第12話 守るべき人見つけたかも?
「さて、今日はどこから調べようかな!」
私は宿屋『銀月亭』の部屋で、王都の地図を広げていた。
今日も十六日。
これで三回目の十六日かぁ。
すでに二度も同じ一日を過ごし、時間が戻っていることは確認できた。
そして、一つの可能性に思い至っていた。
《不落の運命守護》
女神アモリア様が授けてくれた特別なスキル。
もし時間逆行がこの能力によるものなら、きっと理由がある。
そして、その理由は……。
「運命の人を守るため、だったりして?」
私は地図を見つめながら、昨日考えた仮説をもう一度整理した。
十六日に誰かが危険な目に遭う。
その人を助けるために時間が戻っている。
……もしそうなら!
「今日中に、その人を見つければいいんだ!」
……よし!
やることは決まった!
あとはどうやって探すかだけ。
「……それが一番難しいんだけどね!」
私は一人で突っ込みながら、地図を畳んだ。
◇
まず向かったのは王都の大通りだった。
人の集まる場所には情報も集まる。
これは前世でも、こちらの世界でも同じはずだ。
私は市場の近くにある食堂に入り、軽く朝食を取ることにした。
「いらっしゃい! お好きな席へどうぞ!」
元気のいい女性店員さんに案内され、窓際の席に腰を下ろす。
注文したのは温かいスープとパン。
……普通に美味しい。
同じ日が繰り返されているからといって、お腹まで満たされた状態に戻るわけじゃない。
朝になれば、ちゃんとお腹が空くんだから。
……あれ?
「じゃあ、毎日違うものを食べても翌朝にはお金が戻ってるってこと?」
私は財布を覗いた。
確かに昨日使ったはずのお金が、元に戻っている。
「……すごい!」
いやいやいや。
感心している場合じゃない!
調査、調査!
私は食事をしながら周囲の会話に耳を傾けた。
すると、少し離れた席に座っていた男性たちの声が聞こえてきた。
「そういや、第三騎士隊が今日、王都の外へ出るらしいな」
「また魔獣の討伐か?」
「いや、街道の警備と周辺の調査だそうだ。最近、北側の森で魔獣が増えてるって話だからな」
……第三騎士隊?
私は思わず顔を上げた。
「隊長は、あのクラウゼル伯爵だろ?」
「そうそう。若いのに腕が立つって評判の」
「剣の腕なら、王国でも指折りらしいぞ」
「へぇ……」
伯爵様!
騎士隊長!
しかも剣の達人!?
なんだか、ものすごく異世界っぽい人が出てきた!
私は少し身を乗り出した。
「すみません! ちょっとお聞きしてもいいですか?」
男性たちが驚いたようにこちらを見た。
「ん? 何だい、お嬢さん?」
「そのクラウゼル伯爵様って、どんな方なんですか?」
「伯爵様かい? レオンハルト・フォン・クラウゼル様だよ。王国騎士団第三騎士隊の隊長さ」
「レオンハルト様……」
「まだ二十八歳だってのに、領地の仕事も騎士の仕事も立派にこなしてるらしい」
「それに、部下の面倒見もいいんだと。貴族には珍しいくらい気さくな方らしいぞ」
……へぇ。
なんだか、素敵な人だなぁ。
……って!
違う違う!
今は恋人探しじゃなくて、時間逆行の原因を調べているんだった!
「ありがとうございます!」
私は男性たちにお礼を言い、食堂をあとにした。
◇
「……第三騎士隊、かぁ」
食堂を出た私は、王都の北側へ向かって歩いていた。
騎士隊が王都の外へ出る。
しかも、行き先は魔獣が増えているという北側の森。
……これ、ちょっと気になる。
もちろん、騎士さんたちは危険な仕事をしているわけだし、魔獣の討伐なんて珍しいことじゃないのかもしれない。
でも、私のスキルが誰かを守ろうとしているなら、危険な場所へ向かう人たちは調べておきたい。
「……よし!」
私は北門へ向かった。
城門に近付くと、武装した騎士たちが馬の準備をしている姿が見えた。
人数は十数人ほど。
その中に、ひときわ立派な鎧を身に着けた男性がいた。
背が高く、黒い髪をしている。
遠くからなので顔まではよく見えないけれど、周囲の騎士たちが彼に報告をしている様子から、隊長なのだろうと思った。
「……あの人が、レオンハルト様?」
私は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
すると、隣にいた騎士が声をかけてきた。
「お嬢さん、どうかされましたか?」
「ひゃっ!?」
……び、びっくりした!
「い、いえ! 騎士の皆さんが出発するところを見ていて……」
「ああ、そうでしたか」
騎士さんは穏やかに微笑んだ。
「これから北側の街道を調査するところなんです」
「そうなんですね! あの、危険な場所なんですか?」
「多少はね。ただ、隊長も同行しますから心配はいりませんよ」
「隊長というと……」
「クラウゼル伯爵様です。あの方がいれば、どんな魔獣が現れても大丈夫でしょう」
……すごい信頼!
私は改めて、黒髪の男性を見つめた。
その人は部下たちに何か指示を出すと馬に乗った。
「それでは、失礼します」
騎士さんが頭を下げる。
「あっ、はい! お気を付けて!」
私は慌てて頭を下げた。
やがて、騎士たちは城門を抜けていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は小さくつぶやいた。
「……あの人たち、大丈夫かな?」
胸の奥に、少しだけ気になるものが残った。
◇
その日の午後。
私は、王都の商業区で情報を集めることにした。
市場や食堂、宿屋。
人が集まる場所を回り、何か変わった出来事が起きていないか尋ねてみる。
すると、夕方近くになって気になる話を耳にした。
「……第三騎士隊が?」
「ああ。北側の森で魔獣と交戦したらしい」
通りにいた商人たちが話していた。
「それで、どうなったんですか?」
私が尋ねると、商人の一人が答えてくれた。
「詳しいことはわからんが、何人か負傷したらしいぞ」
「……負傷!?」
思わず声が大きくなった。
「命に別状はないんですか?」
「さあな。まだ詳しい報告は届いていないらしい」
……そうなんだ。
私は少し考え込んだ。
騎士隊が魔獣と交戦した。
しかも、負傷者が出ている。
……これって、もしかして。
「……怪しい」
私は小さくつぶやいた。
時間が戻っている理由。
それが、誰かの命を守るためだとしたら。
今日、危険な目に遭った人がいることは重要な手がかりになるはずだ。
「……よし!」
私は、さらに詳しい情報を集めることにした。
◇
日が沈み始めた頃。
私は再び北門の近くへ向かった。
すると、昼間よりも人が集まっていた。
門の前では、何人かの騎士が慌ただしく出入りしている。
「……何かあったんですか?」
近くにいた男性に尋ねると、彼は少し声を落とした。
「第三騎士隊が帰還したらしい。だが、隊長がまだ戻っていないんだと」
「……えっ?」
隊長。
……クラウゼル伯爵様?
「ほかの騎士たちは?」
「何人か負傷しているらしいが、戻ってきたそうだ。ただ、伯爵様は森の奥に残ったと聞いた」
……森の奥。
私は昼間見た、あの黒髪の男性を思い出した。
部下たちに指示を出していた、背の高い騎士隊長。
「……大丈夫、なのかな?」
そのとき、城門の向こうから騎士が一人駆け込んできた。
「報告! 第三騎士隊の隊長、レオンハルト・フォン・クラウゼル伯爵が、北の森で消息を絶ちました!」
「……!」
周囲がざわめいた。
私は思わず息をのんだ。
……消息不明。
しかも、魔獣が増えている森で。
「……まさか」
胸の奥に、あの不思議な感覚が広がった。
時間が戻る前にも感じた、あの感覚。
私は無意識に胸元へ手を当てた。
……この感じ、もしかして。
「……守らなきゃいけないのは」
私は北門の向こうを見つめた。
「……あの伯爵様?」
そうつぶやいた瞬間、胸の奥が小さく熱くなった気がした。
えっ?
何、今の?
私は驚いて胸元を見下ろした。
けれど、特に何かが見えるわけではない。
ただ、不思議と確信に近いものがあった。
……うん。
きっとそうだ。
女神様が授けてくれたスキル。
《不落の運命守護》
その力が今、誰かを守ろうとしている。
そして、その相手が。
レオンハルト・フォン・クラウゼル伯爵様なのかもしれない。
「……よし!」
私は小さく拳を握った。
もし本当にそうならやることは決まっている。
明日また時間が戻るなら、今度はもっと早く動こう。
騎士隊が出発する前に、何かできることがあるかもしれない。
……でも。
「……どうやって伯爵様に話しかければいいんだろう?」
私は遠ざかる北門を見つめながら、首を傾げた。
相手は伯爵様。
しかも、王国騎士団の隊長。
一方の私は、異世界に転生してきた普通の商人。
……身分差が、すごい。
「……まあ、何とかなるかな!」
私は自分に言い聞かせるように笑った。
今までだって何とかなってきたんだから。
きっと、今回も大丈夫!
私はそう決意し、宿へと戻った。
そしてその夜。
いつものように眠りについた私は、翌朝。
また、十六日の朝を迎えるのだった。




