第7話 商売が大きくなってきました!
「ユイさん、少しいいかい?」
ベルマン商会で商品の確認をしていると、オスカーさんに声をかけられた。
「はい! 何でしょう?」
「王都へ送った商品について、返事が届いたんだ」
「……王都から!?」
私は思わず顔を上げた。
つい先日、オスカーさんが話していた王都アルヴェリアへの商品展開。
どうやらその結果が届いたらしい。
「それで、どうだったんですか?」
「まずは、これを見てごらん」
差し出された手紙には、丁寧な文字で取引先からの返事が書かれていた。
私は一通り目を通し、思わず息をのんだ。
「……継続して仕入れたい?」
「ああ。野菜スライサーも伸縮式お掃除棒も、王都の店で取り扱いたいそうだ」
「本当ですか!?」
「もちろんだとも。特に、今まで扱っていなかった種類の商品として興味を持ってくれたらしい」
……すごい。
リーベルクで始めた小さな商売が、とうとう王都にまで届いたんだ。
「ただし、ここからが大切だよ」
オスカーさんは手紙を机に置いた。
「王都では、こちらと物価も客層も違う。商品が珍しいというだけでは、継続して売れるとは限らない」
「……確かに」
「だから、まずは少量を定期的に送って様子を見るつもりだ。そのうえで、注文が安定すれば本格的に取引を増やそう」
「はい!」
私は大きく頷いた。
最初は十個から始まった商売。
今ではほかの街にも商品を送る話が進んでいる。
なんだか、想像していた以上に大きなことになってきた。
「それと、もう一つ相談があるんだ」
「……もう一つ?」
オスカーさんが、少し真剣な表情になった。
「今後の利益の分配について、改めて契約を整えておきたい」
◇
「契約……ですか?」
「ああ。最初は試作品が売れるかどうかもわからなかったから、販売分について利益を分けるという簡単な取り決めだっただろう?」
「はい」
「だが、今は状況が違う。商品も増え、販売先も広がっている。このままでは、お互いに不都合が出るかもしれない」
オスカーさんはそう言いながら、何枚かの書類を取り出した。
「例えば、商品をほかの商会で売る場合や、誰かが似たものを作った場合。そうしたことも、きちんと決めておく必要がある」
「……なるほど」
言われてみればそのとおりだ。
前世では会社員だったから、契約の大切さはそれなりに理解しているつもりだった。
でも、自分が商品を考える側になるとまた違う難しさがある。
「そこで、まずは今ある商品の販売について、ベルマン商会が独占して取り扱う契約を提案したい」
「独占……?」
「一定の期間、君の考えた商品を扱うのはうちの商会だけにするということだ。その代わり、販売数に応じて君へ報酬を支払う」
オスカーさんは続けた。
「製作費や輸送費、販売にかかる経費は商会で負担する。君には商品の発案と改良に協力してもらい、その対価を受け取ってもらう形だね」
私は書類に目を落とした。
確かに、それなら私が一人で商品を売り歩く必要はない。
製作はガルドさんたちが担当し、販売はベルマン商会が引き受ける。
私は新しい商品を考えたり、使いやすさを確認したりする仕事に集中できる。
……かなりありがたい話かもしれない。
「ただし、ユイさん。これはすぐに決めなくてもいい」
「えっ?」
「契約というのは、一度結べば簡単には変えられないものだからね。内容をよく読んで、納得してから決めてほしい」
オスカーさんはそう言って、書類を私の前に置いた。
「わからないところがあれば、遠慮なく聞いてくれたまえ」
私は少し驚いた。
商人として利益を重視する人なのに、こういうところは本当に誠実だ。
……いや。
だからこそ、ここまで商会を大きくできたのかもしれない。
「ありがとうございます。ちゃんと読んでから、お返事します!」
「ああ。それがいい」
オスカーさんは満足そうに頷いた。
◇
その日の午後。
私はミアさんと一緒に、商会の奥にある小さな休憩室で書類を広げていた。
「うーん……」
「どうしたんですか、ユイさん?」
「契約書を読んでるんだけど、考えることがいっぱいあって……」
「契約書?」
ミアさんが興味津々で覗き込んでくる。
「わっ! これ、会長からのお話ですか?」
「うん。これからの商品販売について、正式に契約しようって」
「すごいじゃないですか!」
ミアさんは嬉しそうに声を上げた。
「会長がここまで本格的な契約を持ちかけるなんて、ユイさんのことを相当評価してるんですね!」
「そ、そうなのかな?」
「もちろんですよ! あの人、商売のことになると結構厳しいですから!」
……やっぱり。
優しいおじさんだけど商売には厳しいんだ。
私はもう一度、書類に目を通した。
報酬の計算方法。
契約の期間。
商品の改良に関する取り決め。
それから、私が新しく考えた商品についてはその都度条件を相談するという項目もある。
「……うん」
今ある商品については、悪くない条件だと思う。
でも、一つだけ気になった。
「ねえ、ミアさん」
「はい?」
「私が今後、別の種類の商品を作りたくなったらどうなるんだろう?」
「別の種類……ですか?」
「例えば、調理器具や掃除道具じゃなくて、もっと違うものとか」
私は少し考えた。
前世で見た便利な道具は、まだまだたくさんある。
中には、ベルマン商会が普段扱っていない分野の商品だってあるかもしれない。
そのとき、全部を一つの商会に任せるのが本当にいいのか。
……そこは、ちゃんと考えておきたい。
「それなら、会長に相談してみたらどうですか?」
「……そうだよね!」
ミアさんは笑った。
「ユイさん、こういうことは遠慮しちゃ駄目ですよ! これから長く一緒に商売するんですから!」
……長く一緒に。
その言葉がなんだか嬉しかった。
私は前世で、どこにでもいる普通の会社員だった。
毎日決まった時間に出勤して、決まった仕事をして。
それが悪かったわけじゃない。
でも、今は自分で考えて、自分で選んで仕事をしている。
……うん。
せっかくの第二の人生なんだ。
仕事のことも、ちゃんと自分で決めたい。
◇
翌日。
私は契約書を持って、オスカーさんの応接室を訪ねた。
「おや、ユイさん。もう読んだのかい?」
「はい! それで、一つ相談があるんです」
「ほう?」
「今ある商品の販売は、ベルマン商会さんにお願いしたいです。でも、これから考える新しい商品については、その都度相談して決めてもいいですか?」
オスカーさんは少し目を細めた。
「……なるほど」
「もちろん、ベルマン商会さんと一緒に仕事を続けたい気持ちはあります。でも、まだどんな商品を作れるかわからないので……」
言いながら、少し緊張してしまった。
もし、嫌な顔をされたらどうしよう。
でも、オスカーさんはしばらく考えたあと、楽しそうに笑った。
「はははっ! いいじゃないか!」
「……えっ?」
「自分の仕事について、きちんと考えている証拠だよ。むしろ安心した」
「そ、そうですか!?」
「ああ。私としても、無理な約束をさせるつもりはない。今ある商品の取り扱いを中心に契約し、新商品はその都度話し合おう」
「ありがとうございます!」
「それに、君が次に何を考えるのか私も楽しみにしているんだ」
オスカーさんはそう言って、契約書に修正を加えた。
私も内容を確認し、名前を書いた。
これで正式な契約が成立した。
「改めて、よろしくお願いします!」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
オスカーさんと握手を交わす。
前世では、こんなふうに商売の契約を自分で決める日が来るなんて思ってもいなかった。
……なんだか、ちょっと大人になった気分。
いや、二十五歳だから十分大人なんだけどね!
◇
それからの日々は、さらに忙しくなった。
王都への商品の発送が始まり、リーベルク以外の街からも取引の相談が届くようになった。
私はガルドさんと一緒に商品の改良を進めながら、ベルマン商会の販売記録を見せてもらい、どんな商品が求められているのか考えるようになった。
ある日、オスカーさんから一つの帳簿を渡された。
「ユイさん。これを見てごらん」
「……何ですか?」
「商品の売れ行きをまとめたものだよ」
帳簿には、スライサーとお掃除棒の販売数が、街ごとに記録されていた。
リーベルク。
近隣の町。
そして、王都アルヴェリア。
「……わあ」
王都での販売数は、まだそれほど多くない。
でも、少しずつ増えている。
「こうして見ると、どこで何が売れているのかわかるんですね」
「ああ。商売は、売れたという結果だけを見ていても駄目なんだ」
オスカーさんは帳簿を指差した。
「なぜ売れたのか。誰が買ったのか。次も同じように売れるのか。それを考えることが大切なんだよ」
「……なるほど!」
私は真剣に頷いた。
なんだか、少しずつ商人らしいことを学んでいる気がする。
……ふふっ。
異世界転生した元OL、ただいま商売の勉強中です!
なんかよくある異世界もののタイトルみたいになっちゃった……。
◇
さらに二か月が経った。
異世界に来てから三か月ほど。
私はすっかりリーベルクでの生活に慣れていた。
朝は宿で食事を取り、ベルマン商会へ向かう。
昼間は商品の企画や確認をして、時間があればガルドさんの工房にも顔を出す。
夕方にはミアさんと街を歩いたり、お茶を飲んだりすることも増えた。
オスカーさんから借りていた生活費も、先月ようやく全額返済できた。
「……ふふっ」
私は宿の部屋で、小さな袋に入った硬貨を眺めた。
これは借りたお金ではない。
ちゃんと、自分で稼いだお金だ。
……嬉しいなぁ。
異世界に来たばかりの頃は、宿代すら払えなかったのに。
今では、少しずつ貯金までできるようになった。
「……よし!」
私は袋をしまい、窓の外を見た。
夕日に照らされたリーベルクの街並み。
ここが私の新しい居場所になりつつある。
そして、もう一つ。
心の中でずっと気になっていることがあった。
《不落の運命守護》
女神様が授けてくれた謎のスキル。
教会で鑑定してもらってから三か月ほど経ったけれど、まだ一度も使えたことがない。
……そもそも、使い方もわからないんだけど。
「……運命の人、かぁ」
私は小さくつぶやいた。
仕事も楽しい。
友達もできた。
生活だって安定してきた。
あとは、素敵な恋人ができれば完璧なんだけどなぁ。
……なんて。
そんなに都合よくはいかないよね。
私は小さく笑った。
女神様が約束してくれたんだから、きっといつか出会える。
だからこそ、今の毎日を大切にしよう。
私はそう思いながら、窓の外に広がる街を眺めていた。
その頃。
遠く離れた王都アルヴェリアでは、ベルマン商会から届いた新しい商品の評判が、少しずつ広まり始めていた。
そして、その評判が。
やがて私を、運命の人と出会う王都へ向かわせる大きなきっかけになるのだった。




