第5話 異世界初の商品、ついに完成!
「……できたぞ」
ガルドさんが作業台の上に置いたのは、細長い木の板だった。
中央には金属製の刃が斜めに取り付けられており、両端には持ちやすいように加工された部分がある。
そう。
私が前世で何度も使ったことのある、野菜スライサーだ。
「おおおっ!」
思わず声が出た。
異世界に来てから四日目。
昨日からガルドさんが製作に取りかかり、ついに最初の試作品が完成したのだ。
「すごい! 本当にできちゃった!」
「まだ喜ぶのは早ぇぞ。ちゃんと使えるか試してからだ」
ガルドさんはそう言うと、作業台の上に大きな野菜を置いた。
見た目はキャベツによく似ている。
「こいつでいいんだな?」
「はい! でも、最初はもう少し硬い野菜のほうが試しやすいかもしれません!」
「ふむ。なら、こっちはどうだ?」
ガルドさんが取り出したのは、人参によく似た橙色の根菜だった。
「それです!」
私は野菜を受け取り、スライサーの上に置いた。
……よし。
いよいよ、異世界初のスライサー実験!
「いきますよ!」
野菜を刃に向かって滑らせる。
ザッ。
「……あれ?」
切れた。
確かに切れた。
でも、出てきたのは妙に分厚い野菜の一切れだった。
「……厚いですね」
「ああ。これじゃ包丁で切ったほうが早そうだな」
ガルドさんは切れた野菜を手に取り、厚さを確認した。
「刃と板の隙間が広すぎるんだろう。それに、刃の角度も少し立ちすぎている」
「なるほど……」
「薄く切るなら、刃の位置をもっと下げる必要があるな」
私は頷いた。
確かに、前世のスライサーはもっと薄く切れた。
でも、実物を見ただけでは、刃の角度や細かな寸法までは覚えていない。
……こういうところは、やっぱり職人さんの腕が必要なんだなぁ。
「少し直してみるか」
ガルドさんは道具を手に取り、刃の取り付け部分を調整し始めた。
私はその作業を横から眺める。
金属を固定し直し、刃の位置を少し変える。
たったそれだけなのに、道具の印象がずいぶん変わった。
「よし。もう一度やってみろ」
「はい!」
今度は、野菜を押さえるための木製の持ち手を使い、ゆっくりと滑らせた。
シャッ。
薄い野菜の一枚が、作業台の上に落ちた。
「……!」
もう一度。
シャッ。
さらにもう一度。
シャッ。
薄く切られた野菜が、次々と重なっていく。
「できたぁぁぁ!」
私は思わず両手を上げた。
「ガルドさん! これです! まさにこれです!」
「お、おう。わかったから落ち着け!」
ガルドさんは少し驚いた顔をしたあと、切れた野菜を一枚つまみ上げた。
「……なるほどな。確かに、これなら厚さが揃う」
「そうなんです! 包丁で一枚ずつ切るより、ずっと早いですよね!」
「ああ。慣れればかなりの速さで切れそうだ」
ガルドさんは、今度は自分で試してみた。
シャッ、シャッ、シャッ。
あっという間に野菜が薄く切られていく。
「……こいつは面白ぇな」
その口元が、少しだけ緩んだ。
……ふふっ。
頑固な職人さんでも、便利な道具には弱いらしい。
◇
「ただ、まだ問題はあるぞ」
試し切りを終えたガルドさんが言った。
「このままじゃ、野菜が小さくなったときに指を切る危険がある」
「それなら、この持ち手を改良したいです!」
私は図面を取り出し、野菜を押さえる部品に小さな突起を付ける案を説明した。
「野菜を直接持たずに押さえられるようにすれば、最後まで安全に使えると思うんです」
「なるほど。木製なら加工も難しくねぇな」
「それと、刃の部分は洗いやすいようにしたいです!」
「……洗いやすく?」
「はい! 野菜の切れ端が詰まると、洗うのが大変なので」
ガルドさんは一瞬考え込み、それから大きく頷いた。
「よし。刃の周りに余計な隙間を作らねぇようにするか」
そうして、いくつかの細かな改良を加えることになった。
複雑な仕組みは必要ない。
野菜を薄く切れること。
安全に使えること。
そして、手入れが簡単なこと。
まずは、この三つを満たせば十分だ。
「……それにしても、ユイ」
「はい?」
「お前さん、よくこんな道具を思いついたな」
「あはは……」
……すみません。
正確には、前世で普通に売っていました。
もちろん、そんなことは言えない。
「料理をするとき、こういうのがあったら便利だなぁって思ったんです!」
「ふん。なるほどな」
ガルドさんは納得したように頷いた。
「道具ってのは、そういう不便から生まれるもんだ。悪くねぇ発想だぞ」
「ありがとうございます!」
……褒められちゃった!
なんだか、すごく嬉しい。
◇
翌日。
改良を終えたスライサーを持って、私たちはベルマン商会へ向かった。
「ほう……!」
オスカーさんは完成した道具を手に取り、興味深そうに眺めている。
「これが、例の野菜を薄く切る道具かい?」
「はい! 実際に使ってみてください!」
私は用意してもらった野菜と、受け皿を机の上に並べた。
「まず、この持ち手で野菜を押さえて……」
シャッ。
薄く切れた野菜が、皿の上に落ちる。
シャッ、シャッ。
数回動かすだけで、同じ厚さの野菜が次々と増えていった。
「……こ、これは!」
オスカーさんの目が、大きく見開かれた。
「思っていた以上に速いね!」
「でしょう!?」
「しかも、切った野菜の厚さが揃っている。料理人なら、かなり重宝するだろう」
オスカーさんは自分でも道具を使ってみた。
そして、満足そうに笑った。
「はははっ! これは売れるかもしれない!」
……出た。
商人の目だ。
さっきまで優しいおじさんだったのに、今は完全に商売人の顔になっている。
「ガルド、これを同じ品質で作るなら、一つあたりどのくらいかかる?」
「数をまとめりゃ、材料の無駄は減らせる。だが、刃の加工には手間がかかるな」
「ふむ……」
二人は製作費と販売価格について話し始めた。
私はその会話を聞きながら、少し緊張していた。
どれだけ便利なものでも、値段が高すぎれば売れない。
かといって、安くしすぎれば利益が出ない。
商品を作るだけじゃなく、ちゃんと商売として成り立たせる必要があるんだ。
「……よし」
しばらくして、オスカーさんが顔を上げた。
「まずは十個作ろう」
「十個ですか?」
「ああ。いきなり大量に作るのは危険だからね。まずは店頭で販売して、お客さんの反応を見たい」
「なるほど!」
「ユイさん。君にも販売を手伝ってもらえるかな?」
「もちろんです!」
ついに、私が考えた商品がお店に並ぶんだ!
……なんだか、ものすごく緊張してきた。
◇
それから数日後。
ベルマン商会の店先には、新しい商品が並んでいた。
木製の野菜スライサー。
使い方を描いた簡単な説明書も添えてある。
「……よし!」
私は店の前に立ち、大きく息を吸った。
「いぃ、いらっしゃいませー!」
……声が裏返った。
隣にいたミアさんが、くすっと笑う。
「ユイさん、緊張しすぎですよ!」
「だ、だって! 初めての商品なんだもん!」
「大丈夫ですって! あんなに便利なんですから!」
ミアさんは元気よく笑った。
そして、通りがかった女性に声をかけた。
「いらっしゃいませ! 新しい調理道具はいかがですか?」
「新しい調理道具?」
足を止めた女性は、店先に並んだスライサーを不思議そうに眺めた。
「これは何に使うものなの?」
「野菜を薄く切るための道具なんです!」
私は慌てて説明を始めた。
「この持ち手に野菜を固定して、こうやって滑らせると……」
シャッ、シャッ。
薄く切れた野菜が、皿の上に落ちていく。
「まあ!」
女性が目を丸くした。
「すごいわ! こんなに簡単に薄く切れるの?」
「はい! 厚さも揃いやすいので、料理の下ごしらえが楽になります!」
「へぇ……」
女性は興味深そうに道具を手に取った。
「ちょっと私にもやらせてもらえる?」
「もちろんです!」
私は使い方を説明し、実際に試してもらった。
シャッ。
「あら!」
シャッ、シャッ。
「本当だわ! これは便利ね!」
女性の顔が、ぱっと明るくなった。
「これ、一ついただけるかしら?」
「……えっ!?」
思わず固まってしまった。
……いま、何て?
「一つ、買いたいのだけれど」
「……!」
売れた。
本当に、売れた!
「あ、ありがとうございます!!」
私は勢いよく頭を下げた。
隣でミアさんが嬉しそうに笑っている。
「ユイさん! 初めてのお客様ですよ!」
「う、うん!」
なんだか、胸がいっぱいになった。
前世ではただの便利な日用品だった物。
でもこの世界では、私のアイデアとして形になって、それを誰かが欲しいと言ってくれた。
……嬉しい。
すっごく嬉しい!
◇
その日、店頭に並べた十個のうち、四個が売れた。
翌日には、さらに三個。
そして三日目。
「……ユイさん!」
ミアさんが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「全部売れました!」
「……えっ!?」
「スライサー、十個全部です!」
「ほ、本当に!?」
「本当です! しかも、追加で欲しいというお客様もいらっしゃいます!」
私は思わず両手で口を押さえた。
……うそ。
たった三日で、完売!?
そこへ、奥からオスカーさんが現れた。
「はははっ! どうやら、最初の商品は大成功だね!」
「オスカーさん!」
「実際に使ったお客さんが、知り合いにも勧めてくれたらしい。評判が広がり始めているよ」
「……すごい!」
「しかも、飲食店からも問い合わせが来ている。まとめて購入したいそうだ」
「飲食店まで!?」
思っていた以上の反響だった。
……これって、もしかして。
本当に、商売で生活できるようになるんじゃない!?
オスカーさんは楽しそうに笑った。
「ガルドには追加の製作を頼んでおこう。今度は少し数を増やしてみるつもりだ」
「はい!」
「それから、ユイさん」
「何ですか?」
「君には、ほかにも便利な道具の案があるんだったね?」
「……あります!」
私は勢いよく頷いた。
掃除道具。
収納用品。
使いやすい容器。
それに、まだまだ思いつくものはたくさんある。
前世の生活を思い出せば、不便を解消する道具なんていくらでも見つかりそうだ。
「だったら、次の商品も考えてみようじゃないか」
「……はい!」
オスカーさんの言葉に胸が高鳴った。
異世界で商売を始めて、まだほんの数日。
それなのに、最初の商品が売れた。
この調子なら、本当に夢みたいな生活ができるかもしれない。
私は店先に並んでいた、最後のスライサーの見本を見つめた。
前世では、ごく普通のOLだった私。
特別な才能もなく、恋愛経験もゼロ。
でもこの世界では。
「……私にも、できることがあるんだ」
そうつぶやくと、自然と笑みがこぼれた。
よーし!
このまま便利グッズをどんどん開発して、お金を稼いで。
借りたお金も返して、生活を安定させて。
そして、いつかは素敵な恋人も……!
「ユイさん、次の商品は何にするんですか?」
ミアさんに尋ねられ、私はにっこりと笑った。
「ふふっ! 実は、いくつか考えてるんだ!」
「ええっ!? もうですか!?」
「もちろん!」
だって、前世には便利なものがたくさんあったんだから!
……ああ、異世界転生って最高かもしれない!
ただ一つ、気になることがあるとすれば。
「……女神様」
私は心の中で、そっと呼びかけた。
商売のほうは、なんだか順調に進みそうです。
でも、肝心の運命の人とはいつ出会えるんでしょうか?
……まあ、焦っても仕方がないけど。
まずはお金!
恋愛はそのあと!
私はそう決意して、次の商品の案を考え始めた。
こうして、私の異世界での商売は少しずつ動き始めたのだった。




