第6話 便利グッズが売れすぎています!
「次は、これを作りたいんです!」
私は机の上に一枚の紙を広げた。
そこには、細長い棒と、その先に取り付けられた布のようなものが描かれている。
「……掃除道具かい?」
オスカーさんは図面を覗き込み、不思議そうに首を傾げた。
「はい! 柄の長さを自由に変えられる掃除道具です!」
「長さを変える?」
「そうです! 高い場所を掃除するときは長くして、狭い場所では短くできるようにするんです!」
私は身振りを交えて説明した。
前世では珍しくもなかった伸縮式の掃除道具。
こちらの世界にも箒や掃除道具はあるけれど、長さを簡単に調節できるものは、オスカーさんの扱う商品にはないらしい。
「なるほど。収納するときにも場所を取らないわけだね」
「そうなんです!」
「しかし、どうやって長さを変えるんだい?」
「太さの違う棒を組み合わせて、内側の棒を引き出すんです。それで、好きな長さのところで固定できるようにして……」
私は図面に簡単な仕組みを描き加えた。
オスカーさんの目が、次第に輝き始める。
「……面白い!」
……出た。
この顔だ。
初めてスライサーの話をしたときと同じ、商人の顔。
「ユイさん、君は本当に次から次へと面白いことを考えるね!」
「えへへ……」
「よし! さっそくガルドに相談してみよう!」
「はい!」
こうして、私たちは二つ目の商品開発に取りかかった。
◇
数日後。
「……お前さん、今度はこんなものを作りたいのか」
ガルドさんは図面を眺め、呆れたように言った。
「はい!」
「次から次へと、よく思いつくもんだな」
「えへへ……」
「褒めてねぇぞ」
「えっ!?」
ガルドさんはそう言いながらも、図面を作業台に広げた。
「まあ、仕組み自体は難しくねぇ。木の棒を組み合わせりゃ、伸ばしたり縮めたりはできるだろう」
「本当ですか!?」
「ただ、固定する部分が問題だな。緩けりゃ勝手に縮むし、きつすぎりゃ動かせねぇ」
「なるほど……」
「まずは簡単な留め具を付けて試してみるか」
そうして、二つ目の商品開発が始まった。
最初の試作品では、柄を伸ばすことはできたものの、掃除中に固定が緩んでしまった。
そこでガルドさんが、棒の途中に金属製の留め具を取り付けてくれた。
留め具を締めれば柄が固定される。
緩めれば長さを変えられる。
「……おお!」
私は実際に道具を持ち、工房の床を掃いてみた。
……うん!
ちゃんと使える!
「ガルドさん! これなら大丈夫そうです!」
「ふん。あとは何度も動かして、すぐに壊れねぇか確かめるだけだ」
「はい!」
何度も伸ばしたり縮めたりしてみたけれど、固定が緩む様子はなかった。
先端に付ける掃除用の布も、取り外して洗えるようにしてもらった。
これなら汚れても交換できる。
「よし。こいつも商品になるな」
「やったぁ!」
ガルドさんは満足そうに頷いた。
「まったく。お前さんと仕事してると、退屈する暇もねぇな」
「……ご迷惑ですか?」
「馬鹿言え。面白ぇ仕事なら大歓迎だ」
そう言って、ガルドさんは豪快に笑った。
……よかった!
どうやら、職人さんにも楽しんでもらえているらしい。
◇
二つ目の商品も、ベルマン商会で販売されることになった。
名前は『伸縮式お掃除棒』。
……そのまんまだけど、わかりやすいからいいよね!
最初は少しずつ売れていたものの、購入したお客さんから評判が広がり、次第に注文が増えていった。
特に、高い棚や家具の隙間を掃除する人たちに人気が出たらしい。
そして、さらに数日後。
「ユイさん! 大変です!」
ミアさんが、店の奥から駆け込んできた。
「ど、どうしたの!?」
「また追加注文が来ました!」
「……えっ!?」
「スライサーが三十個! それから、お掃除棒が二十個です!」
「そんなに!?」
「はい! しかも、別のお店からも問い合わせが来てるんです!」
……うそ。
ちょっと待って。
これって、もしかして……
「……大ヒット?」
「大ヒットですよ!」
ミアさんが嬉しそうに笑った。
私は思わず、その場で小さく飛び跳ねた。
「やったぁぁぁ!」
……あっ。
店内だった。
慌てて周囲を見ると、お客さんが何人かこちらを見ていた。
「す、すみません……!」
隣でミアさんが笑いをこらえている。
「ユイさん、本当に嬉しそうですね!」
「だ、だって! 私の考えたものが、こんなに売れるなんて……!」
前世ではただの会社員だった私。
商品開発の仕事なんてしたこともなかった。
でも、ここでは違う。
私の知っている便利なものが、誰かの生活に役立っている。
しかも、それが仕事になる。
……最高じゃない!
◇
それから一か月が経った。
ベルマン商会では、野菜スライサーと伸縮式お掃除棒の販売がすっかり定着していた。
ガルドさんの工房を中心に、ほかの職人さんたちも製作に加わり、以前より多くの商品を作れるようになった。
もちろん、私も完成品の確認や新しい商品の企画で忙しくしている。
そして、何より嬉しかったのは。
「ユイさん。こちらが今月の報酬だよ」
オスカーさんが、小さな袋を差し出してくれた。
「……えっ!?」
私は恐る恐る中を覗いた。
銀貨が何枚も入っている。
「こ、こんなに!?」
「はははっ! 商品がよく売れたからね。最初の販売分について、取り決めた利益の一部を計算したんだ」
「……!」
自分の力で稼いだお金。
異世界に来て、初めてのまとまった収入だった。
「ただし、商会から借りた生活費については、まだ残りがある。無理に一度で返さなくてもいいよ」
「いえ! できるだけ早く返したいです!」
「そうかい。それなら、今後の生活費も考えながら決めるといい」
私は頷き、袋を大切に抱えた。
……嬉しい。
本当に、嬉しい!
「ありがとうございます、オスカーさん!」
「礼を言うのはこちらだよ。君のおかげで、商会の売上もずいぶん伸びているからね」
オスカーさんは満足そうに笑った。
「それに、これからもっと面白いことになりそうだ」
「……面白いこと?」
「ああ。実は、リーベルク以外の街からも問い合わせが来始めているんだ」
「……えっ!?」
「王都の取引先にも、試しに商品を送ってみようと思っている」
王都アルヴェリア。
あの大きな街にも、私の商品が並ぶかもしれない。
「……すごい!」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
異世界に来たばかりの頃は、今日食べるご飯すら心配していたのに。
今では、王都への販売まで話が広がっている。
……人生って、何が起こるかわからないものだなぁ。
◇
その日の夕方。
私はベルマン商会の仕事を終え、宿へ向かって歩いていた。
通りには夕食の買い物をする人たちが行き交い、店先からは美味しそうな匂いが漂っている。
私は手にした小さな袋をぎゅっと握りしめた。
今日もらった、初めてのまとまった報酬。
まだ借金は全部返せていないけれど、ちゃんと前に進んでいる。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれた。
異世界生活、思っていた以上に順調かもしれない。
……あっ。
そういえば。
「運命の人……」
私は小さくつぶやいた。
すっかり仕事に夢中で、恋愛のことを忘れかけていた。
……いや、忘れていたわけじゃないよ?
ただ、ちょっと忙しかっただけで!
「……女神様」
空を見上げながら、私は心の中で呼びかける。
商売は順調です。
お金も少しずつ稼げるようになりました。
でも、肝心の運命の人はまだ現れません。
……本当に、出会えるんですよね?
もちろん、返事はなかった。
まあ、いっか。
今は仕事が楽しいし、焦る必要もない。
いつか素敵な人が現れたとき、胸を張って会えるように。
まずは、自分の人生をしっかり楽しもう。
私はそう思いながら宿への道を歩き続けた。
このときの私はまだ知らなかった。
私が開発した小さな便利グッズが、やがて王都にまで広がっていくことを。
そしてその王都で、私の運命を大きく変える出来事が待っていることを。




