第18話 伯爵様のことを友達に話したら、騒ぎになりました!
「ユイさん、そろそろ出発するよ!」
「はーい!」
王都アルヴェリアを訪れてから、数日が経った。
ベルマン商会の商談は無事にまとまり、私たちはリーベルクへ帰ることになった。
今回の出張では、便利グッズの追加注文が決まり、新しく開発した商品の取り扱いについても前向きな返事をもらえた。
商売としては大成功!
……そして、私個人としても。
「……いろいろあったなぁ」
私は馬車に荷物を積み込みながら、小さくつぶやいた。
初めての王都。
初めての大聖堂。
初めて見る珍しい魔道具。
それから、何十回も繰り返した十六日。
……うん。
改めて考えると、ものすごい出張だった。
そして何より。
レオンハルト・フォン・クラウゼル伯爵様。
あの人と出会って、命を救った。
……まさか、こんなことになるなんてね。
「ユイさん?」
「あっ、はい!」
オスカーさんに呼ばれ、私は慌てて顔を上げた。
「どうしたんだい? 何か考え事かな?」
「いえ! 王都って、本当にすごいところだったなぁって!」
「はははっ! 気に入ってもらえたなら何よりだよ」
オスカーさんは楽しそうに笑った。
「今後も王都との取引は増えるだろうし、また来る機会もあると思うよ」
「本当ですか!?」
「ああ。次の商談にも、ぜひ協力してもらいたいね」
「もちろんです!」
……よかった!
また王都へ来られるんだ!
私は嬉しくなって頷いた。
……あれ?
そういえば、レオンハルト様とお茶を飲む約束をしたんだった。
でも、今回は帰ることになったし、まだ伯爵様も療養中だし。
……まあ、元気になってからって言ってたもんね。
きっと、次に王都へ来たときにでも。
「……ふふっ」
私は小さく笑い、馬車へ乗り込んだ。
◇
王都からリーベルクまでは、ほぼ一日の道のりだった。
朝早く出発し、途中の宿場町で休憩を取りながら街道を進む。
窓の外を流れる景色を眺めていると、何だか少し不思議な気分になった。
王都へ向かうときは、ただ観光が楽しみだった。
珍しいものを見て、美味しいものを食べて、お土産を買って。
そんなことばかり考えていたのに。
帰りの私は、あの伯爵様のことを思い出している。
……いやいやいや!
別に、恋愛的な意味じゃないよ!?
命を助けた人なんだから、気になるのは当然だよね!
「……うん!」
私は一人で頷いた。
すると、隣に座っていたオスカーさんが不思議そうにこちらを見た。
「……ユイさん?」
「ひゃいっ!?」
……あっ。
変な返事しちゃった。
「何かあったのかい?」
「い、いえ! 何でもありません!」
「そうかい?」
オスカーさんは首を傾げたあと、再び書類へ視線を戻した。
……危ない危ない。
一人で考え事してるとつい声に出ちゃうんだよね。
気を付けよう。
◇
夕方。
見慣れた街並みが見えてきた。
「……あっ!」
私は思わず馬車の窓から身を乗り出した。
「リーベルクだ!」
王都に比べれば小さな街。
でも、半年以上暮らしてきた大切な場所だ。
石畳の通り。
見慣れたお店。
行き交う人々。
……何だろう、すごく安心する。
「……帰ってきたぁ!」
私が嬉しそうに声を上げると、オスカーさんが笑った。
「はははっ! すっかり、この街が故郷のようになったね」
「……はい!」
私は笑顔で頷いた。
前世の日本とは違うけれど。
ここにも、ちゃんと私の居場所がある。
……やっぱり、この街が好きだなぁ。
◇
「ユイさーーーん!!」
ベルマン商会へ到着した途端、元気な声が響いた。
「あっ! ミアさん!」
店の入口から、ミアさんが勢いよく駆け出してきた。
「お帰りなさい!」
「ただいま!」
「どうでした!? 王都は!?」
「すっごく楽しかったよ!」
「わあ! いいなぁ!」
ミアさんは目を輝かせた。
「王城は見ました!? 大聖堂は!? それから、珍しいお店とか!」
「うん! 全部見てきたよ!」
「ええっ! 羨ましいです!」
……ふふっ。
相変わらず元気だなぁ。
私は思わず笑ってしまった。
「あっ、そうだ!」
私はバッグを開けた。
「ミアさんにお土産!」
「……えっ!?」
赤いリボンで包まれた焼き菓子の箱を取り出すと、ミアさんは嬉しそうに両手を合わせた。
「わあぁっ! ありがとうございます!」
「王都のお菓子屋さんで買ったんだ!」
「すごい! 綺麗な包装ですね!」
「でしょう?」
ミアさんは箱を大切そうに抱えた。
「ユイさん、大好きです!」
「えへへ。私も!」
二人で笑い合った。
……よかった。
今度こそ、ちゃんとお土産を渡せた。
最初の十六日に買ったはずのお菓子は、時間が戻って消えてしまった。
でも、ちゃんとミアさんの手元に届いた。
……なんだか、感慨深いなぁ。
◇
その日の仕事がひと段落したあと。
私はミアさんと、いつもの喫茶店へ向かった。
「それで、それで! 王都のお話、もっと聞かせてください!」
「ふふっ。何から話そうかなぁ」
私は温かいお茶を飲みながら、王都で見たものについて話し始めた。
大きな王城。
美しい大聖堂。
珍しい魔道具。
賑やかな市場。
ミアさんは、何度も目を輝かせてくれた。
「すごーい! 私もいつか行ってみたいです!」
「うん! 本当に楽しかったよ!」
「……ところで〜」
「ん?」
ミアさんが、にやりと笑った。
……あっ。
……この顔。
何となく、嫌な予感がする。
「素敵な男性には、出会えましたか?」
「ぶっ!?」
危うくお茶を吹き出すところだった。
「な、何で急に!?」
「だって、出発前に約束したじゃないですか!」
「そ、それはそうだけど……!」
「で、どうだったんですか!?」
ミアさんが身を乗り出した。
……うっ。
そうだった。
王都で素敵な人に出会ったら教えてって言われていたんだ。
……でも。
レオンハルト様のことを話したら、絶対に大騒ぎになるよね。
「……えっと」
私は少し考えた。
別に、隠すようなことじゃない。
恋愛関係になったわけでもないし。
ただ、伯爵様を助けただけだ。
……普通に話せば大丈夫!
「実はね、王国の騎士さんと知り合ったんだ」
「……騎士様!?」
ミアさんの目が輝いた。
「しかも、その方がとっても格好よくて……」
「……!!」
あっ。
しまった。
……余計なことを言ってしまった!
「どんな方ですか!?」
「え、えっと……黒い髪で、青い目をしていて……」
「はいはい!」
「背が高くて、すごく誠実な人で……」
「はいはいはい!」
……ちょっと。
ミアさん、顔が近い!
「それで、その人は……伯爵様なんだけど……」
「…………」
ミアさんの動きが止まった。
「……伯爵?」
「うん」
「……様?」
「……うん」
「…………」
ミアさんは、しばらく固まっていた。
そして。
「ええええええっ!?」
喫茶店中に響く声を上げた。
「ちょ、ミアさん! 声が大きい!」
「だ、だって伯爵様ですよ!? お貴族様ですよ!?」
「う、うん……」
「そんな方と、どうやって知り合ったんですか!?」
……そりゃ、そうなるよね。
私は苦笑いした。
「実は、その方が大怪我をして……」
「……えっ?」
「そしたら、私のスキルが発動して助けることができたんだ」
ミアさんは目を丸くした。
「……ユイさんの、あの謎のスキルが?」
「うん。どうやら回復の力があるみたいなの」
「……すごい!」
ミアさんは感動したように両手を握った。
「よかったですね! ずっと効果がわからなかったんですもんね!」
「うん!」
……あれ?
思ったより、普通の反応。
よかったぁ。
「それで、その伯爵様とは?」
「えっ?」
「そのあと、どうなったんですか!?」
「……えっと。お礼に、今度一緒にお茶を飲もうって約束したけど……」
「…………」
ミアさんが、ゆっくりと私を見た。
「……お茶?」
「う、うん」
「……二人で?」
「……うん」
「…………」
……あっ。
これは、まずい。
「ユイさぁぁぁん!!」
「ひゃあっ!?」
「それ、ものすごいことじゃないですか!」
「ええっ!? そ、そうなの!?」
「そうですよ! 伯爵様と二人でお茶なんて!」
「で、でも! 命を助けたお礼だから!」
「それでもです!」
ミアさんは興奮したように頷いた。
「……もしかして、運命の出会いだったりして!」
「……っ!?」
……その言葉。
実は、私もちょっと考えたんだよね。
でも。
「……まだ、わからないよ」
「……えっ?」
「確かに素敵な人だったけど、まだほとんどお互いのことを知らないし」
私は少しだけ笑った。
「それに、私がその人を好きになるかどうかだって、これからの話だから」
ミアさんは、私の顔をじっと見つめた。
そして、ふっと微笑んだ。
「……そうですね!」
「……うん!」
「でも、楽しみですね!」
「……えっ?」
「これから、もっと仲良くなれるかもしれないじゃないですか!」
……そっか。
そうだよね。
今すぐ恋愛関係にならなくても。
少しずつ、相手のことを知っていけばいいんだ。
「……うん!」
私は笑顔で頷いた。
◇
一方、その頃。
王都アルヴェリアのクラウゼル伯爵邸。
レオンハルトは、自室の椅子に腰を下ろしていた。
医療師からは、しばらく安静にするよう言われている。
そのため、騎士団の仕事も休み、屋敷で静養することになっていた。
……だが。
「……落ち着かないな」
レオンハルトは小さく息を吐いた。
普段は騎士団で忙しくしているため、こうして何もせずに過ごす時間には慣れていない。
机の上には、部下から届いた報告書が置かれていた。
それに目を通そうとした、そのとき。
ふと、ある女性の顔が浮かんだ。
……ユイ殿。
命を救ってくれた不思議な女性。
最初に出会ったときは、突然現れて救護の準備を進めるよう頼んできた。
ずいぶん行動力のある女性だと思った。
そして、自分が負傷したとき。
彼女は、懸命に治療を手伝ってくれた。
……いや。
それだけではない。
最後に見たあの表情。
「……よかったぁ……」
一粒の涙をこぼしながら、自分の手を握っていた。
……あの涙。
レオンハルトは、静かに目を閉じた。
あれほど安心した顔を、誰かに向けられたことがあっただろうか。
家族や部下たちが、自分を大切に思ってくれていることは知っている。
だが、昨日初めて出会った女性が、あんなにも心から生還を喜んでくれた。
それが、なぜか胸に残っていた。
……不思議な人だ。
そう思ったとき。
「兄上?」
扉の向こうから、女性の声が聞こえた。
「エレノアか。入っていいぞ」
扉が開き、栗色の髪をした若い女性が顔を覗かせた。
レオンハルトの妹、エレノア・クラウゼルだった。
「お身体の具合はいかがですか?」
「ああ。問題ないよ」
「本当に?」
「もちろんだ」
エレノアは少しだけ眉を寄せた。
「兄上は、いつもそうおっしゃいますから」
「……そうか?」
「ええ。今回は本当に心配したんですよ?」
「……すまない」
レオンハルトは素直に頭を下げた。
すると、エレノアは小さく笑った。
「……まあ、無事でよかったです」
そして、ふと首を傾げた。
「ところで、兄上」
「何だ?」
「命を救ってくださった女性がいらっしゃると聞きました」
「……ああ」
「どんな方なんですか?」
レオンハルトは、少し考えた。
「……そうだな」
明るくて、行動力があって。
初対面の自分にも物怖じせずに話しかけてきた。
それから。
「……よく笑う人だ」
「……えっ?」
エレノアが目を丸くした。
「よく、笑う?」
「ああ。話していると、自然とこちらまで笑顔になる」
「…………」
エレノアは、しばらく兄の顔を見つめた。
「……兄上」
「何だ?」
「その方とは、またお会いになるんですか?」
「ああ。お茶を飲む約束をしている」
「…………」
エレノアの目が、ゆっくりと見開かれた。
「……お茶?」
「ああ」
「……二人で?」
「その予定だが?」
「…………」
そして。
「……まあっ!」
突然、嬉しそうに声を上げた。
「兄上が、女性とお茶のお約束を!?」
「……何かおかしいか?」
「い、いえ! 何も!」
エレノアは慌てて首を振った。
しかし、その口元は明らかに緩んでいる。
「……ただ、少し驚いただけですわ!」
「……そうか」
レオンハルトは首を傾げた。
なぜ、妹がこんなに喜んでいるのだろう。
自分はただ、命を救ってくれた恩人に礼をしようとしているだけなのに。
……それだけなのだが。
「……ふふっ」
エレノアは楽しそうに微笑んだ。
「兄上、そのお茶会、楽しみですわね!」
「……ああ」
レオンハルトは静かに頷いた。
「……そうだな」
すると、またユイの笑顔が浮かんだ。
……楽しみにしています。
そう言って笑った、あの顔。
レオンハルトは、知らず知らずのうちに口元を緩めていた。
それを見たエレノアは何かを確信したように微笑んだ。
……兄上にも、ようやく春が訪れるのかしら?
もちろん、そんなことを口にすれば兄上はきっと否定するだろう。
だから、今は黙っておくことにした。
ただ、一つだけ。
エレノアは心の中で、そっと願った。
……いつか、そのユイ様という方にお会いしてみたいですわぁ。
兄上がこんなに穏やかな顔をする相手なのだから。
きっと、とても素敵な方なのだろう。
こうして、二人がまだ気付いていないところで、少しずつ新しい縁が広がり始めていた。




