第15話 伯爵様、今度こそ助けます!
「すみません! 腕のいい治療師さんを紹介してください!」
王都アルヴェリア、十六日の朝。
私は宿屋『銀月亭』の受付で、勢いよく頭を下げていた。
受付の女性は、突然のお願いに目を丸くする。
「治療師、ですか? どなたかお怪我を?」
「いえ、まだなんですけど……これから必要になるかもしれなくて!」
「……これから?」
……あっ。
しまった。
普通は怪我をしてから治療師さんを探すものだよね。
「えっと、知り合いに危険なお仕事をしている人がいまして! 念のため、腕のいい方を探しておきたいんです!」
「なるほど。それでしたら、王都の医療院をご存じですか?」
「医療院?」
「はい。王都でも腕のいい治療師の方々が集まっているところです。騎士団の方も利用されていますよ」
「そこです!」
思わず声を上げてしまった。
受付の女性が、びくっと肩を揺らす。
「あっ、すみません! ありがとうございます!」
私は教えてもらった場所を確認し、さっそく宿を飛び出した。
……よし!
今回は、今までと違う。
危険を知らせるだけじゃない。
伯爵様が負傷して帰ってきても、すぐに治療できるようにする。
そのために、準備できることは全部やっておこう!
◇
王都の医療院は、大聖堂から少し離れた場所にあった。
大きな石造りの建物で、入口には治療を待つ人たちが何人か座っている。
私は受付で事情を説明し、責任者の方に話を聞いてもらうことにした。
「……騎士隊の帰還に備えて、治療師を待機させたい?」
白い服を着た年配の男性が、不思議そうに首を傾げた。
「はい! 今日、第三騎士隊が北の森へ向かうんです。もしかしたら、大きな怪我をする方が出るかもしれません!」
「それは騎士団からの正式な依頼ですかな?」
「……い、いえ。まだです」
男性は少し考え込んだ。
「気持ちはわかりますが、医療院にも患者がおります。正式な要請がなければ、治療師を何人も派遣することは難しいでしょう」
……そっか。
当然だよね。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「でしたら、私が騎士団にお願いしてきます!」
「騎士団に?」
「はい! 正式な依頼を出していただければ大丈夫なんですよね?」
「ええ。それなら調整は可能です」
「ありがとうございます!」
……よし!
次は騎士団だ!
◇
北門に到着すると、第三騎士隊はちょうど出発の準備をしていた。
私は見慣れた黒髪の男性を見つけ、まっすぐ駆け寄った。
「レオンハルト様!」
「……君は?」
……今日も初対面ですね!
もう何度目かわからないけれど、これだけは毎回ちょっと寂しい。
「ユイと申します! お願いがあります!」
「私に?」
「はい! 今日の調査に備えて、治療師さんを待機させていただけませんか?」
レオンハルト様は少し驚いた表情を浮かべた。
「治療師を?」
「北の森では魔獣が増えていると聞きました。もし負傷者が出た場合、すぐに治療できるようにしておきたいんです!」
レオンハルト様は、私の言葉を聞いて真剣な表情になった。
「……なるほど。確かに、救護体制を整えることは重要だな」
「……!」
「セドリック」
「はい、隊長」
「医療院へ連絡し、治療師の待機を要請してくれ。負傷者の搬送に使える馬車も手配する」
「承知しました」
……やった!
ちゃんと聞いてもらえた!
「ありがとうございます!」
私は勢いよく頭を下げた。
すると、レオンハルト様は穏やかに微笑んだ。
「礼を言うのはこちらだ。君のおかげで、見落としていたことに気付けた」
「そ、そんな……!」
「ところで、ユイ殿」
「はい?」
「君は、なぜそこまで我々を気にかけてくれるのだ?」
……あっ。
また、この質問だ。
私は少し考えてから答えた。
「……皆さんに、無事に帰ってきてほしいからです」
レオンハルト様は、静かに私を見つめた。
「……そうか」
そして、優しく笑った。
「ありがとう。その気持ちに応えられるよう、必ず戻ろう」
「……はい!」
……絶対ですよ。
私は心の中でそっとつぶやいた。
◇
その後、私はセドリックさんと一緒に救護の準備を進めることになった。
北門の近くにある詰所の一室を借り、治療師さんたちがすぐに治療を始められるようにする。
清潔な布。
包帯。
飲み水。
患者を運ぶための担架。
さらに、重傷者を医療院まで運べるよう馬車も用意された。
「……すごい」
私は部屋の中を見渡した。
必要なものが、次々と揃っていく。
「これなら、帰還したらすぐに治療できますね!」
「ああ。隊長が正式に指示を出してくださったからな」
セドリックさんはそう言って、少し笑った。
「それにしても、ユイ殿はずいぶん熱心だね」
「えへへ……」
「我々のために、ここまでしてくれるとは」
「……皆さんには、元気に帰ってきてほしいので!」
私はにっこり笑った。
本当は、もっと詳しく説明したい。
何度も同じ日を繰り返していること。
レオンハルト様が亡くなるたびに、時間が戻ってしまうこと。
でも、それを今伝えてもきっと混乱させるだけだ。
だから、今は自分にできることをしよう。
……うん。
まずは、それで十分!
◇
昼過ぎ。
第三騎士隊は、予定どおり北の森へ向かっていた。
私は北門の詰所で、治療師さんたちと一緒に待機していた。
途中、何度か騎士団から連絡が入った。
北の森で魔獣の群れと遭遇したこと。
負傷者が出たこと。
それから、隊長が部下たちの退却を援護していること。
……やっぱり。
何度繰り返しても、伯爵様は部下を守ろうとするんだ。
私は小さく息を吐いた。
……でも、今回は大丈夫。
きちんと準備してある。
今までよりも早く治療を始められるんだから。
「……絶対に、助ける」
私は小さく拳を握った。
◇
そして、夕方。
「負傷者が到着するぞ!」
詰所の外から、騎士の声が響いた。
私は勢いよく立ち上がった。
「来た!」
治療師さんたちも、すぐに動き出す。
外へ出ると、北門をくぐって何台かの馬車が入ってくるところだった。
負傷した騎士たちが、次々と運ばれてくる。
「こちらへ!」
「担架を用意して!」
「軽傷者は奥の部屋へ!」
詰所は一気に慌ただしくなった。
私は治療師さんの指示に従い、包帯や清潔な布を運んだ。
「ユイ殿!」
声のするほうを見ると、セドリックさんがこちらへ駆け寄ってきた。
「隊長が戻った!」
「……!」
私は急いで外へ向かった。
そこには、馬車から担架を下ろしている騎士たちがいた。
そして、その担架の上には。
「……レオンハルト様!」
黒髪の男性が横たわっていた。
鎧は大きく破損し、肩から脇腹にかけて深い傷を負っている。
顔色は青白く、呼吸も浅い。
……前より早く帰ってこられた。
でも、こんなに酷い傷……。
「早く中へ!」
私は治療師さんたちと一緒に、レオンハルト様を詰所へ運び込んだ。
◇
「……傷が深い!」
治療師の一人が、険しい表情を浮かべた。
「回復魔法を使います!」
淡い光が、レオンハルト様の身体を包み込んだ。
傷口が少しずつ塞がっていく。
私はその様子を息をのんで見つめていた。
……お願い。
今度こそ。
今度こそ助かって!
治療師さんたちは交代しながら、懸命に回復魔法を使い続けた。
しかし。
「……おかしい」
一人の治療師が、小さくつぶやいた。
「傷は塞がっているのに、生命力が戻らない……!」
「魔力を追加します!」
「いや、これ以上は身体への負担が……!」
……そんな。
私はレオンハルト様の顔を見つめた。
唇の色が薄い。
呼吸も弱々しい。
……どうして。
こんなに準備したのに。
こんなに早く帰ってこられたのに。
「……伯爵様」
私はそっと、その手を握った。
冷たい。
さっきまで、あんなに力強く部下たちを率いていたのに。
「……お願いです」
私は小さく呼びかけた。
「……助かってください」
すると。
レオンハルト様が、かすかに目を開けた。
「……ユイ、殿……?」
「はい! ここにいます!」
「……君が……準備してくれたのか……」
「はい! だから、もう大丈夫です!」
私はできるだけ明るく笑った。
「ちゃんと治療してもらって、元気になりましょう!」
レオンハルト様は、わずかに口元を緩めた。
「……そう、だな……」
その声は、今にも消えてしまいそうだった。
私は握った手に、少しだけ力を込めた。
……女神様。
私、頑張りました。
何度も何度も同じ日を繰り返して。
どうすれば助けられるのか必死に考えて。
ようやく、ここまで来られたんです。
……だから。
「……お願い」
私は心の中で、強く願った。
この人を助けたい。
もう一度、あの穏やかな笑顔を見たい。
この人に明日を迎えてほしい。
その瞬間。
胸の奥に、温かなものが広がった。
「……えっ?」
私は思わず、自分の胸元を見下ろした。
不思議な感覚。
これまで感じていたものと、よく似ている。
でも、今までとは少し違った。
怖くもない。
苦しくもない。
ただ、身体の奥から優しい温もりがあふれてくる。
「……何?」
そのとき。
私とレオンハルト様の重なった手の間から、小さな金色の光がふわりと浮かび上がった。
「……!?」
治療師さんたちが、驚いたようにこちらを向く。
「何だ、この光は……!?」
私は目を見開いた。
金色の光は、ゆっくりと広がりながら、レオンハルト様の身体を包み始めていた。
……まさか。
「……《不落の運命守護》?」
思わずその名をつぶやいた。
すると、光はまるで私の願いに応えるかのようにさらに強く輝いた。
私はレオンハルト様の手を、ぎゅっと握りしめた。
「……お願い」
もう一度、心から願う。
「……この人を、助けて!」
金色の光が、部屋いっぱいに広がった。




