王都に向けて 二
この土地の環境は非常に厳しい。
水も食料も有限でそもそもの絶対量が少ない。
こちら側に従い、大人しく罪を認め罰せられるならば良し。
逃げたら逃げた。犯人が死亡して不在の場合でも証拠は揃っているので犯人死亡のまま事務的に処理をするだけ。
従わないような罪人にわざわざ割くような資源はない、という事らしい。
個人的にはゴーダンという男を介してドワーフを買っていた貴族がどうにか罪を免れようとするんじゃないかと、なにかしらを画策しようと動くのではと考えたりもする。
でもまぁ、つい最近、一月ほど前まで財務を管理していたレティさんがいるんだから金の流れで詰めるんだろうな。
表立って目立たなければ今回の件も放って置くつもりであった事も言っていたし。
「やっぱり余裕がない世界だな……」
この世界のこの環境だからこうなのか。
俺が日本人でこういった環境と遠い存在だったからこう思ってしまうのか。
地球でも俺が知らないだけで現代も環境が厳しければこの場で起きているような事があったりするのか、分からないなぁ。
「モビーさんは、日本で育った方です。そう思ってしまうのは当然です」
実年齢は30歳程で見た目は15歳位の背の低い少女。
見た目からはとても想像できない穏やかさと落ち着きが感じられるリルさん。
しかも中身の記憶や魂だとかは「前の」経験もあって老練、と言ったら失礼か。成熟されているものを感じる。
さらには俺への対応の余裕というかも知られているからという感じがしてしまう。
「優しいんだか、甘いんだか。自分でもよく分かりませんね」
何と言うか、これが平和ボケなのか。
実際俺自身はこの世界の事なんて何も知らない状態であの宿場の近くに放り出された。
記憶を頼りに先回りしていたレティさんに保護をしてもらったり色んな説明を受ける事が出来たが。
俺じゃない俺は最初どうしていたのか、かなり辛い状況だったのが想像に容易い。
「あの、ところで……少し、お時間を頂けますか?家族を紹介したいんです」
会話の途中で考えをしているとリルさんがそう伝えてきた。
家族、確かご両親と妹さんがいるんだったか。
「家族の方達ですか?えーっと、初めて会った時に話の流れで妹さんの名前だけは聞きましたね。ロニィさん、でしたか?」
「はい、そうです。妹のロニィと両親を紹介しますからこちらで待っていて頂けますか?」
「構いませんよ、ありがとうございます。リルさん」
リルさんは頭を軽く下げて、会釈をして去っていった。
会釈をした。会釈なんて身振りというかそういった文化がここにもあるのか、あっちの俺の影響でするようになったのか。
うーん、分からないけどどっちでも良いか。雰囲気は伝わってくる。
もう一度壁に寄り掛かって周囲を見渡す。
リルさんに話し掛けられる前とでは特に変化はないのだが、レティさんが目に入る視界からはいなくなっている。
打ち合わせかな?
こんな状況で言葉も通じない俺に出来る事と言えば、周囲に邪魔にならない所でじっと身動きしないで佇むくらいだな。
昨日みたいに殴られるとか嫌だし。
「モビーさん。お待たせしました」
しばらくするとリルさんが家族の皆さんを連れてやってきた。
連れてきたのだが、まぁビックリした。
目の前にいるご両親だろう男女の見た目が30歳くらいにしか見えない。若過ぎる見た目をしている。
エルフじゃなくても長命種って凄い。
「えっと……?ご両親?で良いんですよね?」
「はい、父のルゼル。母のリネット。妹のロニィです」
父親のルゼルさんはドワーフと聞いて想像する見た目とはかけ離れていてかなり線が細い。背もリルさんより少しだけ高い程度だ。
ヒゲは生やしていなくて、なんだろう、鍛冶よりも腕時計みたいな精密な機械を直す方の職人さんという印象だ。
母親のリネットさん。背の高さはリルさんと大して変わらないが少し身体が弱そうな、妙な儚さを感じる。
こういう趣きが好みの男性なら評価が高そうだ。
そして最後にロニィさん、背格好はリネットさん同様ほぼリルさんと一緒でそっくりだが顔、少しだけロニィさんの方が目がつり目っぽくて鋭い印象を受ける。
服装はこの街で見た一般的な物と大差はなく白系が基調とされている。
当たり前の話、家族全員が頭には被り物をしていたので頭髪が何色なのか分からない。
帽子を取って挨拶する文化がこちらにもあれば分かるかもしれないが、相手の頭髪が何色かなんてそれほど大事な事でもないか。
「(みんな、この方がレティーシャ様の……大事なお連れ合いの方でモビーさんというの。私たちと違う国の言葉を話すけど私が話せるから安心して)」
家族の方を向いて何か話を始めたリルさん。
「(私達の事を身請けして下さったのはレティーシャ様だけど、この方が居なければレティーシャ様は私達の身請けそのものをして下さらなかったの)」
なんか、みんながリルさんの話を聞きながらこっちをチラチラ見てくるな。なんだ?
「(私達はこれからレティーシャ様は勿論、モビーさんの使用人でもあるの)」
「(リル、今更だが本当に大丈夫なのかい?この……モビーって男を信用しても)」
お。ルゼルさん?が何か意見をしているのか質問しているのか、リルさんと話し出したぞ。
「(……大丈夫って、何?何が?)」
何を言っているかは分からないが、少し険悪というか空気が悪い事が伝わってくる。
背中がゾワゾワと震えるような感じがする。
そんな中でルゼルさんが話を続けている。
「(私達を身請けして奴隷ではなく、使用人として扱ってくれるというが話が良過ぎる。見返りにレティーシャ様はこの男に、お前達や……リネットの事を宛てがうつもりじゃないのか?)」
「(父さん!ふざけた事言わないで!!)」
え!?何、なんだ?なんでリルさん怒鳴ってんだ?
家族内での会話中ではあるが、流石に声を掛けてリルさんに状況を確認しておかないと。
リルさんの声で何名かが作業の手を止めてこちらを見ている。
「どうしたんです?ちょっと落ち着いて。大きな声なんか出して何か揉めましたか?」
見ていた限り揉めるほどのやり取りではなかったけど、実際にこうやって声を荒げているしなぁ。
声を掛けた俺に振り向くリルさんの表情はなかなかに怖いものがあった。しかし、俺を認識した瞬間に失敗したとでもいうような、そんな表情を見せた。
あ!もしかしてリルさんがキツいってレティさんが言っていたのってこういう所か?
「良ければどんな話をしていたか、内容を教えてもらえますか?」
少し間があった。あまり話したくない事だったようだが彼女は話してくれた。
「父が、私達家族への扱いが良過ぎるという事で、その、母や私達姉妹をモビーさんに宛行うのがレティーシャ様の真意なんじゃないかと、失礼な事を口にしましたので、思わず……」
なるほど、そういう内容だったのか。
「それは、そう考えるのは仕方がないと思いますよ?リルさん」
リルさん、リネットさん、ロニィさんを順番に見てから視線をリルさんに向き直して俺は続ける。
「リルさん達、容姿が綺麗ですから夫として父親として、愛する家族を酷い目に遭わせない為に警戒するのは当然ですよ」
言葉選びに配慮も足りない俺がこんな事を言っても説得力に欠けるんだろうとは思うが。
家庭を持った事はないが同じ男としてルゼルさんの心境もリルさんには分かってほしい。
「それに、俺の人間性をある程度知っているのはリルさんだけなんです。ルゼルさんの対応の方が自然ですって」
「それは分かりますが、それでも……」
これはアレか、俺の事を悪く言われて怒ってくれたんだな。
それは素直に嬉しく思うけど、そのせいで親子関係が気不味くなってしまうのも困るんだよな。
「おーい。どうしたの?何か揉めてる?」
そんな中、レティさんがこの場にやってきた。
状況が改善すると思うけど、場合によっては話がややこしくなるかもしれない。不安だ。




