第17話 お土産を買っていたら、伯爵様と再会しました!
「……十七日!」
私は宿屋『銀月亭』の前でもう一度つぶやいた。
何度確かめても今日は十七日だ。
……ふふっ。
当たり前のことなのに、こんなに嬉しいなんて!
何十回も繰り返した十六日がようやく終わった。
しかも、レオンハルト様も無事に助かった。
「……よかったぁ」
思わず頬が緩んでしまう。
あっ、そういえば。
「……今日って、仕事あるんだっけ?」
私は足を止めた。
最初に王都へ来たとき、十六日は自由に観光していいと言われていた。
でも、今日は十七日。
取引先との商談の続きがあるかもしれない。
……うん。
勝手に休むわけにはいかないよね!
私はひとまず、オスカーさんのところへ向かうことにした。
◇
「おはようございます、オスカーさん!」
宿の食堂に入ると、オスカーさんは朝食を取りながら書類を確認していた。
「おや、ユイさん。おはよう」
「今日のお仕事について確認したいんですけど、何か予定はありますか?」
「今日かい?」
オスカーさんは手元の書類を見た。
「ああ、取引先から連絡が来ていてね。昨日のうちに、商品の追加注文について社内で承認が下りたそうだ」
「本当ですか!?」
「ああ。あとは細かな納品時期と数量の調整だけだから、私と従業員で対応できるよ」
「そうなんですね!」
よかった!
商談も順調みたいね!
「ところで、ユイさん」
「はい?」
「昨日はずいぶん大変だったそうじゃないか」
「……えっ?」
オスカーさんが心配そうに私を見つめた。
「第三騎士隊の救護を手伝っていたんだろう? 宿に戻ったのも遅かったと聞いたよ」
「あっ、はい!」
そうだった。
オスカーさんにとって、昨日は一度きりの十六日なんだ。
私は少しだけ不思議な気持ちになった。
「騎士の皆さんが大怪我をされたので、治療のお手伝いをしていたんです」
「そうだったのか。怪我はしていないかい?」
「はい! 私は大丈夫です!」
「それならよかった。君は困っている人を見ると、放っておけないところがあるからね」
……うっ。
それは否定できない。
「ですから、今日はしっかり仕事を……!」
「はははっ! 今日は休んでいいよ」
「……えっ?」
「王都へ来てから、ずっと働き詰めだっただろう? 昨日も大変だったようだし、今日はゆっくりしておいで」
「……本当ですか!?」
「ああ。商談のほうも問題ない。せっかくだから、王都を楽しんでいくといい」
「ありがとうございます!」
私は勢いよく頭を下げた。
やったぁ!
今日はお休み!
それなら、やることは決まっている。
「……お土産!」
「ん?」
「あっ、いえ! ミアさんにお土産を買って帰ろうと思って!」
オスカーさんは楽しそうに笑った。
「そうか。きっと喜ぶだろうね」
「はい!」
私は満面の笑みで頷いた。
◇
「……あった!」
商業区の大通りを歩いていると、見覚えのある菓子店が見えてきた。
最初の十六日に訪れたお店だ。
焼き菓子がたくさん並んだ、可愛らしいお店。
「……懐かしいなぁ」
……いや。
普通に考えたらつい昨日のことなんだけど。
私にとってはもうずいぶん前の出来事なんだよね。
何十回も同じ日を繰り返していたんだから。
私は少し笑いながら、店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ!」
店員さんが明るく声をかけてくれる。
「あの、こちらの焼き菓子を一箱お願いします!」
私は迷わず、棚に並んでいた箱を指差した。
「ありがとうございます! 贈り物ですか?」
「はい! 友達へのお土産なんです!」
「それでしたら、リボンをお付けしましょうか?」
「ぜひ! 赤いリボンでお願いします!」
店員さんは少し驚いたように笑った。
「あら、ちょうど赤いリボンをご用意していたところなんですよ」
「……ふふっ!」
思わず笑ってしまった。
あの日と同じだ。
でも、今度は違う。
明日になっても、このお土産は消えない。
ちゃんとリーベルクへ持ち帰って、ミアさんに渡せるんだ。
「……ありがとうございます!」
私は包んでもらった箱を、大切にバッグへしまった。
よし!
これで、一つやり残したことが片付いた!
◇
お店を出た私は、そのまま商業区を散策することにした。
今日はお休みだし、急ぐ必要もない。
気になっていた雑貨店を覗いたり、露店で小さな飾りを眺めたり。
……ふふっ。
やっぱり、王都は楽しいなぁ!
そんなふうに歩いていたときだった。
「……ユイ殿?」
「……えっ?」
聞き覚えのある声がした。
私は振り返った。
通りの端に、一台の立派な馬車が止まっている。
その横には、見覚えのある男性が立っていた。
黒い髪。
澄んだ青い瞳。
そして、背の高い身体。
「……レオンハルト様!?」
思わず声が大きくなった。
……えっ!?
どうしてここに!?
しかも、昨日あんな大怪我をしたばかりなのに!
「お身体は大丈夫なんですか!?」
私は慌てて駆け寄った。
すると、レオンハルト様は少し驚いたように目を丸くした。
「……ああ。もう命に関わるような状態ではないよ」
「でも、昨日まで医療院にいたじゃないですか!」
「今日、医療師から伯爵家の屋敷で療養してもよいと許可が出たんだ。今は帰る途中でね」
……なるほど。
退院したところなんだ。
私はほっと胸を撫で下ろした。
「……それならよかったです!」
「心配をかけたな」
レオンハルト様は穏やかに微笑んだ。
……あっ。
また、その笑顔。
昨日、初めてこの人の命を救えたときも同じように笑ってくれた。
……本当に、よかった。
私は自然と笑顔になった。
「元気になられて、本当によかったです!」
「……ありがとう」
レオンハルト様は、少しだけ照れくさそうに視線を和らげた。
……って。
何だろう。
この人、やっぱり格好いいなぁ。
背も高いし、顔も整っているし。
しかも、声まで素敵。
……いやいやいや!
何を観察してるの、私!
相手は伯爵様だよ!?
◇
「ところで、ユイ殿」
「はい?」
「今日は買い物かい?」
「あっ、はい! お友達へのお土産を買いに来たんです!」
私はバッグから、赤いリボンの付いた箱を取り出した。
「これです!」
「焼き菓子か」
「はい! リーベルクにいる友達が、出発するときにお菓子を持たせてくれたので、そのお返しにと思って!」
「そうか。良い友人がいるのだな」
「はい! とってもいい子なんです!」
私は思わず嬉しくなってしまった。
ミアさんのことなら、いくらでも話せそう!
……でも。
「あっ、すみません! こんなお話ばかりしてしまって!」
「いや、構わないよ」
レオンハルト様は小さく笑った。
「君が楽しそうに話すので、こちらまで楽しい気持ちになる」
「……!」
……えっ。
今、何て?
楽しそうに話すから、楽しい気持ちになる?
……そ、そんなこと言われたら!
「そ、そうですか……!」
私は慌てて視線を逸らした。
何だろう。
顔が熱い。
……いけない。
これは、きっとあれだ。
……イケメン耐性がないだけ!
二十五年間、恋愛経験ゼロだったんだから仕方ないよね!
うん!
……絶対そう!
◇
「そういえば、レオンハルト様」
「何だい?」
「昨日のお約束、覚えていらっしゃいますか?」
「……約束?」
「あっ、ほら! お身体がよくなったら、一緒にお茶を飲もうって!」
「……ああ!」
レオンハルト様は思い出したように頷いた。
「もちろん覚えているよ」
「……よかった!」
……いや。
昨日のことなんだから、忘れてるわけないか。
私の時間感覚が、ちょっとおかしくなっているだけだ。
「医療師からは、しばらく安静にするよう言われている。だが、回復したら必ず時間を作ろう」
「はい! 楽しみにしています!」
私は笑顔で頷いた。
すると、レオンハルト様も柔らかく微笑んだ。
「……私も楽しみにしているよ」
……っ!
また!
またその笑顔!
何なんですか、この人!
格好よすぎません!?
私は心の中で盛大にツッコんだ。
◇
「隊長。そろそろお屋敷へ戻りませんと」
そのとき、馬車のそばから声がした。
振り返ると、セドリックさんが立っていた。
「あっ! セドリックさん!」
「ユイ殿。昨日は本当にありがとう」
「いえいえ! 皆さんが無事で何よりです!」
セドリックさんは穏やかに笑った。
そして、レオンハルト様へ視線を向ける。
「隊長。医療師からは、長時間立っていることも控えるよう言われております」
「……わかっている」
「でしたら、馬車へお戻りください」
……あっ。
そうだった。
まだ療養中なんだ!
「レオンハルト様! 早くお戻りください!」
私が慌てて言うと、レオンハルト様は少し困ったように笑った。
「……君までセドリックと同じことを言うのだな」
「当然です! 昨日あんなに大怪我をしたんですから!」
「……そうだな」
レオンハルト様は素直に頷いた。
「では、今日はこれで失礼するよ」
「はい! お大事にしてください!」
私は頭を下げた。
「ユイ殿」
「はい?」
「……改めて、昨日はありがとう」
レオンハルト様は、まっすぐ私を見つめた。
「君に救われた命だ。これからも、大切にすると約束しよう」
「……!」
その言葉に、私は少し驚いた。
……そっか、もうこの人は大丈夫なんだよね。
私が何十回も助けようとして、ようやく救えた命。
その命を、本人も大切にしてくれる。
……なんだか嬉しい。
「……はい!」
私はにっこり笑った。
「絶対ですよ!」
レオンハルト様は穏やかに頷き、馬車へ乗り込んだ。
やがて馬車がゆっくりと走り出す。
私はその姿が見えなくなるまで、手を振っていた。
◇
「……はぁぁぁ」
馬車を見送ったあと、私は大きく息を吐いた。
……びっくりしたぁ。
まさか、こんなところでレオンハルト様に会えるなんて。
しかも、昨日まであんなに大怪我をしていたのに、今日はもう歩けるほど回復している。
……私のスキルってすごいんだなぁ。
私は自分の手を見つめた。
《不落の運命守護》
レオンハルト様を救った不思議な力。
……でも。
「……本当に、あの人が運命の人なのかな?」
私は小さくつぶやいた。
確かに、スキルはあの人を救うために発動した。
時間も戻らなくなった。
だから、何か特別なつながりがあるのは間違いないと思う。
でも、それだけで運命の相手だと決めてしまっていいのかな?
……うーん。
女神様は、運命の人に必ず出会えるって言っていた。
でも、その人が誰なのか、どうやって見分けるのかまでは教えてくれなかった。
「……まあ、今すぐ決めなくてもいいよね!」
私は笑った。
あの人が運命の人かどうかは、まだわからない。
それに、私自身が好きになるかどうかだってこれからの話だ。
……ただ。
「……格好いいのは間違いないけど!」
思わず口にしてしまった。
……わぁぁー!
周りの人に聞かれてないよね!?
私は慌てて辺りを見回した。
幸い、誰もこちらを気にしていない。
……ふうっ、よかった!
私は小さく笑い、再び歩き出した。
まずは、王都でのお休みを楽しもう!
それから、リーベルクに帰ったらミアさんにお土産を渡さなくちゃ。
……そういえば。
伯爵様に会ったこと、ミアさんに話したらどうなるんだろう?
「…………」
私はしばらく考えた。
そして。
「……絶対、恋愛の話にされる!」
思わず頭を抱えた。
……うん。
これは、話す内容をよく考えたほうがよさそうだ。
◇
その頃。
王都の大通りを進む馬車の中。
レオンハルトは、窓の外を静かに眺めていた。
「隊長。お加減はいかがですか?」
向かいに座るセドリックが尋ねる。
「ああ。問題ない」
「それならよろしいのですが、医療師からの指示はお守りください」
「……わかっている」
セドリックは小さく息を吐いた。
「しかし、偶然でしたな」
「……何がだ?」
「ユイ殿とお会いできたことですよ」
「ああ。そうだな」
レオンハルトは短く答えた。
確かに、偶然だった。
馬車の窓から、見覚えのある女性が店を出てくるのが見えた。
それで、思わず声をかけたのだ。
……だが。
なぜ、自分はあんなに自然に彼女へ声をかけたのだろう。
改めて考えると少し不思議だった。
命を救ってくれた恩人。
もちろん、それだけでも十分に声をかける理由にはなる。
だが、彼女の顔を見た瞬間、声をかけたいと思った。
……ただ、それだけのことだ。
レオンハルトは、窓の外へ視線を戻した。
すると、ふと昨日の光景が脳裏に浮かんだ。
金色の光。
自分の手を握る、小さな手。
そして。
「……よかったぁ……」
そうつぶやきながら、一粒の涙をこぼしたユイの顔。
……あの表情。
なぜだろう。
思い出すと不思議な気持ちになる。
胸の奥が少しだけ温かくなるような。
それでいて、何か大切なことを忘れているような。
……いや。
忘れていることなど、あるはずがない。
昨日初めて出会った女性なのだから。
それに、自分はこれまで誰かに特別な感情を抱いたことなどなかった。
女性から好意を寄せられることはあっても、どう応えればいいのかわからず、いつも仕事を優先してきた。
恋人がいた経験も、実は一度もない。
……もっとも。
そんなことを、わざわざ誰かに話すつもりはないが。
「……隊長?」
「ん?」
「何か考え事ですか?」
「いや、何でもない」
レオンハルトは静かに答えた。
セドリックは一瞬だけ目を細めたが、それ以上は尋ねなかった。
レオンハルトは再び窓の外を見た。
……まずは、しっかり礼をしなければ。
昨日は命を救われたばかりで、十分な感謝を伝えられたとは思えない。
それに、彼女とはお茶を飲む約束もしている。
身体が回復したら、きちんと時間を作ろう。
そう考えたとき。
ふと、先ほどのユイの笑顔が浮かんだ。
「……楽しみにしています!」
明るく笑う、あの顔。
レオンハルトは無意識にわずかに口元を緩めた。
それを見たセドリックが静かに眉を上げる。
「……隊長?」
「何だ?」
「いえ。何でもありません」
「……?」
レオンハルトは首を傾げた。
セドリックが何を考えているのか、さっぱりわからなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
ユイという女性にもう一度会う約束ができた。
それが、なぜか少し楽しみだった。
……その理由については。
今のレオンハルトには、まだわからないのだった。




