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歌舞伎揚を齧っているだけだったはずの異世界生活の話  作者: 宮清水 和


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王都に向けて 五

 体調不良になった兵士はなんとか大事には至らなかった。

 着ている服を緩めてあげたり横向きに寝かせ直したり。

 衣服の上から水を掛けたり、レティさんの指示で動いた結果最初は荒かった呼吸も落ち着いてきた。

 掛ける水は自分の体験談で夏に入ったプールの水温が25℃位ででもかなり冷たかった記憶があるのでその温度で掛けた。

 俺が色々とやる際に他の兵士を屋外に追い出したので、水を使って身体を冷やしたりした事はレティさんの魔法という事になっている。ここには俺とレティさんしかいない。


「かなり落ち着いてきたね。吐いたりもしなさそうだしもう少し様子を見て大丈夫なら水を飲ませてあげようか」


 兵士の顔を覗き込みながらレティさんが言う。

 正直かなり手慣れているという感じだ。

 対処の仕方も夏にテレビで見るような熱中症対策の処置に近いものだった。

 これは年の功なのだろか?それともレティさんの中に宿ったムラタさんの知識とかそういったものの影響か?


「しかし、緊急とはいえ服を濡らしたままで良いんですか?」


 俺の疑問にレティさんはとても余裕のある表情でニマニマとした笑みで応える。


「それは大丈夫、リルがいるからね。おそらくこの兵士の服の水分も一瞬で服から分離出来るはずさ」


 果たしてそれは本当に出来るのだろうか?

 出来なくても着ている服を脱がせてから布でも掛けておいて屋外に干せば直ぐに乾きそうだから問題はないか。


「まだしばらくはこのまま濡らした状態だね、そのうち震えだしたら濡れた服の処置はしないといけないけどしばらく掛かるよ。」


 レティさんはそう言うと彼の頭から額に乗せて垂れさせていた濡れた布を俺に手渡してきた。

 俺はその布を湯呑みの冷たい水で濡らして緩く絞ってからレティさんに返す。布は改めて頭に乗せられる。


「この兵士は運が良かったね。こんな状況下でモビーがいなかったら見捨てられてたよ」


「そんな、見捨てるだなんて」


「現実的にこの人を助ける為に自分の少ない飲み水をこんな風に使う?みんなで共倒れになる訳にはいかないさ」


 可哀想ではあるけどね。

 レティは静かに付け加えた。


「この人を濡らした水の量だとそうだね、金貨1枚は流石にないけど小金貨5枚くらいかな?」


 小金貨?金貨より小さい金貨があるの?そんなの前に聞いたかなぁ?


「小金貨、ですか?」


「あれ?言ってなかった?小金貨は10枚で金貨1枚の価値だよ」


 簡単に言えば1枚で1万円か、それを5枚で5万円。

 今みたいな緊急時なら出さない額でもないんだろうけど。


「それ位の値段なら、命に関わる事なんですから使った方がいい気もしますよ?」


「それはモビーの感覚だからだね。この使った分の水を失ったら外にいる兵士もみんな死んじゃうよ。街でなら高くてもそうするだろうけど、場所がここだから」


 環境が過酷だから。

 今回のような場合、通常であればこの人を助ける行為は他の兵士を道連れにしてしまう。

 それは自己満足で正に焼け石に水、行うだけ無駄になる。

 だから全体の全滅や生存率を上げる為に見捨てられる。

 当然ではあるんだろうが、やはり厳しい世界だ。


「と、言う訳で。この人の治療費として小金貨3枚を請求って感じかな」


「ちょっと!お金取るんですか!?こんな人から!?」


 思わず耳を疑った。

 こんな弱っている人からお金を取るのか?

 それはあんまりなんじゃないだろうか、良い気分がするものではない。


「治療費はもらうよ?さっき説明したじゃない?水だけでも小金貨5枚分位は使ったんだよ、手間代も込みで小金貨3枚なんてとっても良心的だよ」


「そうは言いますけど、実際やった事って水を掛けただけですよ?その水だって元手は必要ないんですから」


「それでも代金を取るんだよ、彼らを甘やかしてはいけないんだ」


「甘やかすだなんて、そういう事ではなくてですね。困ったらお互い様っていうか」


 レティさんの主張に思わず論理的ではない感情、心情的な理由で異を唱える事しか出来ない。


「モビーこの人を助けた事、それ自体がもう十分な甘やかしなんだよ?それを更に無償で助けるなんてあり得ないんだ」


 多分、レティさんが言っている事の方がこの場では正しいのだ。それ位は説明されれば分かる。

 分かるが理解する事と受け入れる事は違う。

 レティさんは続けて言う。


「この人を含め、彼らは責任を取らなければいけない。この環境で自らの誤った判断と行動で個人や全体の命を危険にさらして、本来なら失っていたはずだ。その代償を今回は金銭で支払ってもらうだけさ」


「それでも……」


「命を失うよりは安いでしょ」


 ふぅ、と溜息を吐き出すレティさん。

 そのまま、さて、と言い立ち上がると入り口に向かって彼女は歩き出した。


「外のみんなをここに入れて休憩させないと。みんな干からびちゃうよ」


 俺に背を向けて歩いていたが、入り口の扉の前で一度俺に振り向き微笑んでみせた。

 彼女のあの雰囲気と余裕、もうこの人は大丈夫なんだろう。

 体調や命は、だが。

 レティさんは扉を開けて外に向けて大きな声で何か伝える。


「(おーーい!みんな待たせて悪かったー、この兵士はとりあえず無事だー。みんなも中に入って休憩してーー!今日はここで一泊だーー)」


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