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恋愛経験ゼロの私、愛の女神様に同情されて異世界転生! ~《不落の運命守護》で運命の伯爵様を守ります~  作者: 月城宮 雅仁


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第3話 ベルマン商会と初めての商談

「ここが、私の店だよ」


オスカーさんが馬車を止めたのは、大通りから一本入った場所にある立派な建物の前だった。


一階は店舗になっているらしく、大きな窓の向こうには食器や調理器具、色とりどりの布製品が並んでいる。


入口の上には木製の大きな看板。


そこには見慣れないはずの文字で、『ベルマン商会』と書かれていた。


「……読める」


「ん? 何か言ったかい?」


「あっ、いえ! 立派なお店ですね!」


そうだった。


女神様が、こちらの言葉も読み書きもできるようにしてくれたんだっけ。


本当にありがたい。


……できれば、生活費も少し用意してほしかったけど。


「はははっ! ありがとう。 もっとも、私一人でここまで大きくしたわけじゃない。 従業員や職人たちのおかげさ」


オスカーさんはそう言って、店の扉を開けた。


中へ入ると、木の温かな香りが漂ってきた。


壁際には棚が並び、陶器の皿や木製の食器、鍋、裁縫道具などが整然と置かれている。


奥では何人かの店員さんが忙しそうに働いていた。


「お帰りなさいませ、会長!」


明るい声が響いた。


振り返ると、茶色い髪を肩のあたりで切り揃えた、若い女性がこちらへ歩いてくる。


年齢は二十歳くらいだろうか。


白いブラウスに濃い緑色のエプロンを身に着け、にこやかな笑顔を浮かべていた。


「ただいま、ミア。 留守中、変わったことはなかったかい?」


「はい! 注文品の納品も予定どおり終わりました。 それより、そちらのお客様は?」


ミアと呼ばれた女性が、私に目を向けた。


「あ、はじめまして! ユイといいます!」


「はじめまして! ミア・フェルネットです。ベルマン商会で働いています!」


「ユイさんは道中で知り合ってね。 これから一緒に商売をすることになるかもしれないんだ」


「えっ、そうなんですか!?」


ミアさんの目が輝いた。


「では、商人さんなんですね!」


「い、いえ! まだ何も始めていなくて……」


何しろ、今日異世界に来たばかりです。


……なんて、もちろん言えない。


「はははっ! 詳しい話は後にしよう。 ミア、悪いが二人分の食事を用意してもらえるかい?」


「かしこまりました!」


ミアさんは元気よく返事をすると、店の奥へ向かっていった。


「さあ、ユイさん。 こちらへどうぞ」


私はオスカーさんに案内され、二階にある応接室へと向かった。


◇


「お、美味しい……!」


目の前に置かれた温かいスープを一口飲んだ瞬間、思わず声が漏れた。


野菜と肉がたっぷり入ったスープに、焼きたてのパン。


それから、薄く切ったチーズと果物まで用意されていた。


「はははっ! 気に入ってもらえたようだね」


「はい! すっごく美味しいです!」


朝から何も食べていなかったせいもあるだろうけれど、本当に美味しい。


特にパンは外側が香ばしく、中はふんわりとしていて、前世で食べていたものと比べても遜色なかった。


「この世界の料理って、結構美味しいんですね……」


「この世界?」


「あっ! いえ、その……故郷とは味付けが違うなぁって!」


危ない危ない。


また変なことを言ってしまった。


オスカーさんは少し首を傾げたものの、それ以上は追及してこなかった。


食事が終わる頃、ミアさんが温かいお茶を運んできてくれた。


「それでは、改めて商売の話をしようか」


オスカーさんの表情が、少しだけ真剣なものに変わった。


「まず、馬車の中で話していた野菜を薄く切る道具についてもう少し詳しく聞かせてもらいたい」


「はい!」


私は机の上に置かれた紙と筆記具を借り、覚えている限りの形を描き始めた。


前世では、どこの家庭にもありそうな野菜のスライサー。


平らな板の中央に刃があり、野菜を滑らせることで薄く切れる道具だ。


「えっと、こんな感じです。ここに刃を取り付けて、野菜をこう動かすと……」


私は紙の上で指を動かしながら説明した。


「なるほど。 包丁を動かすのではなく、野菜を動かすのか」


「そうです! これなら、慣れていない人でも厚さを揃えやすいと思うんです!」


オスカーさんは図面を覗き込み、何度も頷いた。


「確かに便利そうだ。 だが、刃を板に固定するとなると、加工に工夫が必要だね」


「そこは職人さんに相談したいです!」


「うむ。それに、安全性も考えなければならない。指を切ってしまっては大変だからね」


「あっ、それなら!」


私は別の紙を取り、野菜を押さえるための部品を描き加えた。


「こういう持ち手を付ければ、直接野菜を握らなくても切れるようにできます!」


「……ほう!」


オスカーさんが身を乗り出した。


「それはいい! なるほど、最初から使う人の安全まで考えているのか」


「い、いえ! こういうものがあったら便利だなって……」


正確には、前世で見たことがあるだけなんだけど。


でも、それをそのまま作れるとは限らない。


こちらの材料や技術に合わせて、改良しなければならない部分もあるはずだ。


「ユイさん。君の考えたこの道具、ぜひ試作してみたい」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。まずは一つ作って、実際に野菜を切ってみよう。使いやすさと製作費を確認してから、販売できるか判断する」


オスカーさんは紙を手に取り、満足そうに笑った。


「上手くいけば、料理人だけでなく一般家庭にも売れるかもしれないね」


おお……!


なんだか、本当に商売が始まりそう!


◇


「さて、次はお金の話だね」


オスカーさんが机の引き出しから小さな袋を取り出した。


中から数枚の銀色の硬貨を取り出し、机に並べる。


「この国では銅貨、銀貨、金貨が使われている。さらに細かい単位や大きな額の貨幣もあるが、まずはこの三つを覚えておくといい」


「なるほど……」


「宿代や食事代は、店によって違うが、銅貨や銀貨で支払うことが多いね」


私は硬貨を一枚手に取った。


少し重みがあって、表面には王冠のような紋章が刻まれている。


本物の異世界のお金だ。


「それで、ユイさん。さっきも話したとおり、試作品の製作費はこちらで立て替えようと思う」


「えっ!? いいんですか!?」


「もちろん、無条件というわけではないよ」


オスカーさんは穏やかに微笑んだ。


「試作品が売れる商品になるなら、ベルマン商会で販売したい。 その場合は、利益の一部を君に支払う形にしよう」


「利益の一部……!」


それって、いわゆるインセンティブみたいなものだよね?


商品が売れれば売れるほど、私にもお金が入る。


「ただし、まだ商品が完成するかどうかもわからない。今の段階では、試作費用と生活費を分けて考えよう」


「生活費……?」


「君は今、宿に泊まるお金すら持っていないんだろう?」


「……はい」


そうだった。


商売の話が楽しすぎて、すっかり忘れていた。


「だから、まずは当面の生活費を貸そう。宿代と食費、それから必要な衣服を買う程度の金額だね」


「そ、そんなに……!?」


「ただし、こちらは貸付だ。君の収入が安定したら、少しずつ返してもらう」


オスカーさんはそう言うと、紙に条件を書き始めた。


貸す金額。


返済の方法。


利息は付けないこと。


それから、試作品の費用はベルマン商会が負担し、商品化が決まった段階で正式な契約を結ぶこと。


「こうして書面に残しておけば、お互いに安心できるだろう?」


「はい!」


ありがたい。


何より、きちんと契約内容を説明してくれるのが嬉しかった。


「ただ、私……本当に返せるかどうか……」


「そこは心配しすぎなくていい。もし商品化が上手くいかなければ、商会で働いて返してもらう方法もある」


「……なるほど!」


つまり、商品が売れなくても働き口はあるということだ。


それなら、挑戦してみる価値は十分にある。


私は契約書を読み、内容を確認してから名前を書いた。


「……よし!」


人生初の、異世界での契約成立!


オスカーさんは満足そうに頷いた。


「これで、君も立派な商売仲間だね」


「よろしくお願いします!」


私が頭を下げると、オスカーさんは楽しそうに笑った。


「こちらこそ。君の発想には期待しているよ」


……期待されちゃった。


これは、頑張らないと!


◇


商談を終えて一階へ戻ると、店内には何人ものお客さんがいた。


ミアさんが商品の説明をしたり、別の店員さんが会計をしたりと、みんな忙しそうに働いている。


私は邪魔にならないように店の隅から様子を眺めていた。


すると、オスカーさんが声をかけてきた。


「そういえば、ユイさん。君は身分証を持っていなかったね」


「はい。街に入るときも、仮の登録だけでした」


「それなら、明日にでも正式な身分証を作っておくといい」


「どこで作れるんですか?」


「商業組合でも手続きはできるが、まずは教会に行くことを勧めるよ」


「教会……?」


思わず聞き返した。


異世界の教会。


なんだか、ものすごくそれっぽい響きだ。


「教会では身元の登録に必要な証明書を発行してもらえる。それに、スキルの鑑定も受けられるからね」


「……スキルの鑑定!?」


私は思わず大きな声を出してしまった。


近くのお客さんが、こちらをちらりと見る。


「あっ、す、すみません……!」


慌てて声を小さくすると、オスカーさんは不思議そうに笑った。


「そんなに驚くことかい?」


「い、いえ! ちょっと興味があって……!」


スキルの鑑定。


それって、もしかして。


私の《不落の運命守護》が、どんな能力なのか詳しくわかるんじゃない!?


「教会では、専用の魔道具を使ってスキルを調べてもらえるんだ。普通は子供の頃に一度は受けるものだけれどね」


「へぇ……!」


「スキル名だけでなく、ある程度の性質もわかる。ただし、珍しいスキルだと詳しい効果までは判明しないこともあるらしい」


なるほど。


でも、何もわからないよりずっといい。


「私、明日行ってみます!」


「それがいい。場所はミアに聞くといいよ」


「はい!」


……よし!


女神様がろくに説明してくれなかったスキルの秘密が、ついにわかるかもしれない!


運命の人に出会えて、その人を守れる。


それ以外に、どんな能力があるんだろう?


もしかしたら、ものすごく便利なスキルだったりして。


……いや、あまり期待しすぎるのはよくないかな。


◇


夕方になり、私はオスカーさんに紹介してもらった宿へ向かった。


ベルマン商会から歩いて十分ほどの場所にある、小さな宿屋だった。


名前は『陽だまり亭』。


一階が食堂で、二階が客室になっているらしい。


「いらっしゃいませ!」


受付にいた女性が、明るく声をかけてくれた。


「ベルマンさんから紹介されたユイです!」


「ああ、話は聞いていますよ。お部屋を用意してあります」


女性はそう言って、部屋の鍵を渡してくれた。


案内された部屋は、それほど広くはなかったけれど、きれいに掃除されていた。


木製のベッド。


小さな机。


椅子が一脚。


窓からは、夕日に照らされた街並みが見える。


「……わあ」


私は荷物を置き、ベッドに腰を下ろした。


柔らかい。


前世のベッドほどではないけれど、十分に気持ちよかった。


「……ふぅ」


ようやく落ち着つける……


今日一日で、本当にいろいろなことがあった。


女神様に異世界へ送られて。


見知らぬ草原で目を覚まして。


お金がないことに気付いて絶望して。


でも、オスカーさんに助けてもらって。


気付けば、商売を始めることになっていた。


……展開が早すぎない?


異世界転生って、もっとゆっくり始まるものだと思っていたんだけど。


私はバッグからスマートフォンを取り出した。


電源を入れようとして、手を止める。


……やっぱりやめておこう。


この世界では充電できないだろうし、電池は大切にしなきゃ。


代わりに、窓の外を眺めた。


遠くには教会らしい高い塔が見える。


明日は、あそこに行くんだ。


「……不落の運命守護、かぁ」


私は小さくつぶやいた。


女神様が私のためだけに作ってくれた特別なスキル。


運命の人に必ず出会えて、その人を守れる。


……本当だったら、すごいよね。


「でも、その前に……」


私は机の上に置いた、小さな硬貨の袋を見つめた。


オスカーさんから借りた、当面の生活費。


まずはこれを、ちゃんと返さないと。


そして、自分の力でお金を稼げるようにならないと。


恋愛も大事。


でも、生活だって大事だ。


「よーし! 明日から頑張るぞ!」


私は両手を握りしめた。


まずは教会でスキル鑑定。


それが終わったら、試作品の製作に取りかかろう。


便利グッズをたくさん作って、いっぱい売って。


いつか、自分のお店なんか持てたら素敵だなぁ。


……あれ?


なんだか、恋愛より商売のことばかり考えているような。


「まあ、いいか!」


素敵な恋は、きっとそのうち訪れる。


だって、女神様が保証してくれたんだから!


私はそう信じてベッドに横になった。


明日は初めてのスキル鑑定。


どんな結果が出るんだろう。


……ちょっと楽しみ!


私は期待に胸を膨らませながら、異世界で迎える最初の夜を過ごした。

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