番外編 何気ない日常風景 耳かき
耳が痒い。
耳たぶなんかの耳の外側ではなく耳の穴の中が。
日本人の七割位がカサカサの乾いたカスが出るタイプらしいが、その七割に属するらしい俺もカサカサタイプだ。
本来耳かきはしなくていい、していると耳の中を傷付けてなんたら耳炎になるらしい。
でもそうは言っても耳が痒い。
痒い時は必ず耳の中にカスが結構溜まっている。
たーーまに、それ自体を忘れていて気にしない時もあってしばらく放置しているとすごい。
ふと、あ、なんか痒いと小指で耳の穴をほじくってみると小指の表面にゴッソリとカスが……。
そんな事をこの世界に来てから気にしていなかったが、今日、意識してしまった。
耳が痒い。どうしよう、気になる。
気にしてしまったからもう堪らない、耳かきをしてスッキリしたい。
日本にいる時は三日位の間隔を開けてしていたから、ずーっとしていない事を意識してしまったから辛い。
なんて事を意識してどうしようもないから小指で両耳をほじくっていると、リルさんが後ろから声を掛けてきた。
「あの〜モビーさん、少し良いでしょうか?」
振り向くとそこにはリルさんがいた、耳かき棒を手に持って!
「モビーさんこちらに来てから耳かき、してませんよね?良かったら」
「耳かき棒、どうして持っているんですか!?借りても良いんですか!?」
リルさんの話を聞き終わる前に耳かき棒に飛びついてしまった。
そんな俺に驚いたようだったがリルさんはとてもにこやかに言った。
「だめですよ?貸しません」
なんで?どうしてそんな事を言うんだ!?
ないなら仕方がない、ないなら!
でも、リルさん持ってるじゃん。梵天は付いてないけど耳かき棒を。
無いんだったら無いものは無い。
それなら諦める事も出来るのにこんなのってありか?
そんな絶望している俺を見てもそのにこやかな微笑みを絶やさずリルさんは言った。
「貸しません。ですから私に耳かきをさせて欲しいんです」
なんですと?自分ではさせてくれない?
だがリルさんが耳かきをしてくれる、と?
恥ずかしい、恥ずかしいがやってもらうしかない。
この耳の痒さが気になった状態から解放されるにはお願いするしかない。
「あ、あの。リルさんが、嫌じゃないのでしたら、お願いします……」
「はい!喜んで!」
凄く良い笑顔と返事で返してくれた。
なんでそんな顔をするんだろうか?
「あー、でも一ついいですか?」
してもらうのは良い。相手が気にしないというのなら。
ただ、こだわりでもないけれど気にしている事が俺にはある。
「分かっています。ひざ枕は嫌、なのですよね?カスが奥に落ちていきそうで怖いから、ですよね?」
リルさんはなんでそんな事を知っているんだろうと思ったが、直ぐに理解した。
おそらく「リルさんの知っている俺」からの情報だな。
あっちの俺もリルさんに耳かきをお願いしていたのだろうか?
「はい、そう……なんですよ」
「大丈夫です、座ったままで少しだけ首を傾げてもらった状態でしますから」
相変わらず笑顔だ。
なんだか少し怖くなってきた、でもこの感覚を解放されるかもという意識が芽生えてしまったら抗えない。
「えぇっと、はい、それで、お願いします」
俺は耳かきをリルさんにお願いする事にした。
中略
「……ふふッ…………本当に凄く溜まっていましたね?右耳だけでこんなにです!」
とても楽しそうに布の上に俺の右耳から出てきたカスを列べて、はいないんだろうけど。
戦利品みたいに誇らしく見せてくる。
耳はスッキリして解放感が心地良いのに何かがスッキリしない。
というか、こういうの嬉々として見せるってどうなの?
俺は当人だけど嫌がる人は嫌がるよ?
「へぇ~。これがリルが言っていた楽しみ?」
気付くとリルさんの後ろからレティさんが覗き込んできていた。
「レティさんいつの間に来たんですか?」
俺が少し驚いているとレティさんも妙に良い笑顔で微笑んでこっちを見てくる。
居心地が悪くなる笑顔だ
「リルに面白い物を見せてやるって言われてね。これがその面白い物、みたいだね」
「はい!私、モビーさんの耳で耳かきをしている時に耳からこのカスが出てくるのが、こう……堪らないんです」
なんだこのテンションは?
そういえば、耳かきの動画をじーっと見るのが好きな嗜好の人が世の中にはいるらしい。
リルさんも現代の地球ならその類いの人っぽいな。
「ふーん……左耳はまだでしょ?私もやってみたいんだけど」
「ダメです。私がこのまま左耳も耳かきさせてもらいますから」
「なんだいそれ?わざわざ見せびらかして愉悦を得る為にリルは私に教えたの?」
「俺の耳かき如きの話題で喧嘩しないでください、なんなら自分でやりますよ」
こんな事で喧嘩、ではないかもしれないけど面倒な事になられても困る。
「ほら、モビー怒っちゃったじゃないか。リルがそんな態度でいると金輪際耳かきさせてもらえないかもしれないよ?」
凄い。リルさんが凄い顔をしている!
苦虫を噛み潰したようなって表現がこんなにピッタリな表情も珍しい。
目を強く瞑って上唇をぐーーっと噛んで眉をしかめている。
本当にこんな表情する人いるんだ。
「分かりました、左耳はレティーシャ様にお譲りします……」
「やった!」
「あの、俺の意思は?」
二人で勝手に話を決めて耳かきをされる当人は蚊帳の外ですか。
「何言ってるの?リルの耳かき棒だっけ?この道具はリルの物なんだよ?耳かきをするしないの権利はリルにあるじゃない」
くっそ、そう来たか!
俺が耳掃除をさせるどうこうの許可を出せる一方で、するしないの生殺与奪をリルさんが押さえている構図か!
「そうですよ?貸しませんよ?耳かき棒。私達がして差し上げます、それが唯一耳かきが出来るモビーさんの機会なんですから」
「ほらほら〜。リルもそう言っているじゃない。さぁ、左耳を」
「もう、勝手にしてください。お願いします」
俺は諦めた。
自分で耳かきをするのも良いんだけどなぁ。
中略
初めて耳かきをするレティさんは正直おっかなびっくりというヤツだった。
耳かきをするレティさんもだがされる俺の方もだ。
途中からリルさんがそうじゃないだのどうだのと指示を出してきてレティさんは鬱陶しそうだった。だったが。
「…………ぉぉぅ………………何と言うかこれは」
最後の方にはなんか微妙な声を出していた。
左耳から出たカスを見つめて、しばらく見つめて……。
「………………ふふッ」
リルさんみたいな小さな声を出して、静かに薄く笑った。
「分かっていただけました?レティーシャ様?」
「うん。なんとなく」
美少女に耳かきされてこんなに嬉しくない、薄気味悪くなる事ってあるんだ。
でも、二人に頼まないとこれから先は耳がスッキリしないんだろうな。
なんでこんな事に。
これはもうちょっと話が進んだ未来の一コマ位に受け取って頂けたら幸いです。




