王都に向けて 十 終
厩舎の中に戻るとレティさんに入口をちゃんと閉めるように言われた。
聞かれてはいけない事がある、との事だ。
俺に伝える為には日本語で話すのが自然な訳で。
「少し気にし過ぎじゃないですか?」
人目を避けてここでコソコソと密談している方が目立つような気もするとも伝えた。
「そうでもないよ?これからここでする事は会話、情報のやり取りだけじゃないんだ」
なんだか思わせ振りな態度だ。
その意図が読めずに俺はリルさんなら何か分かるかと思いそちらを向く。
リルさんも同じだったらしく、同じ間でお互いを見た結果見つめ合う形になってしまった。
「なんでしょうかね?レティさんの会話以外の事って?」
「さぁ……?教えて頂いた魔法と関係ある事でしょうか?」
「お!流石はリルだ。その通り、魔法に関係する事だよ」
楽しそうとも感心したとも取れるような弾んだ声でレティさんがリルさんを軽く褒める。
「この杖を使ってもらったのは感覚を理解してもらう為。自分が行使する魔法の現象を体感して想像出来るほど……うん、強くなるって事なんだ」
なにか説明をしようとして言葉が出てこなかったな?
強くなるって、途中で雑になったぞ。
「リルに杖を使って行使してもらったあの魔法、杖を使ってあの大きさの火だ。燃え広がる物がないと木造の家を焼けるかも難しいね」
やるかやらないかは別の問題として。
確かにリルさんが飛ばしたあの火。レティさんが最後に飛ばした火の大きさはバスケットボール位だったか?
レティさんのあの火でも木の家の外壁にぶつかった程度では燃えたりはしない、気がする。
なにも無い空間で霧散するのは当然として火が存在する時間が短い。
そうなればリルさんが出した火の火力と継続時間ではもっと難しい。
「なんで燃えないと思う?モビー」
ここで俺に話を振るのか?
意見として知性が試されているのだろうか?
「なんでって、木が火にさらされてる時間が短いからでしょ?」
着火点に到達出来ないからだと思うんですけど、どうだ、レティさん?
「おぉ……正解」
おや?ちゃんと答えられないとでも思っていたのかな?
ダメですよ?レティさん。こっちは科学の発展した世界の人間なんだから。
なにをすればどうなるという検証をして現象が起こる事を頼りに発展した世界だ。
難しかったり使い手が限られるが魔法という結果だけが手に入るある意味単純というか簡素なそれとは違うのですよ。
「ごめん、ちょっと軽んじていたね。火が弱いからとか簡単な事を言ってくると思っていたよ」
「凄いです!モビーさん!」
謝ってくれているレティさんは良いんだけど、リルさんの反応が困る。
流石です!っとは言ってはいないが似たように褒めてくる存在がこんなに恥ずかしく感じるのは参る。
現代日本の教育水準だと大した事を言ってないんだよ、羞恥心が辛い。
「いや、それより話が気になるので続けてくださいレティさん」
さっさと話題を変えるに限るな、こういう場合は。
コクンと頷くとレティさんは引き続き説明を始める。
「リルが放った火、あれは言ってしまえば非効率なんだ。モビー、ユノミを出してくれるかい?」
なんでこの場面で湯呑みが必要なんだ?
とはいえ、レティさんの事だ。なにか説明に意図があるんだろう。
俺は湯呑みを出すと右手に持つ。
「熱湯を出して。一番熱い温度で」
「分かりましたけど、どうするんですか?」
素直に湯呑みの中に98℃で熱湯を出す。
「それを適当に床に撒いてくれる?」
えぇ〜?どういう事だ?なにがしたいんだ?
「別にいいですけど……」
言われるままに適当にお湯を床に撒いてみた。
ボワッと極小規模で砂煙みたいに砂塵が舞い上がる。
「これがなんなんですか?」
俺の横で見ているリルさんも困惑している感じだ。
そりゃそうだよね。
「その熱湯を撒いた所を触れるかい?リル」
レティさんは困惑しているリルさんに追撃を掛けるように指示を出す。
「この濡れた床、地面を触れば良いのですか?」
「そうだよ?触れないかな?命令ではないから無理に触る必要はないよ?」
熱湯が撒かれた場所からはもう湯気は出ていない。
見た目にそんなに熱そうだとも思えない。
だが、やけどをするかもしれない、この考えが触るのを躊躇させるのは当然だ。
俺はなにも言わずにしゃがみ込んで左手で床に触れた。
温かい、少し熱い気もするが触れる程度のものだ。
「モビーさん!?なんで!?」
「大丈夫、大丈夫ですよリルさん。温かい程度です」
絶叫ではないがかなりの声量の大きな声を出させてしまった。
俺が触る、位の声掛けはしておくべきだった。
配慮が足らず二人を驚かせてしまった。二人を。
「君がそんな行動に出るとは思っていなかった。完全に私の悪手だね、ごめんね二人とも」
レティさんも驚いていた。
せめて最初に俺に床を触れと言ってほしかったものだが。
「レティさん。なにかの理屈を説明したいっていうのは分かります」
立ち上がってレティさんへ向き直って俺は言葉を続ける。
「危険が伴ったり、感じさせる。そんな行動を誰かにさせるような事はやめましょう」
怒ってはいけない。
しかし、叱って教えなければいけない。
俺から見れば何でも知っていて魔法も使える700年も生きている人。
こんな人でも学ぶ機会がなければ知らない事は知らない。
いけない事をいけないと言ってあげる事は大事だ。
「そうだね、軽く考えていたよ。本当にすまない」
大丈夫、彼女は大丈夫だ。
レティーシャという女性はこれをちゃんと学んでくれる。
次は同じ事はしないと、確信がある。
「それで、何の説明がしたかったんですか?」
叱るような話はこれで終わり。
本題に入ろう。
俺の方で場を元に戻して整えなければ。
「ん、今度はユノミに熱湯を同じ温度と量で出してもらって良い
?」
レティさんは少し遠慮がちというか、そういった態度で先程と同じ事をお願いしてきた。
「良いですよ」
同じ温度、水量で熱湯を出してみた。
「これを今度はどうするんですか?」
「床に置いてくれるかな?」
「はぁ……良いですけど」
言われた通りに床、地面に湯呑みを置く。
中身の熱湯からは湯気が立ち昇っていて熱そうだというのが視覚でも理解出来る。
置く為にしゃがみ込んで、そのまま湯呑みを見つめる。
その横に並んでレティさんがしゃがみ込む。
次いでリルさんもしゃがんで、俺を真ん中に右からリルさん、俺、レティさんと並んで湯呑みを見つめる。
なんだこれ?どういう絵面なの、これ?
「あの、これが?」
無為に時間を過ごしているようで堪らず声を出す。
「このユノミの中の熱湯はまだ熱いままだよね?さっきと同じなのに」
あぁ、なるほどそういう事か。
「一つの場所に留めていたり、まとめていた方が熱が逃げていかないって話がしたいんですね?」
「そういう事」
「じゃあ最初からそう言えばいいじゃないですか。回りくどくありませんか?」
レティさんは目を瞑ってやれやれみたいな感じに頭を振る反応をしてくる。
反応が海外ドラマみたいだ、感性が欧米のノリなんだろうか?そんな片鱗は今まででも何度か見ているしな。
「実体験として理解しておかないと想像には結び付きにくいのさ」
「そういうものなんですか?」
俺は質問をしつつ、俺やリルさんに魔法を直ぐに使用出来るようにしてしまう程の識者のレティさんが言うのだからそうなんだろうなとどこかで納得もしていた。
「さて、リル。一連の流れで火と置き換えて見せた熱湯とで色々と考えが結び付いたかな?」
「私ですか?はい、いえ、なんとなくですが」
「それは結構。そんなもので良いんだよ、最初は。そのうち肌で分かるさ。さてと」
レティさんは立ち上がると、右手を上に向けた。
その右手の手のひらに眩しい光の球体が発生し、ゆっくり厩舎の天井あたりまで登っていった。
俺も立ち上がって天井付近に登っていった光の球体を見る。
目には眩しいが見れないほどでもない。
「照明はこんなもので良いかな」
照明。魔法でこういった照明も出せるみたいだ。
閃光出せるんだからこれも出来るのか。
……ん?待てよ?
「もしかして、ゴーダンに向けて使った目眩ましの光もこれだったりします?同じ光でも力の加減次第で違うとか?」
「そうそうそうそう!その通りだよ!これはあの時に使った物と同じだよ。モビーなかなか感性が良いね」
俺を褒めつつ先程まで照明にしていた杖の先の宝玉、水晶、何だっけ?
その光を消し、手にしている杖をいつの間にか立ち上がっていたリルさんに突き出すレティさん。
「リル、君の能力の力でこの杖を別の物に変えてもらうよ」




