第4話 私のスキル、詳細不明でした
「……よし!」
異世界生活、二日目の朝。
私は宿屋『陽だまり亭』の部屋で、鏡に向かって小さく気合いを入れた。
今日は、待ちに待ったスキル鑑定の日だ。
女神アモリア様から授かった、世界に一つしかない特別なスキル。
《不落の運命守護》
名前はものすごく格好いい。
でも、肝心の能力はさっぱりわからない。
「運命の人に出会えて、その人を守れる……かぁ」
昨日から何度も考えているけれど、やっぱり具体的な効果が思い浮かばない。
運命の人を探す能力なのか、それとも危険なときに防御魔法が使えるのか。
もしかしたら、相手の居場所がわかる能力だったりして。
……それはそれで、ちょっと便利かもしれない。
「でも、勝手に居場所がわかるのって少し怖くない?」
自分で言って、自分で首を傾げてしまった。
まあ、考えていても仕方がない。
今日は教会で詳しく調べてもらえるんだから!
私は昨日ベルマン商会で用意してもらった、この街で一般的な服に着替えた。
淡いクリーム色のブラウスに、落ち着いた茶色のスカート。
前世の服装よりも少し素朴だけれど、動きやすくてなかなか気に入っている。
これなら、街中で変に目立つこともないだろう。
「それじゃあ、行ってきます!」
誰もいない部屋に向かって声をかけ、私は宿を出た。
◇
リーベルクの朝は、とても賑やかだった。
通りには野菜を積んだ荷車が行き交い、商店の主人たちが開店の準備をしている。
焼きたてのパンの香りに誘われて、思わず足が止まりそうになった。
……いけない、いけない。
朝食は宿でちゃんと食べてきたんだから。
昨日ミアさんに教えてもらった道順を思い出しながら、私は大通りを進んでいく。
やがて、白い石で造られた立派な建物が見えてきた。
高い塔の先には、金色の飾りが輝いている。
「わあ……!」
思わず見上げてしまった。
これが異世界の教会。
入口には人々が出入りしており、庭には色とりどりの花が植えられている。
想像していたよりも、ずっと明るい雰囲気だった。
私は少し緊張しながら、建物の中へ足を踏み入れた。
「ようこそ、リーベルク教会へ」
受付にいた女性が、穏やかに声をかけてくれた。
「あの、スキルの鑑定をお願いしたいんですけど……」
「かしこまりました。初めての鑑定でしょうか?」
「はい!」
「それでは、こちらにお名前と年齢をご記入ください」
渡された紙に、ユイ、二十五歳と記入する。
それを見た受付の女性が、少しだけ驚いた顔をした。
「二十五歳で初めての鑑定なのですね」
「あっ、はい。今まで機会がなくて……」
「そうでしたか。遠方では鑑定設備のない地域もありますから、珍しいことではありませんよ」
よかった。
どうやら、そこまで不自然な話ではないらしい。
「身分証もお持ちでないとのことですね。鑑定後に登録用の証明書も発行できますので、必要でしたらお申し付けください」
「ぜひお願いします!」
私は受付で必要な手続きを済ませ、案内された椅子に腰を下ろした。
周囲には、私と同じように鑑定を待つ人たちがいる。
小さな子供を連れた家族もいれば、旅装姿の若い男性もいた。
「次の方、どうぞ」
しばらくして、奥の扉が開いた。
いよいよ私の番だ。
……なんだか、就職面接みたいに緊張する。
◇
案内された部屋には、中央に大きな台座が置かれていた。
その上には、透明な水晶のような球体が載っている。
そして台座の向こうには、落ち着いた雰囲気の女性が座っていた。
年齢は四十代くらいだろうか。
暗い赤色の髪をきれいにまとめ、灰青色の瞳をした女性だった。
「こんにちは。私はローゼ・アルティナ。この教会でスキル鑑定を担当しています」
「ユイです。よろしくお願いします!」
「こちらこそ。どうぞ、お掛けになってください」
ローゼさんは穏やかに微笑むと、水晶のような球体を指差した。
「こちらが鑑定用の魔道具です。手を触れていただくと、あなたが持つスキルの名称と、確認できる範囲でその性質が表示されます」
「おお……!」
すごい。
本当に異世界の鑑定だ!
「ちなみに、どんなスキルでも詳しくわかるんですか?」
私が尋ねると、ローゼさんは少し考えてから答えた。
「一般的なスキルであれば、過去の記録と照合して説明できます。ただし、非常に珍しいスキルの場合、名称以外の情報が得られないこともありますね」
「なるほど……」
まあ、そうだよね。
でも、私のスキルは女神様が直接作ってくれたものだ。
大丈夫かな……?
いやいや、きっとすごい結果が出るに違いない!
「それでは、こちらに手を置いてください」
「はい!」
私は期待に胸を膨らませながら、水晶に右手を触れた。
すると。
「……わっ!」
水晶の内部に淡い光が灯った。
光はゆっくりと渦を巻き、やがて台座の上に文字が浮かび上がる。
そこには、確かにこう書かれていた。
【固有スキル】
《不落の運命守護》
【系統】
不明
【効果】
解析不能
「…………」
私は文字をじっと見つめた。
……えっと。
不明?
解析不能?
「……あの」
「はい」
「これって、どういう意味でしょうか?」
ローゼさんは水晶に浮かんだ文字を見つめ、少し眉を寄せた。
「……おかしいですね」
「えっ!?」
「《不落の運命守護》……聞いたことのない名称です」
ローゼさんは机の引き出しから分厚い記録帳を取り出し、ページをめくり始めた。
しばらくして、別の記録帳も開く。
さらに、棚に並んでいた資料を何冊か確認した。
……なんだろう。
ものすごく嫌な予感がする。
「……申し訳ありません、ユイさん」
ローゼさんが顔を上げた。
「教会に残されている記録には、このスキルに該当するものがありません」
「……えっ」
「守護という名称から、防御や保護に関係する可能性は考えられますが、具体的な効果までは判断できませんね」
「……つまり?」
「現時点では、どのような能力なのかわからない、ということになります」
「…………」
私は、もう一度水晶を見た。
《不落の運命守護》。
系統、不明。
効果、解析不能。
……いやいやいや。
ちょっと待って。
女神様!?
「運命の人には必ず出会えるし、その人を守れるわ!」
あんなに自信満々に言っていたのに!
「……あの、もう一度鑑定してもらうことってできますか?」
「もちろんです」
私は再び水晶に手を置いた。
淡い光が灯り、文字が浮かび上がる。
【固有スキル】
《不落の運命守護》
【系統】
不明
【効果】
解析不能
……変わらない。
「……もう一回」
「ええ、構いませんよ」
三度目。
結果は同じだった。
「……ですよねぇ」
私はがっくりと肩を落とした。
ローゼさんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「お力になれず、申し訳ありません」
「い、いえ! ローゼさんが悪いわけじゃありませんから!」
悪いのは、ちゃんと説明してくれなかった女神様だと思う。
いや、せっかく特別なスキルを作ってくれたんだから、文句を言うのも違う気がするけど……。
それにしても。
……せめて、使い方くらい教えてほしかったなぁ。
「ただ、ユイさん」
ローゼさんが優しく声をかけてくれた。
「珍しいスキルだからといって、役に立たないとは限りませんよ」
「……そうなんですか?」
「はい。スキルの効果が、特定の状況でしか現れないこともあります。本人が気付いていないだけで、素晴らしい能力を持っている場合もあるんです」
「……なるほど」
特定の状況。
それなら、私のスキルもそうなのかもしれない。
運命の人に出会ったときとか。
その人が危険な目に遭ったときとか。
……うん。
女神様の話とも、一応つじつまは合う。
「ありがとうございます! ちょっと元気が出ました!」
「それはよかったです」
ローゼさんは穏やかに微笑んだ。
「今後、何かスキルに関する変化があれば、ぜひ教会へご相談ください。記録のないスキルについては、私たちも調査を続けていますので」
「はい! そのときはよろしくお願いします!」
私は頭を下げた。
結局、詳しい能力はわからなかったけれどスキルの名前だけは間違いないようだ。
……まあ、いいか。
運命の人には必ず出会えるんだし。
きっと、いつか使うときが来るよね!
◇
鑑定を終えた私は、そのまま教会で登録用の証明書を発行してもらった。
正式な身分証については、この証明書を持って商業組合で手続きする必要があるらしい。
「ありがとうございます!」
教会を出ると、外には明るい日差しが広がっていた。
私は手にした証明書を確認し、小さく息を吐く。
「……結局、何もわからなかったなぁ」
女神様から授かった特別なスキル。
なのに、教会の鑑定でも効果は不明。
運命の人を守れるらしいけれど、どうやって守るのかさっぱりわからない。
……これ、本当に大丈夫なのかな?
私は少しだけ不安になった。
でも、すぐに首を振る。
「……よし!」
スキルのことは今考えても仕方がない。
それより、まずは生活だ。
オスカーさんからお金を借りているし、試作品の製作だってこれから始まる。
いつまでも落ち込んでいる場合じゃない。
「恋愛も大事だけど、まずはお仕事!」
私は気持ちを切り替え、ベルマン商会へ向かって歩き始めた。
◇
「おや、ユイさん。もう鑑定は終わったのかい?」
ベルマン商会に到着すると、オスカーさんが店の奥から顔を出した。
「はい! ただいま戻りました!」
「それで、スキルはどうだった?」
「それが……」
私は少し困った顔で笑った。
「名前はわかったんですけど、詳しい効果は不明でした」
「ほう。珍しいスキルだったのかい?」
「そうみたいです」
「名前は何というんだい?」
「《不落の運命守護》です!」
オスカーさんはしばらく考え込んだ。
「……ふむ。確かに聞いたことがない名前だね」
「ですよねぇ……」
「守護というからには、何かを守る能力なのかもしれないが……」
「私もそう思うんですけど、使い方が全然わからなくて」
「なるほど」
オスカーさんは少し考えてから、にっこりと笑った。
「まあ、今すぐ使えなくても困ることはないだろう?」
「……えっ?」
「君がこれから始めるのは、商売だからね。スキルがなくても、いい商品は作れるさ」
「……!」
確かに。
言われてみればそのとおりだ。
私が作ろうとしているのは、野菜を薄く切るための道具。
魔法も、特殊なスキルも必要ない。
前世で見たことのある便利な仕組みを、こちらの職人さんと協力して形にするだけだ。
「……そうですよね!」
「ああ。それに、君には面白い発想がある。商人にとって、それは十分に価値のある才能だよ」
「ありがとうございます!」
なんだかすごく嬉しかった。
特別なスキルがなくても、私にできることはある。
そう思えただけで、少し自信が湧いてきた。
「さて、それじゃあ仕事の話をしようか」
オスカーさんは机の上に、一枚の紙を広げた。
そこには、昨日私が描いた野菜スライサーの図があった。
「実はね、今朝、知り合いの職人に話をしておいたんだ」
「えっ!? もうですか!?」
「はははっ! 商売は早い者勝ちだからね」
オスカーさんは楽しそうに笑った。
「腕のいい職人でね。名前はガルド・ローヴェン。金属加工と木工の両方に詳しい、頼りになる男だよ」
「へぇ……!」
「今日の午後、工房に顔を出す約束をしてある。ユイさんも一緒に来てくれるかい?」
「もちろんです!」
ついに、私の考えた便利グッズが形になるかもしれない!
……なんだか、わくわくしてきた!
「ただし、ガルドは少し頑固な男でね」
「……頑固?」
「ああ。作れないものは作れないと、はっきり言う。遠慮というものを知らない職人なんだ」
「そ、そうなんですね……」
ちょっと怖そう。
でも、腕は確からしい。
「心配しなくていい。いいものを作るためなら、誰よりも熱心な男だよ」
オスカーさんはそう言うと、私が描いた図面を丁寧に丸めた。
「それじゃあ、午後になったら行こうか」
「はい!」
私は元気よく返事をした。
◇
その日の昼過ぎ。
私はオスカーさんと一緒に、リーベルクの職人街へ向かっていた。
大通りの賑やかさとは違い、こちらには木材を削る音や金属を打つ音が響いている。
工房の前には、作りかけの家具や道具が並んでいた。
「……すごいですね!」
「リーベルクの商売は、こうした職人たちに支えられているんだよ」
オスカーさんは、少し誇らしげに言った。
やがて、一軒の大きな工房の前で足を止める。
中からは、カン、カン、と金属を叩く音が聞こえていた。
「ガルド! いるかい!」
オスカーさんが声を張り上げると、奥から低い声が返ってきた。
「聞こえてる! そんな大声を出さんでもわかるわ!」
しばらくして、作業着姿の大柄な男性が現れた。
白髪の混じった短い髪。
太い眉。
節くれ立った大きな手。
年齢は五十代くらいだろうか。
男性は腕を組み、私をじろりと見た。
「……で、そいつが例の娘か?」
「そうだよ。ユイさんというんだ」
「あ、はじめまして! ユイです!」
私が頭を下げると、男性は鼻を鳴らした。
「ガルド・ローヴェンだ。……で?」
「……はい?」
「お前さんが考えたっていう、野菜を切る道具だ」
ガルドさんは、オスカーさんが持っていた図面を指差した。
「面白いとは思うがな、絵に描いたとおりに作れるとは限らんぞ」
「は、はい!」
「特に、この刃の部分だ。固定の仕方を間違えりゃ、使い物にならん。安全性だって考えにゃならん」
「そうですよね……」
「それに、刃を交換できるようにするなら、仕組みも複雑になる。値段が高くなりすぎりゃ、誰も買わん」
私は黙って頷いた。
……確かに。
前世では当たり前に売られていた道具でも、この世界で同じように作れるとは限らない。
材料も、加工技術も違うんだから。
「だから、まずは一番簡単な形から作ってみたいんです!」
私は思い切って口を開いた。
「刃の交換は後回しでいいです。最初は薄切りだけできれば十分なので!」
ガルドさんの眉が、ぴくりと動いた。
「……ほう?」
「それで、もし上手く切れなかったら、刃の角度とか、板の形を変えてみたいです!」
「……ふむ」
ガルドさんは腕を組んだまま、しばらく私を見つめた。
そして。
「……悪くねぇな」
「えっ?」
「最初から全部盛り込もうとするやつは、大抵失敗する。まずは作って、試して、それから改良する。道具作りの基本だ」
そう言うと、ガルドさんは口元をわずかに緩めた。
「よし。やってみるか」
「……本当ですか!?」
「ああ。ただし、変なものができても文句は言うなよ」
「言いません! ありがとうございます!」
私は勢いよく頭を下げた。
やった!
ついに、初めての商品開発が始まる!
オスカーさんも満足そうに頷いている。
「はははっ! どうやら、いい仕事になりそうだね」
私は改めて工房の中を見渡した。
木材。
金属。
工具。
そして、腕のいい職人さん。
ここから、私のアイデアが本物の商品になるんだ。
……うん!
女神様からもらったスキルはまだよくわからないけど。
それでも、今の私にはできることがある。
前世で当たり前だった便利な道具を、この世界でも使えるようにすること。
そして、その道具で誰かの暮らしを少しでも楽にすること。
まずは、そこから始めよう。
「よろしくお願いします、ガルドさん!」
「おう。しっかり働いてもらうぞ!」
「はい!」
こうして私は、異世界で初めての商品開発に乗り出した。
……あれ?
私、恋愛するために転生したんだよね?
なんだか、すっかり仕事が楽しくなってきちゃったんだけど。
まあ、いいか!
恋は焦らず、仕事は着実に。
きっと、そのうち素敵な人にも出会えるはず。
……だって、女神様が保証してくれたんだから!




