王都に向けて 一
早朝、まだ夜明け前の青く暗い環境下で出発準備が行なわれている。レティさんはなんか色々な人と話をしている。
そんな光景をぼんやりと所在なく壁に寄り掛かり眺めていると声を掛けられた。
「おはようございます、モビーさん」
リルさんだった。
昨日とあまり変わらない服装だが頭にやっぱりターバンみたいな物を巻いているというのか被っているというのか、そういう感じだった。
髪を被り物の中にしまっているせいで雰囲気が違い、正直声と日本語を聞かないと誰か分からない。
「あぁ、リルさん。おはようございます。」
「大丈夫でしたか?昨日は」
この大丈夫というのはどういう方面で言っているのだろうか。
あの後何事もなかったかという意味か。それとも俺が殴られた事を知った上で怪我や痛みの影響はあるかという事か。
壁に預けていた背中を離して、右手で後頭部を軽く掻きながらリルさんに言う。
「えぇ。まぁ色々とはありましたけど、特には問題はないですよ。身体の調子も悪くないですね」
嘘は言っていない。
怪我と痛みはレティさんに何かしらの処置をしてもらって問題ない。
更にはあの後冷やした室内で眠ったので深く良く眠れて快調だ。
「本当ですか?……失礼しますね」
そう言うとリルさんは昨日俺が殴られた左頬を右手で優しく触れてきた。
そのまま頬を撫で始める。
まだ本格的には暑くないといえ、汗や皮脂が浮いている俺のような男の顔をリルさんのような少女に撫でられるのは抵抗がある。
「痛くは、ないんですね?」
あ、これは知っているな。
だがしかし、敢えて白を切ってみよう。
「何の事ですか?あー、と言うか、そろそろいいですか?頬を撫でられ続けるのは慣れていなくて」
リルさんは俺の発言を聞き右手を止めるとそっと頬から離してくれた。
離した右手は静かに彼女の胸の上に置かれ、キュッと握られたように見えた。
「……ご不快でしたか?配慮が足りず、申し訳ございません」
「いえ、不快っていうか、そう言う事ではないんですが」
気まずくなってしまったが、仕方がない。
別世界の違う俺を通して俺という存在を知っているリルさん。
今のやり取りで何かを思い出したり、何かが俺に重なって見えたりしてしまったのだろうか。
だとしたら少し申し訳ないという気もするが、これ以上昨日の事を詮索されるよりは良いかもしれない。
レティさんはあまり知られたくないという態度だったから、いいだろう。
「お体を触られるのはお嫌いでしたよね?忘れていました、すみません」
やっぱりか、そうだよなぁ。
リルさんも別の未来からここに逆行して来ている、結果俺の事を知っている。
何をどこまでかは分からない。
レティさんの記憶の未来では目の前の彼女とその妹を伴侶、妻にして子供まで作ったらしい。
だが、このリルさんとはそういった事はなかったと本人が言っていた。
そういう関係になる前に俺が死んだ、殺されたのか。もしくはそもそも興味を示していなかったのかは分からないが。
「触られるのがというか、まぁ、何と言うか……」
気不味さで視線を泳がせているとふと、視界に入ったものがある。
手錠、なんだろう。見た目挟んで手を拘束する木の板みたい物を着けたゴーダンらしき人物がいた。
らしき、というのは見た目が変わっていたからだ。
初めて見た時は黒くゴワゴワとした癖の強そうな頭髪があったのだがそれは一切見えず、綺麗に剃られてしまっている。
服装も何と言うか、ここ数日で見ていたこの辺りの人達と比較すると違和感を覚える。
上下一体のノースリーブのワンピースみたいな服装で腕の露出が多く、足元はサンダルっぽい物を履いている。
俺でさえ革のブーツを履いているのに、何か服装が雑だ。
そんなゴーダンらしき男が周囲を衛兵に囲まれ連れられて
いく。
「あのリルさん。あれって今日から王都に移送するゴーダンですよね?なんであんな服装というか見た目なんですか?」
話題を切り替える切っ掛けとしてとても助かるのはそうだが、純粋に何も知識がない俺としては普通に気になる。
視線の先を指差して訊くと、リルさんは指し示した方を向いて応えてくれた。
「あぁ……。はい、あれがゴーダンです。あの見た目、服装や頭の事でしたらあの男が明確な罪人だからです」
「罪人はあんな感じの服装で良いんですか?その、日光なんかで体調を崩してしまいそうなんですけど?」
「だから、です」
リルさんは少し冷淡というか、感情を乗せないような口調で説明を始めた。
「罪が疑わしい、有罪か無罪を審議する人物ではなくあの男の罪は揺るがない事実です」
その揺るがない罪を俺自身もレティさんと目撃してもいる。
昨日までの奴隷を横流しをした証拠、その結果の金の流れが集まっているはずだ。
ゴーダンは容疑者ではなく、既に確定している犯罪者だ。
「あの服装で逃げた場合、この時季の環境ですと追わずとも1日もあれば命を落とします」
更に具体的に説明をしてくれて中々に怖い事を教えてくれた。
頭は剃られてしまい、強い日差しが直接頭皮に当たって短時間でも日焼けをしてしまう。
結果、外傷として水ぶくれが出来るまでになり意識も朦朧としてそのまま命を落とす。
足元がサンダルなのは逃走した際に走った場合、足を取られ易くまた砂漠にいる外敵に襲われ易くする為にそうしていると言う。




