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歌舞伎揚を齧っているだけだったはずの異世界生活の話  作者: 宮清水 和


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レティーシャと杖 三

「あの……レティーシャ様。分かりました、私、杖を加工してみます」


 杖が破損したせいで。だけとは思えないがリルさんが自分から杖の加工を申し出た。

 雰囲気から決して自信があっての事ではなさそうだが。


「……良いの?」


 不安気な表情のままレティさんはリルさんへ駆け寄り確認する。

 その見た目と雰囲気が、本当に見た目通りの年齢の少女が反応しているようにしか見えない。

 なんか、こう、凄く居心地が悪くなる。良心の呵責が。


「はい。ですが本当に責任は取れませんよ?成功したかどうかも私には分かりませんし、レティーシャ様の理想と違う物になってしまうかもしれませんよ?」


 リルさんの言い方はなかなかに賢いというか、結果に対して明確な予防線を示している気がする。

 加工自体は成功して見た目に問題はないが、結果としてどんな性能を持つ事になるかなんて現時点では誰にも分からない。

 出来上がってから注文と違うと文句を言われても困るしかない。

 レティさんはそんな事は言わないだろうが。こういった立ち回りが奴隷というか管理されている立場の人間が自然と習得する物なのかもしれないな。


「大丈夫だよ。どんな結果でも文句も言わないし責任も感じなくて良いよ。この杖はもうモビーの物なんだから」


 リルさんの右手を両手で包み込んで握り、目をキラキラさせて聞き捨てならない事を口にした。


「ちょっと待ってください、なんですかそれ?」


 さらっと話の流れで大事な事を言わないで欲しい。

 俺はその杖を貰い受けた憶えはないぞ?


「だって、私の持ち物のままだとリルが手を出してくれないじゃないか」


 リルさんの手を握ったまま顔だけ俺に向けてレティさんは言い放つ。


「そうでしょ?ねぇ、リル」


 そうと思えば直ぐに向き直ってかなり顔を近づけてリルさんの目をじーっと見つめて心情を聞き出そうとしている。


「えっと、それはぁ、その……そう、何ですけど?」


 少し疑問符が付きそうな言い方でリルさんが困ったように俺に視線を向けてきた。助けを求めるようだ。

 それに追従してレティさんもこっちを見てくる。

 さっきまでの悲しそうな表情はどこへ行ったのか、少し勝ち誇ったように余裕がある表情で俺を見てくる。

 すると、なんか不意に右目だけ瞑ってきた。

 まさかウィンクか?ウィンクとか言わないよな?そもそもウィンクって概念がここにあるのか?

 現代日本人だってそうそうしないような事をこの異世界のエルフはするのか?


「ほら、リルはこう言っているよ?あまり困らせちゃダメだよ?」


 この人は!なんていやらしいんだ!


「読めましたよ。責任を三人に分割して共同正犯にするつもりですね?」


「キョードーセーハン?ですか?」


 俺の言葉をリルさんは全く分かっていないようだが、横のレティさんはもっとニヤニヤした表情に変わった。


「共同正犯っ言うのは彼の言葉でみんなで同じ罪を背負うって感じの意味だよ。計画に加担してなにをやったかは考慮しないでね」


 それなりに詳しくレティさんはリルさんに説明する。

 これもムラタさん由来の潜在知識なのか?


「杖の持ち主のモビー、加工を依頼する私、加工するリル。みんなで一緒、立場や身分は気にせず真の平等がここに産まれるのさ」


 高らかに言い切るような事じゃないだろ、こんな平等。


「これ以上リルを困らせて気が変わったらどうするのさ?モビー」


 腹立つなぁ、もう。

 どう足掻いても断れないし、落とし所がそれしかないじゃないか。

 自分の思い通りに事が進む事を確信して良い表情しているレティさんと、それとは対象的に困った表情を浮かべるリルさん。


「はぁ…………分かりましたよ。その杖、貰いました。良かったら修理してくれませんか?結果は問いませんから」


 深くため息を吐いてから俺は諦めて言った。

 ため息を吐いてそのまま足元を見ていたから視野が狭かったのだが、急に視界に何かが入ってきた。

 そしてそのまま身動き出来なくなった。

 レティさんが抱き着いてきていたのだった。


「ちょっと!なんですか!?」


「ありがとう、ありがとうねモビー……!」


 力こそ強くないが、俺の腕の上からレティさんは腕を回してきていたので直ぐに肩を押したりして身を離す事が出来ない。

 レティさんは抱き着きながら俺の胸の辺りに顔を埋めてきている。

 少しの間なんとか離れようとする俺と抱き着いてきたレティさんの二人でモゾモゾとする事になったのだが。


「…………気が変わっちゃいそうですねぇ、私」


 抱き着かれているのか捕縛されているのか分からない俺の耳にやたらと透き通っているように聞き取り易い声が入ってきた。

 声の主はリルさんだった。

 投げ出されていたのか、杖を拾い上げたようで左手で杖を持って右手の人差し指で宝玉の割れた所の部分をなぞっているようだ。

 さっき声は決してそんなに大きな声ではなかった。なかったがとても良く聞こえた。

 それはレティさんも同じだったようで。


「少し、はしゃぎすぎたかな……ごめんね、リル。モビーも」


 素早く俺に回していた腕を離してリルさんに向き直ったレティさんをリルさんは見ようともせず。


「いいえ。私は別に」


 宝玉をなぞり続けながら言い放った。

 これ、絶対に静かに怒っている人が取る態度じゃないか。


「そうだ。リルもモビーに抱き着いたら?喜びを共有する為に」


 なんとも妙な提案をリルさんにするレティさんの声には気不味さというか焦りのような物を感じる。


「出来ませんよそんな事。みっともない」


 吐き捨てるようにというか、レティさんの提案を斬り捨てるような雰囲気で断るリルさん。

 もしやこれか?以前にレティさんがリルさんは結構キツい性格をしていると言った理由は。

 俺の横で右手の人差し指をクイクイと動かして顔を近付けろいうような仕草をするレティさん。

 とりあえず従って少し斜めになる体制で頭をレティさんに俺は近付けた。


(モビー。モビーがリルを抱きしめてあげてよ)


 レティさんが小声でそんな事を俺に耳打ちしてくる。


(嫌ですよ。それって色んな意味で失礼じゃないですか)


(そんな事を言っててリルがやっぱり止めるとか言ったらおしまいだよ)


(だからってリルさんみたいに可愛い女性に俺みたいなのが理由もなく抱き着いたら問題でしょうが)


「今度は私に聞こえないようにお二人だけで内緒のお話ですか?……私悲しいです」


 どんどん雲行きが怪しいというかおかしくなっていく。

 どうしてこんなに気不味い空気になっているんだ?

 そもそも俺はレティさんの杖がどうなろうがあんまり関係がないんじゃないか?

 ただ、そんな考えがあったとしても事ここに至っては謝るしかない。俺のせいじゃない気はするが、無関係ではないからなぁ。


「あの、リルさん」


 声を掛けながらリルさんに俺は歩み寄ってみた。


「……はい?」


 宝玉をなぞるのを止めて近付いた俺をリルさんが見つめる。

 その顔には表情が見えない、静かな水面のような印象を受ける。その水面下にはどんなものがあるのだろうか?


「何と言いますか、俺とレティさんが二人で勝手に騒いで申し訳なかったです」


 これはリルさんに対して有効な謝罪か?頭を下げながら俺は思考する。

 そもそも俺が謝罪している事柄はリルさんの気分を害した理由として正しいのか?彼女が望んでいるのは謝罪でいいのか?

 そんな事を考えているとリルさんが俺に近付いてくる気配がした。


(そのまま聞いてくださいね?私を可愛いと言ってくれて、嬉しかったです)


 俺の左耳の直ぐ側でリルさんが囁いてきた。

 俺とレティさんの会話が聞こえていたのか?あの小声で?

 エルフやドワーフって聴覚が人間より発達しているんだろうか?

 というかなんだ。耳元で囁かれてすごくドキドキした。

 いや、今もドキドキしている。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、リルさんが少し離れた気配がした。


「頭を上げてください、モビーさん」


 そうリルさんに言われて俺は素直に頭を上げた。

 目の前にはリルさんの顔があった。

 その表情はまだ静かな水面のようだったが次の瞬間、穏やかに微笑んだ。


「冗談ですよ?怒ってなんかいませんよ?」


 とても穏やかな口調で、しかしどこか悪戯っぽくもある口調でリルさんは言った。


「レティーシャ様もダメですよ?モビーさんは基本的に誰かに触られるのが苦手な方なんですからね?」


 リルさんのレティさんへの口調は年上の少女が年下の子に諭すようなそんな感じだ。


「そうだね。うん、うっかりしていた。気を付けるよ」


 レティさんも謝罪をして一応この雰囲気はここで終わりになったようだ。ようだが。

 果たしてリルさんの真意はどこだったんだ?

 それを聞く気にはなれない。

 女性って怖いなぁ、こんな感覚日本じゃ味わった事もなかったな。


「さぁ!ではとりあえずどうにかしてみましょうか、この杖を」


 リルさんの元気の良い声が厩舎に響いた。

 これが幕引きだな、微妙な空気の。

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