だ。戦も迷宮も同じだぞ、ウィリキウス」
「ええ、全くです。それにしても乳香は惜しいですね」
「僕も残念ですよ。アレキサンドリアには南方の珍しい品がありました。機会があれば是非南方に行ってみたいものです」
本当に残念だ。
危険が無ければ交易で儲けられたのに。
「私も行ってみたいものだ。テティス海を渡ったことが無いのでな。どんなものがあったのだ?」
ルキウスさんも興味津々だ。
「そうですね……。そんなに見て回れなかったので。あ、そういえばこんなものを買ってきましたよ」
そう言ってアイテムボックスからサッカラムを取り出した。
蓋を開けてみせると、甘い香りが立ち上る。
「ほう! それは “葦の茎からとれる蜜”か」
「ええ。サッカラムと言うそうです。シルヴァーナもカリンも甘い物が好きでしてね」
そう言うと、皆がギョっとした。
「アキト様は……サッカラムをお二人に?」
ユリアさんが恐る恐る聞いてくる。
「え? ええ……。昨日もこれを使ってケーキを焼きました」
そう言うとルキウスさんが笑い出した。
「いやいや、二人とも、良い主人に巡り合ったな! アキト、サッカラムは貴族でもなかなか口に入らない品だぞ。特にこの季節ではな。あと一月もすればアレキサンドリアから船が出るだろうが、今の時期は去年運ばれた分しか残っておるまい」
そんな高級品だったのか。
アレキサンドリアでは小さな瓶で銀貨15枚だったな。
シルヴァーナ達と目配せする。
「いかがでしょう? ウィリキウスさんが無事帰ってこられためでたい席です。封を切った物で申し訳ありませんが、今夜の宴に使っていただけませんか?」
そう言うと、ユリアさんとエウニケさんがワッと喜んだ。
ルキウスさんが早速料理の指示を出す。
「これは貴重な物を頂きました。それにしても羨ましい。南方の産物を直に見ることができるなんて。私も軍をやめて探索者をやりたくなりましたよ」
「ハハハ、探索者の役得かもしれませんね。でも、最近は商人が探索者を雇っているようですから、交易ももっと盛んになるでしょう」
談笑していると、指示を出していたルキウスさんが会話に戻ってくる。
いつしか夜も大分更けてきたようだ。
「ところで、パルティア方面はどうだった?」
「ええ、相も変わらず小競り合いですよ。出番が無くて困りました」
「なあに、出番など無いほうがいいさ。相変わらず豪傑だな。次の競技会にも出場するのだろう?」
「ええ、パンクラチオンと戦車競技に出場しますよ」
「2頭立てか?」
「いえ、4頭立てですね。私の体だと2頭立てでは勝負になりません」
「ええっと、競技会とは?」
そう聞くと、ウィリキウスさんが張り切って説明してくれる。
「毎年夏になると帝都の円形闘技場で様々な競技が催されるのですよ。私は馬4頭にひかせた戦車の競争と、パンクラチオンという格闘技に出る予定なんです」
なるほど、格闘技か。
ウィリキウスさんの体格も納得だ。
「パンクラチオンですか。それは素手のみで?」
「ええ。伝統の競技なんですよ。2年前に出たときは悔しい思いをしたので、今回はと思っているんですよ」
どうやら目潰し金的以外はルール無しの随分荒っぽい競技のようだ。
総合格闘技みたいなもんか。
「実はルキウスはパンクラチオンで優勝したこともあるんですよ。万力のような力を持っていますからね」
これは意外だ。
失礼ながら堕落の権化のような人だと思っていた。
ルキウスさんも格闘技が大好きなようだ。
「アキトの国でも格闘技はあるのか?」
興味津々で聞いてくる。
「そうですね。僕の国では総合格闘技と呼ばれていました」
「ほう! どんな技があるのだ?」
「そうですね。やはり馬乗りになって殴り、相手が嫌がって背を向けたところでチョークスリーパーというのが必勝パターンでしたね」
他にもガードポジションや三角締めの説明をしていくと、ウィリキウスさんが顔を輝かせて言った。
「聞いたことのない技があります! そうだ、アキトさんは奴隷を探しておられるとか。どうでしょう、技一つにつき剣闘士一人で教えていただけませんか!?」
「まてまて、私も興味があるぞ。私も見学させてくれ!」
剣闘士!
これはありがたい提案だ。
「もちろんです。それにカリンは立ち技の達人ですよ。立ち技で優位に立って、有利な体勢でテイクダウンというのが理想でしょう」
そう言って、総合談義に花を咲かせていると
「お兄様、デザートがまいりましたよ。野蛮なお話はそこまでになさいまし」
ユリアさんに注意されてしまった。
デザートはかき氷の上に、スイカ、メロン、イチジク、ブルーベリーなどの果物のカットを散りばめたものだった。
その上からサッカラムと牛乳を煮詰めたシロップを掛けていく。
「んー!」
皆で一斉に声を上げてしまった。
果物もシロップもしっかり冷やされていて、暑くなってきた季節にぴったりだ。
日本のかき氷は氷がじゃりじゃりとするが、この氷は刃で薄く削られているようだ。
ふんわりと柔らかい食感で、パウダースノーのように溶けていく。
スプーンで一気に口に運ぶと、練乳の甘さと果物のジュースが柔らかい氷と一緒に口の中で広がる。
周りを見ると、シルヴァーナとカリンは目を細めて食べている。
ユリアさんとエウニケさんも無言で次々と口へ運んでいる。
ルキウスさん達はワインを少し掛けて食べるようだ。
そんなに急いで食べると……
「くー!」
頭がキーンとなったようだ。
異世界でもこれはお約束なんだな。




