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恋愛経験ゼロの私、愛の女神様に同情されて異世界転生! ~《不落の運命守護》で運命の伯爵様を守ります~  作者: 月城宮 雅仁


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第2話 異世界で出会った商人さん

「……んん?」


頬を撫でる風が妙に心地よかった。


鳥のさえずりが聞こえる。


それから草木の匂い。


……あれ?


私、さっきまで女神様と話していたような。


「……はっ!」


慌てて目を開けると、そこには見知らぬ景色が広がっていた。


青い空に、緑の草原。


少し離れたところには森が広がり、目の前には石畳ではない、土を踏み固めただけの道が続いている。


そして、その道の向こうには大きな城壁に囲まれた街が見えた。


「……異世界だぁ」


思わず声が漏れた。


……本当に来ちゃった。


魔法とスキルがある夢の異世界!


私は勢いよく立ち上がり、両手を広げた。


「よーし! 今度こそ、素敵な恋をするぞー!」


……しん。


辺りには誰もいなかった。


風に揺れる草の音だけが、私の声を優しくかき消していく。


「……ちょっと恥ずかしい」


誰も見ていなくてよかった。


気を取り直して、自分の姿を確認する。


服装は前世で着ていたブラウスとスカートのまま。靴も会社帰りに履いていたパンプスだった。


肩には小さなバッグが掛かっている。


「……えっ、これも一緒に?」


バッグを開けてみると、財布とスマートフォン、それにハンカチや化粧ポーチまで入っていた。


どうやら、持ち物も一緒に転生したらしい。


「スマホ……圏外だよねぇ」


画面を点けてみたものの、案の定電波はない。


……当たり前か。


充電だってできないだろうし、今のうちに電源を切っておこう。


そうしてバッグを閉じたところで、私は重大な問題に気付いた。


「……あれ?」


財布の中にあるのは日本円。


当然、この世界で使えるはずがない。


つまり。


「……私、無一文じゃない?」


思わずその場にしゃがみ込んだ。


ちょっと待って、女神様。


異世界転生って、普通は多少のお金とか生活に必要なものを持たせてくれるんじゃないの?


いや、普通って何かは知らないけど!


「……どうしよう」


街は見える。


でも、入るのにお金が必要だったら?


宿に泊まるお金もないし、ご飯を買うお金もない。


しかも、私のスキルは《不落の運命守護》。


運命の人に出会えて、その人を守れるらしいけど……。


「……私の生活は守ってくれないのかなぁ」


もちろん、返事はなかった。


◇


それからしばらく、私は街へ続く道を歩いていた。


パンプスで土の道を歩くのは、思っていた以上に大変だった。


しかも、日差しが強い。


「……暑い」


異世界に来て、最初に感じたことがこれとは……


もう少し感動的な何かがあってもいいと思う。


そんなことを考えていたときだった。


背後から、ガラガラと車輪の音が聞こえてきた。


振り返ると、一台の馬車が近付いてくる。


二頭の馬に引かれた、大きな荷馬車だった。


「おや?」


御者台に座っていた男性が、私を見つけて手綱を緩めた。


年齢は四十代後半くらいだろうか。


少し丸みのある体格で、短く整えた茶色の髪に、手入れの行き届いた髭。


茶色の上着を着た、いかにも商人らしい男性だった。


「お嬢さん、こんなところで何をしているんだい?」


「えっ、あ、こんにちは!」


「こんにちは。 見たところ、旅人のようだが……ずいぶん珍しい格好をしているね」


男性は私の服装を見て、不思議そうに首を傾げた。


……しまった。


確かに、この世界でブラウスとスカートは珍しいのかもしれない。


「えっと、遠くから来たばかりで……」


「ほう。どちらから?」


「そ、それは……」


日本です。


なんて言っても、絶対に通じないよね。


私が返答に困っていると、男性は何かを察したように頷いた。


「まあ、旅にはいろいろ事情があるものだ。 無理に聞くつもりはないよ」


「……ありがとうございます」


「それより、街まで行くのかい?」


「はい!」


「なら、乗っていくといい。ここから歩くには、まだ少し距離があるからね」


「えっ!? いいんですか!?」


「もちろん。荷物を運ぶ馬車だから乗り心地は保証できないが、それでもよければ」


助かった!


正直、もう足が痛くなってきたところだった。


「あ、ありがとうございます!」


私は何度も頭を下げ、男性に案内されて荷台に乗り込んだ。


荷台には木箱や麻袋が積まれており、独特の香辛料のような匂いが漂っている。


「私はオスカー・ベルマン。 商人をしている」


「私はユイです! よろしくお願いします!」


「ユイさんか。 よろしく」


こうして私は、異世界で初めての知り合いができた。


◇


馬車に揺られながら、私はオスカーさんからいろいろな話を聞いた。


この国はエルフォード王国。


私たちが向かっているのは、商業都市リーベルクという街らしい。


「リーベルクは王国でも有数の商業都市でね。 職人も商人も多く、国内のさまざまな品物が集まるんだ」


「へぇ……! すごいですね!」


「王都アルヴェリアほど大きくはないが、商売をするにはいい街だよ」


王都!


なんだか、それだけでわくわくしてしまう。


「そういえば、ユイさんはリーベルクに知り合いがいるのかい?」


「……いません」


「泊まる場所は?」


「……決まってません」


「仕事は?」


「……ありません」


オスカーさんの表情が、だんだん心配そうになっていく。


「……お金は?」


「…………ありません」


しばらく沈黙が流れた。


馬車の車輪が、ガタゴトと音を立てる。


「……なるほど」


オスカーさんは、ゆっくりと頷いた。


「なかなか大変な旅をしているようだね」


「……はい」


大変どころか、第二の人生一日目にして無一文です…


「それなら、まずは仕事を探さないといけないね。 リーベルクなら働き口も多いし、住み込みで雇ってくれる店もあるだろう」


「住み込み……!」


それはありがたい。


仕事があって、住む場所もある。


最高じゃない!


……でも。


せっかく異世界に来たんだし、何か自分でやってみたい気持ちもある。


そんなことを考えていると、オスカーさんが積み荷の木箱を指差した。


「ちなみに、これが私の商売道具だよ」


「何が入っているんですか?」


「生活雑貨が中心だね。食器や調理器具、裁縫道具、それから日用品もいろいろ扱っている」


「へぇ……!」


私は興味津々で木箱を見つめた。


生活雑貨。


調理器具。


日用品。


……あれ?


それって、もしかして。


「オスカーさん、この国にはどんな便利な道具があるんですか?」


「便利な道具?」


「はい! 例えば、料理をするときに使うものとか、お掃除を楽にするものとか!」


「ふむ……そうだねぇ」


オスカーさんは少し考えてから、積み荷の中にあった小さな木箱を開けてくれた。


中には、木製の調理器具や金属製の道具が並んでいる。


包丁らしきもの。


木べら。


大きな匙。


それに、手回し式の道具もあった。


「おお……!」


思わず感心してしまった。


想像していたより、ずっとしっかりした道具がある。


「この辺りは一般家庭でもよく使われている品だよ。もちろん、もっと高価な魔道具もあるがね」


「魔道具!?」


「知らないのかい?」


「え、えっと……名前くらいは!」


危ない危ない。


異世界人だと怪しまれそうだった。


「魔道具は便利だが、値段が高いものも多い。だから庶民の暮らしでは、こうした普通の道具もまだまだ欠かせないんだ」


「なるほど……」


私は木箱の中をじっと見つめた。


魔道具がある。


でも、高価だから誰もが使えるわけじゃない。


それなら。


もっと安くて、便利なものを作れたら……?


「……あっ!」


思わず声を上げてしまった。


オスカーさんが驚いたようにこちらを見る。


「どうしたんだい?」


「い、いえ! ちょっと思いついたことがあって!」


「ほう?」


私は少し考えてから、慎重に口を開いた。


「例えばなんですけど、野菜を薄く切るための道具ってありますか?」


「野菜を薄く?」


「はい! 包丁で一枚ずつ切らなくても、刃の付いた板の上を滑らせるだけで、同じくらいの厚さに切れる道具です!」


オスカーさんが目を細めた。


「……ほう」


反応が変わった。


私は調子に乗って説明を続けた。


「それに、刃の部分を交換できるようにすれば、薄切りだけじゃなくて、細切りにもできると思うんです!」


「……なるほど」


オスカーさんは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「それは、なかなか面白い発想だね」


「本当ですか!?」


「ああ。似た道具がまったくないとは言い切れないが、私の扱う品にはないね。 もし安く作れるなら、料理人や家庭向けに売れるかもしれない」


おお!


これは、いけるのでは!?


「ほ、ほかにもあります!」


「ほう、まだあるのかい?」


「はい! 例えば、お掃除をするときに……」


そこから私は、思いつく限りの便利グッズについて話した。


柄の長さを調節できる掃除道具。


使わないときは小さく畳める収納用品。


片手で開け閉めしやすい容器。


もちろん、全部を私が作れるわけじゃない。


構造が複雑なものもあるだろうし、材料や加工技術の問題だってある。


でも、こういうものがあったら便利だという考えなら、いくらでも出てくる。


前世では当たり前のように使っていたものばかりだから。


気付けば、オスカーさんはすっかり話に聞き入っていた。


「……ユイさん」


「は、はい?」


「君は、なかなか面白い頭をしているね」


「えっ!? それ、褒めてます!?」


「もちろんだとも!」


オスカーさんは楽しそうに笑った。


「商人というのはね、人が欲しがるものを見つけるのが仕事なんだ。そして君は、どうやらその才能があるらしい」


「そ、そんな……!」


「いやいや。 今の話だけでも、十分に商売の種になる」


オスカーさんの目が、きらりと光った。


……あれ?


さっきまでの優しいおじさんとは、ちょっと雰囲気が違うような。


「ユイさん。もしよければ、その道具を本当に作ってみないかい?」


「……えっ?」


「私の商会には、腕のいい職人とのつながりがある。 試作品くらいなら、話を持ちかけられると思う」


「ほ、本当ですか!?」


「もちろん。ただし、商品になるかどうかは実際に作ってみないとわからないけれどね」


確かに。


アイデアがあるだけで、すぐにお金になるわけじゃない。


「でも……私、お金がなくて……」


そう言うと、オスカーさんはにっこりと微笑んだ。


「そこは相談に乗ろうじゃないか」


「……えっ?」


「君が考えた道具が売れるなら、私にも利益がある。 商人として、見逃す理由はないよ」


なるほど。


ただの親切というわけではないらしい。


でも、むしろそのほうが安心できる。


お互いに得をするなら、遠慮せず協力できそうだ。


「もちろん、貸したお金は返してもらうし、利益の分け方も相談して決める。 それでどうかな?」


私は少しだけ考えた。


知らない世界で、知らない人からお金を借りる。


本当なら、もっと慎重になるべきなのかもしれない。


でも、オスカーさんは条件を隠さず説明してくれている。


それに、何もせずにいたら今日泊まる宿すらない。


……よし。


「ぜひ、お願いします!」


私は勢いよく頭を下げた。


「はははっ! 決まりだね!」


オスカーさんは満足そうに笑い、再び馬車を走らせた。


こうして私は、異世界に転生して早々、商売を始めることになった。


……あれ?


私、運命の恋人を探すつもりだったんだけどなぁ。


まあ、いいか。


恋愛するにしても、まずは生活が安定していないと困るもんね!


◇


それからしばらくして、馬車は大きな城門の前に到着した。


近くで見る城壁は、想像していたよりずっと高かった。


門の前には商人や旅人が列を作り、鎧を着た兵士たちが荷物を確認している。


「……すごい!」


本当に、異世界の街だ。


馬車がゆっくりと進み、門番の前で止まった。


「おや、ベルマンさん。 今日は少し遅かったですね」


「道中で面白い出会いがあってね」


オスカーさんはそう言いながら、慣れた手つきで書類を差し出した。


門番は積み荷を確認し、今度は私に視線を向けた。


「そちらのお嬢さんは?」


「道中で出会った旅人だよ。 これから私の商会で世話をする予定なんだ」


「なるほど。身分証はありますか?」


……身分証!?


しまった。


そんなもの持ってない!


私が慌てていると、オスカーさんが横から声をかけてくれた。


「初めてこの街に来たそうでね。 身分証はまだ持っていないらしい」


「それなら、仮の入市登録が必要ですね」


門番はそう言って、記録用の紙を取り出した。


「名前と年齢を教えてください」


「ユイです! 二十五歳です!」


「出身地は?」


「えっと……と、遠いところです!」


……雑!


自分でもそう思う。


でも、ほかに答えようがない。


門番は少し不思議そうな顔をしたものの、オスカーさんが身元を保証すると言ってくれると、詳しく追及することはなかった。


簡単な確認を終え、私は無事に街へ入ることができた。


「……わあぁっ!」


門をくぐった瞬間、思わず声が出た。


石畳の道。


両側に立ち並ぶ木造と石造りの建物。


店先に並ぶ色とりどりの商品。


通りを行き交う人々の服装も、馬車も、看板も、何もかもが新鮮だった。


どこからか焼きたてのパンの香りが漂ってくる。


「……お腹すいた」


そういえば、朝から何も食べていない。


いや、そもそも今が何時なのかもよくわからない。


そんな私のお腹が、ぐうっと音を立てた。


「はははっ! まずは食事だね」


オスカーさんは笑いながら言った。


「商会に着いたら、何か用意してもらおう。 それから、これからのことを話し合おうじゃないか」


「ありがとうございます!」


私は深々と頭を下げた。


本当に、いい人に出会えた。


女神様がくれたスキルのおかげ……では、ないよね?


運命の人に出会えるスキルだし。


……まさか、オスカーさんが運命の人だったりして。


いやいやいや!


確かに優しいし、いい人だけど!


私が勝手に慌てていると、オスカーさんが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんだい?」


「な、何でもありません!」


危ない。


恋愛経験ゼロのせいで、考えが変な方向に飛んでしまった。


とにかく、まずは仕事。


それから生活。


恋愛はそのあとだ。


私は改めて、賑やかな街並みを見渡した。


ここから、私の新しい人生が始まる。


どんな人と出会って、どんな毎日を過ごすことになるんだろう。


不安もあるけれど、それ以上に楽しみだった。


……よし!


異世界生活、頑張るぞ!


まずは、お金を稼ぐところから!

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