レティーシャと杖 二
「あぁもう……うわぁ、なんて事を。持ち主はレティさんですから文句は言わないですけど」
見せられた杖の宝玉は壁と接触した部分が少し砕けて陥没し、小さく欠けている。
陥没した場所の周りには蜘蛛の巣状のひび割れが出来ていた。
破壊は目的でなく手段だったから手加減をしたんだろうけど庶民感覚としては信じられない。
「中に見えていた白い星みたいな模様も消えちゃっていますね」
俺はレティさんに驚きながら呆れたが、リルさんは他人事なのにまるで当事者のように宝玉を見て肩を落としている。
とても高価な物でも杖だ、馴染みが薄いから俺はこんな反応で済んでいる。
これがどこの企業の物でも良いから高級車だったらどうだ?
多分俺も自分の所有物ではない知り合いの高級車でも今のリルさんと同じような反応をすると思う。
「これでもうこの杖は金貨三百枚の価値はないんだから気兼ねなく加工してくれて大丈夫だよ」
俺達の心中を察してくれる事もなくレティさんだけが楽しそうにしている。
「リルさん、諦めましょう。もうなにをどう言ってもレティさんの言う通りにやって納得してもらいましょう」
多分この状況でもリルさんには杖の加工に大きな迷いがあるんだろう。壁に叩きつけた持ち主の心理と対比がなんとも言えないが。
実際、俺の意見を聞いてもまだオドオドしている態度だ。
「大丈夫ですよ。失敗、というか想像していた結果の物にならなくてもレティさんは本当に気にしたりしませんよ」
「おぉ?モビーはそういった点では私を信頼してくれているんだね。素直にうれしいよ」
更に楽しそうな声でレティさんは言う。
「えぇ、それはもう。だって、もしこれでどんな結果でもリルさんの事を責めようものならその人間性を疑いますもの」
俺が言い終わると同時に背中と後頭部の辺りにゾワゾワとしたなんとも言えないいつもの感覚が走る。
空気が変わったな。
「……モビー、それはどういった見解でかな?」
レティさんの態度は怒ってはいない。どちらかというと困惑している感じだろう。
「レティさんは杖をリルさんに加工してもらう為に自らの意思で杖の宝玉を壊した訳ですよね?」
「そうだよ。なにも問題はないはずじゃないか」
「表面上はそうでしょう、表面上は」
怪訝な顔で押し黙ってしまったレティさんに俺は説明をする。あくまでも俺が想定した状況をだが。
「高価な物を加工して失敗をしたら責任を取れないからと断られた。それならば高価な物でなくしてしまえば良い、そういう考えですよね?」
「うん、その通りだよ。なにか問題があるかな?」
「ありますよ。これだと、お前が断るから私は高価な物を壊して価値をないものにした。お前の気にしている責任を感じさせなくしたって話になりますけど」
「これのなにがいけないって言うんだい?」
レティさんの問いに俺は答えずにそのまま俺個人の見解を続けて伝える。
「だから指示の通りに加工をしろ。お前が断るから高額な物をダメにしたのに加工を断るのか?ではダメになった杖はどうするんだ?」
「っえ!?いや、待ってそんな事は私は」
焦って弁明かなにかを言いたいのであろうレティさんを遮って俺は続ける。
「私にここまでさせた責任をお前はどう取るつもりだ?」
「そんな事言ってない!思ってもいないよ!」
俺が言い終わるのに被せるように大きな声でレティさんが否定してきた。
よく見るとその瞳が潤んでいる、少しやり過ぎただろうか。
お酒が入って感情の振り幅が大きくなっているのを忘れていたのは俺も軽率だったな。
「回避させるはずだった責任が形を変えてもっと強制力のあるものでリルさんを縛ってしまうと思うんです、俺は」
気不味さに後頭部を右手で軽く掻きながら俺は言う。
そんな俺をレティさんはじっと見つめてくる。
恨みがましいというか、悔しいというかそういった視線でまっすぐ俺を見てくる。
「気を害してしまったのは謝罪します。申し訳ありませんでした」
見つめてくる彼女に俺は深々と頭を下げて謝罪する。
「………………」
頭を上げてレティさんに対するが、彼女はまだなにも言わず俺を見つめ続けている。
「レティさん。今の話の流れ、俺に対してだったら気にする必要はないんです」
少しだけ肩が震えた気がした。多分感情はまだ昂ぶっていても聞く耳は持ってくれているはずだ。
そうと信じて俺は続けて話す。
「俺に対してなら、またこの人は目的の為に無茶な事をしだしたな。仕方ないやりますよ……程度の気持ちで杖を加工します。でも」
一度リルさんの方へ視線を向ける。
肩を縮こまらせて右手を左手で被せて包み込んで胸の前に構え、祈るような見た目で不安そうに俺とレティさんを見ている。
「でもリルさんにはいけません、立場が違うんです。レティさんは本当に気にしていないんでしょうけど、リルさんと家族の人達は貴方に買われた事に違いはないんです」
しばらく沈黙がこの場を支配した。
最初に声を出したのはレティさんだった。
「買ったって言ってもそれは、形式ってもので」
その声は震えていて自信が感じられない。
レティさんの見た目がとても七百歳に見えない事もあって少女を泣かせてしまっているようで非常に心苦しい。
だが続ける。
「分かってます、分かっていますよ。でもリルさん達は例え奴隷でなくても命を買われた上での使用人なんです。買った主人の命令や指示はほぼ絶対と捉えしまうんです」
「それは……」
レティさんは呟きながら視線を足元に向けてまた黙ってしまった。
「レティさんは色んな側面を持っているは分かっていますが、その心根の部分は本当に良い人なんだと俺は思っています」
「……………」
「ですからもう少し、相手の立場や見え方で考えた後で命令や指示ではなく、そういった人達にはお願いをしてみてもらえませんか?」
「……お願い?」
「そう、お願いです。レティさんは杖を加工するにはリルさんの力が必要で、力がないとなにも出来ないんですよね?それだったら立場なんかは関係なく相手にはお願いをするべきだと思うんです」
七百歳の年上にこんな事を良い諭そうとしている時点で自分も中々に大概だなと思ってしまう。




