第13話 伯爵様、今日は出かけないでください!
「……よし! 今度こそ!」
王都アルヴェリア、十六日の朝。
私は宿屋『銀月亭』の部屋で気合いを入れていた。
昨日までの調査で、ようやく有力な手がかりを見つけた。
レオンハルト・フォン・クラウゼル伯爵。
二十八歳にして、王国騎士団第三騎士隊の隊長を務める人物だ。
昨日の十六日、彼は北の森へ調査に向かい、夕方には消息不明になってしまった。
そして私は、また同じ朝に戻ってきた。
「……つまり、今日のうちに伯爵様を助ければいいんだよね!」
もちろん、あの人が時間逆行の原因だと決まったわけではない。
でも、何もしないで同じ日を繰り返すよりずっといい。
「問題は……」
私は鏡の前で、きちんと服を整えた。
「伯爵様に、どうやって話を聞いてもらうか!」
相手は貴族。
しかも騎士隊長。
普通の商人である私が、いきなり訪ねていっても会ってもらえるかどうか。
……うーん。
でも、悩んでいたって仕方がない!
「当たって砕けろ、だよね!」
……いや、砕けちゃ駄目か。
守りに行くんだから!
私は一人でツッコミながら宿を飛び出した。
◇
北門へ到着したのは、騎士隊が出発する少し前だった。
昨日と同じように、十数人の騎士たちが馬の準備をしている。
私は人の邪魔にならない場所から、黒髪の男性を探した。
……いたっ!
背が高く、黒髪を短く整えた男性。
周囲の騎士たちに落ち着いた様子で指示を出している。
レオンハルト様だ。
私は大きく息を吸い、一歩踏み出した。
「あ、あのーっ!」
近くにいた騎士さんが振り返った。
「どうしましたか?」
「クラウゼル伯爵様に、お話があるんです!」
「伯爵様に?」
騎士さんは少し驚いた顔をした。
「申し訳ありませんが、まもなく出発です。ご用件でしたら、こちらで伺いますよ」
「えっと……その……」
……どうしよう。
いきなり「今日、あなたの隊長が消息不明になります」なんて言ったら絶対に怪しまれる。
でも、嘘をつくのもよくない。
私は少し考えてから、思い切って言った。
「今日、北の森へ行くのは危険なんです!」
騎士さんが瞬きをした。
「……危険?」
「はい! ですから、できれば出発を延期していただきたくて……!」
「それは……」
騎士さんが困ったように言葉を濁した、そのとき。
「何かあったのか?」
低く、落ち着いた声が聞こえた。
振り返ると、先ほどまで離れた場所にいた黒髪の男性がこちらへ歩いてきていた。
「隊長。こちらの女性が、お話をしたいと」
騎士さんが説明すると、男性は私へ視線を向けた。
……わっ。
近くで見るとものすごく格好いい。
整った顔立ちに、まっすぐな青い瞳。
背も高くて、鎧姿がよく似合っている。
……ってぇ!
見とれてる場合じゃない!
「君が私に話があるという女性か?」
「は、はい!」
「私はレオンハルト・フォン・クラウゼルだ。君の名前を聞いてもいいだろうか?」
「ユイです!」
「ユイ殿か。どうした?」
……ユイ殿。
なんだか、すごく丁寧。
貴族の人ってもっと偉そうなのかと思っていた。
「実は、今日の北の森への調査についてなんですが……」
「ああ」
「その……とても危険なことが起きる気がして……」
レオンハルト様は、少しだけ眉を上げた。
「危険なこと?」
「はい! ですから、出発を取りやめてもらえませんか?」
……い、言っちゃった!
初対面の伯爵様に、いきなり仕事をやめてくださいって。
我ながらものすごいお願いだと思う。
レオンハルト様はしばらく私を見つめたあと、穏やかに口を開いた。
「心配してくれているのだな。ありがとう」
「……えっ?」
「だが、今回の調査は街道の安全を確かめるためのものだ。危険があるからこそ、我々が向かわなければならない」
……そっか。
……そうだよね。
危険だから行かない、というわけにはいかないんだ。
「……ですよね」
私は小さく肩を落とした。
すると、レオンハルト様が続けた。
「何か、具体的な情報があるのだろうか?」
「……!」
私は顔を上げた。
ちゃんと話を聞いてくれるんだ。
それなら……!
「昨日……じゃなくて、北の森で騎士の方たちが負傷する可能性があるんです。それから、伯爵様も……」
「私も?」
「その……帰ってこられなくなるかもしれません!」
周囲の騎士たちが少し驚いたように顔を見合わせた。
レオンハルト様もさすがに表情を引き締めた。
「それは、何を根拠に?」
「え、えっとぉ……」
……うっ。
一番聞かれたくないところ!
「私のスキルが、何かを知らせようとしている気がするんです!」
「スキル?」
「はい! 《不落の運命守護》というスキルなんですけど……」
レオンハルト様は少し考えた。
「聞いたことのない名だな」
「教会で調べても、詳しい効果がわからなかったんです。でも、危険を知らせる能力なのかもしれなくて……!」
これは完全な嘘ではない。
実際、何かを知らせようとしている可能性はある。
……たぶん!
「なるほど」
レオンハルト様は私の話を聞き終えると、隣にいた騎士へ視線を向けた。
「セドリック」
「はい、隊長」
「調査経路をもう一度確認しろ。北側の森について、追加の報告がないかも調べてくれ」
「承知しました」
セドリックさんと呼ばれた騎士が、すぐに動き始めた。
……えっ?
ちゃんと対応してくれるの!?
「君の話だけで任務を中止するわけにはいかないが、危険を示す情報を無視するつもりもない」
レオンハルト様はまっすぐ私を見つめた。
「知らせてくれて感謝する」
「……!」
……何、この人。
すごく誠実なんだけど。
しかも、ちゃんと話を聞いてくれる。
……ちょっと感動。
「ありがとうございます!」
私は勢いよく頭を下げた。
◇
その後、第三騎士隊の出発は少し遅れることになった。
セドリックさんが追加情報を確認した結果、北側の森で魔獣の目撃が増えていることがわかったらしい。
「ユイ殿、君の忠告のおかげで調査の準備を見直すことができた」
レオンハルト様がそう言ってくれた。
「い、いえ! 少しでもお役に立てたなら……!」
「それにしても、不思議なスキルだな」
「そ、そうなんです……」
「だが、その力で誰かを守ろうとしているのなら、きっと良いスキルなのだろう」
……!
私は思わず、レオンハルト様を見つめた。
女神様からもらったスキル。
教会でも詳しい効果がわからず、ずっと謎のままだった。
でも、この人はそんなスキルを良いものだと言ってくれた。
「……ありがとうございます」
自然と笑顔になった。
すると、レオンハルト様も小さく微笑んだ。
……あっ。
笑うと、ちょっと雰囲気が柔らかくなるんだ。
……って!
また見とれてる!
落ち着け、私!
◇
それでも、騎士隊の出発そのものは中止にならなかった。
追加の装備を整え、調査経路を確認したあと、レオンハルト様たちは北門を出ていった。
私はその後ろ姿を見送りながら、腕を組んだ。
「……うーん」
これで未来は変わるのかな?
出発時間も変わったし、準備だって増えた。
少なくとも、昨日とまったく同じ結果にはならないはずだ。
……そう思いたい。
私はひとまず宿へ戻り、夕方まで待つことにした。
◇
そして、その日の夕方。
「……第三騎士隊が戻ってきた?」
宿の食堂で聞いた話に、私は思わず顔を上げた。
どうやら、北の森へ向かった騎士たちが帰還したらしい。
……よかった!
私は急いで北門へ向かった。
門の前では、騎士たちが馬を下り、装備を片付けている。
その中に、見覚えのある顔があった。
「あっ! セドリックさん!」
私が声をかけると、セドリックさんが振り返った。
「……ユイ殿?」
「皆さん、無事だったんですね!」
「ああ。多少の負傷者は出たが、全員戻ってきたよ」
「……!」
全員。
ということは!
「レオンハルト様も!?」
セドリックさんは少しだけ表情を曇らせた。
「……隊長は、まだ戻っていない」
「……えっ?」
「負傷者を先に帰還させるため、隊長は森の奥に残ったんだ。すぐに合流する手はずだったが、まだ連絡が取れていない」
……そう、なんだ。
私は小さく息を吐いた。
準備を見直したことで、部下の騎士たちは助かった。
でも、伯爵様だけが戻っていない。
「……セドリックさん」
「何だい?」
「伯爵様が最後にいた場所って、わかりますか?」
「おおよその位置はわかる。だが、森の奥は危険だ。今は捜索隊を準備しているところだよ」
「……そうですか」
私は頷いた。
今すぐ私が森へ向かっても何もできない。
戦えるわけでもないし、道だって知らない。
……それなら。
「……次は、もっと具体的に調べなきゃ!」
私は心の中で決意した。
この時間逆行が本当に伯爵様を守るためのものなら、まだ終わらないはずだ。
そして、もしまた十六日に戻るなら。
今度はもっと早く動ける。
◇
その夜。
私は宿の部屋で、今日わかったことを整理していた。
まず、時間逆行について。
私がどんな行動を取っても、今のところ十六日から先へ進めない。
そして、もう一つ。
今日、私がレオンハルト様へ忠告したことで、騎士隊の準備や出発時間が変わった。
その結果、部下たちは全員帰還した。
でも、レオンハルト様だけは戻ってこなかった。
「……つまり」
私は机に向かい、指を折って考えた。
「やっぱり、伯爵様が鍵なんじゃないかな?」
まだ確証はない。
でも、他の誰でもなく、毎回伯爵様が消息不明になる。
それに、あの人のことを考えると不思議と胸の奥が温かくなる。
……うん。
これは、きっと偶然じゃない。
「……それにしても」
私は今日の出来事を思い返した。
黒い髪。
青い瞳。
真剣な表情。
そして、穏やかな笑顔。
「……格好よかったなぁ」
思わずぽつりと漏らしてしまった。
……って!
何考えてるの、私!?
今は恋愛どころじゃないでしょ!
……でも。
あんなに優しくて誠実な人なら、好きになる人も多いんだろうな。
私は頬を軽く叩いた。
「……よし!」
まずは、伯爵様を助けること。
恋愛のことはそれから考えればいい。
私は明日の調査で確かめたいことを頭の中で整理し、ベッドに横になった。
◇
そして翌朝。
窓から差し込むいつもの朝日。
机の上には、見慣れた予定表。
「……やっぱり、十六日かぁ」
私は小さく笑った。
「……よーし! 伯爵様、今度こそ助けますからね!」
今度は、ただ危険を知らせるだけじゃない。
何が起きるのか。
どこで起きるのか。
その原因を調べて、きちんと防ぐ。
私は勢いよくベッドから起き上がった。
こうして、私の伯爵様救出作戦が本格的に始まったのだった。




