ギルドにて やはり言葉の壁は厳しい 三
殴られはしたが気不味さが解消されたので良しとする、そう割り切ってしまうのは良い。痛みもない。
ただ、俺を殴った相手はどうなるんだ?
「俺を殴った人はどうなるんですか?」
「ただのありふれた暴行だよ、その場で私が報復したからそれでおしまい」
警察、と伝えて通じるんだろうか?逮捕されたりしないのだろうか?
「捕まったりはしないんですか?衛兵、憲兵とかでしたっけ?」
「この場合は衛兵だね。でも、向こうもよく反省したそうだから捕まる事はないよ」
少しやれやれといった感じで肩をすくめてみせる。
「まぁ、邪魔だった上に言葉が理解出来なかった俺も悪かったです」
「そうだね。でも、お蔭でやっぱり言葉の、意思の疎通が大事なのは私もモビーも痛感し直せた。まだ大丈夫な程度で良かったよ」
痛くはないが無意識に左手で左頬を擦ってしまっていた。
「痛い授業料でした」
苦笑い、になっているかは分からないがそんな感じの受け答えしていると少しレティさんは不機嫌というか、怖い感じで俺に言う。
「殴られて痛いのはそうだけど、大事な人を危険に晒してしまった方も結構痛いものだよ、心が」
母親にでも叱られている気分になる。久しくなかったな、こんな感覚は。
「はい、すみません」
「モビーが謝るのも少し違うけれど、お互いに気を付けようねって事で」
ここがこの話題の切り上げる頃合いみたいだ。
「ただ、まぁ、何と言うか……この事をリルにも伝えるか悩むよね?」
「何でですか?気不味いなら黙っていればいいし、情報共有としてなら伝えた方が良いじゃないですか」
「伝えたら私がリルに責任を問われるし、伝えなかったら私の信用とか信頼が弱まっちゃうよ」
「それだと伝えた方が良いですって」
項垂れてしまった。そんなに嫌なのか?
「私の知っているリルは結構怖いんだよ、いや、キツいの方が正しいかも」
「そうなんですか?気弱そうと言うか、自信なさ気な雰囲気でしたけど」
「見た目や雰囲気に惑わされてはいけない」
項垂れながらフルフルと左右に頭を振っている。頭っていうかもう上半身だなこれは。
よく分からないけど、リルさんの事は参考程度に頭に留めて置くか。
振っていた頭を止めるとしばしレティさんが動かなくなったが、上半身を起こして言った。
「今回の事を伝えた後に殴った相手に復讐しに行くかもしれないけど、そこはモビーが上手く言って制止してね」
「えぇ……そんな、大丈夫かなぁ」
「大丈夫だって、多分。あのリルも間違いなくモビーに恋慕している、惚れた弱みって事でどうにかなるさ」
本当かなぁ?それは貴方の居た世界のリルさんでしょうに。ここにいるリルさんは言ってしまえば他人じゃないか。
恋だの愛だのではなくただの忠義心で仕えていた可能性だって十分に有り得るじゃないか。
「善処はしてみます、善処は」
「日本人らしい言葉選びだね。うん、それで良いからお願い」
馬鹿にされている訳ではないにしろ、何とも反応に困る言い方だな。
「この話はここまでにして、今回の件でモビーが脆弱だって事は十分理解したから明日以降の対策をしないといけない」
「脆弱って」
否定はしないけど、そんな言い方もないじゃないの。
「とりあえず、魔法を教えておく事にしたよ」
「え?魔法?」
「そう、と言っても最初は初歩というか戦う為の物じゃないけど」
「いやいやいやいやいや」
「え……嫌なの?」
「違う、違います。否定の嫌ではなく、え?本気ですか?俺魔法なんか使えないですよ?」
「だから教えるんじゃないか」
「そんな、簡単に教えたり覚えたり出来る物なんですか!?」
「憶えてない?私が昔ここでムラタの件で子供に魔法教えたの」
「それは憶えてますけど。だって、種族の違いはあってもこの世界の人だから教える事が出来たんじゃないんですか?」
「そんな事はないと思うよ?かなり簡単に教えられる。簡単すぎるから教えないだけだよ、秘密にしておきたいじゃない?」
にわかに信じがたいが、このレティさんがそう言っているんだもんな。
異世界人の俺は使えない方が自然ではある。例え教えてもらって使えなくても失う物は期待した心、それ位だ。
「異世界から来た人間に教えるのは確かに初めてだけど、まぁ、やれるよ。多分。」
「少し不安というか、怪しい気もしますがそんなに簡単なら、教えてください」
「うん。ただ、時間はないからさっきも言ったように攻撃するようなものじゃなくて、指先に火種程度の火を灯すものを教えてあげる」
それはここのドワーフの子供達に教えたものだな?感慨深いものがあるじゃないか。
「いざって時に魔法が使える相手だって騙す位。それでも相手は十分に警戒する」
「分かりました。それで、先ずは何をどうするですか?」
「何をどうするとかじゃないんだ……ちょっと立ち上がってくれる?」
促されるまま、俺はソファーから身を起こしてそのまま立ち上がった。
「そう、それじゃ左手、握るよ」
レティさんは近付いてきたレティさんだ右手で俺の左手を握ってきた。よくやってくる恋人繋ぎで。
「え?あの?」
「右手の人さし指に火を灯す、これを想像して」
そう言うと、今度は左手で俺の右手の手首を握ってきた。そのまま、まるでダンスを踊る時のようなだ。そんな体勢になった。
「今はモビーの指先に私が魔力を流して火を灯す、魔法を発動させるんだ。モビーはあくまでも魔力の通り道と出口」
そう言われてもイマイチ何も感じられないんだが?
俺の意は介さずに続けて指示を出してくる。
「人さし指だけを立てて、真っすぐに。指先に視線を向けて集中して」
とりあえず指示に従ってみる。やっぱり何も感じはしない、失敗なのだろうか?
等と考えながら指先を見ていると、指先に直径2、3cm程度の円が浮かび上がった。
円の中の模様が正に魔法陣だ。凄い!これは成功するのか!?
「そのまま、火を灯すんだ。最後は自分の想像が大事なんだ、想像してみて」
指先に出る程度の火の想像。思い付いたのはマッチの火とライターの火だった。
そして、魔法陣から少し離れて火は出現した。マッチというよりはガスが供給されて灯るライターの方が連想される。
「成功だね。どう?簡単だったでしょ?」
そう言ってレティさんが俺の右手首を離すと指先の火も魔法陣も消えてしまった。
「これでモビーの中には魔法が発現する為の出口と流れる通路みたいな物が出来上がったはずだよ」
「え、これだけですか?」
「これだけだよ。まぁ、力のある者が強制的に魔法を使えるようにする方法だけどね」
これで、これだけでライターを携行できるって事だけでも魔法がどうこうじゃなくても凄い。マジか?
呆気に取られている俺にレティさんが声を掛けてくる。
「これで一般的に魔力がない、って言われる人達で一日に1回、そうだね、時間は20秒程度は火が出続けるかな」
20秒程度か、それでも凄いなぁ。
………………ん、待てよ?20秒程度?20秒って言ったよな、レティさん。
「ちょっと話止めますけど、今20秒って言いましたよね?時間の概念と単位を秒で表すんですか?」
「ん?あぁ、なんか蜘蛛の糸の辺りから色んな知識とか概念が日本語を軸に思い浮かぶんだよね」
60秒で1分、60分で1時間で、24時間で1日でしょ?
と、淡々と告げてくる。
そう言えばこっちに来てから後何時間とかで考えていなかった気がする。日が昇って沈むまでとかそんな大まかだった。
「それは今はどうでもいいよ。続けよう、今度はモビーが独りでやってみるんだ」
そう言って促してくるのだが、俺はここで1つの違和感に気付き、その違和感が何かも理解した。
「あの、いつまで左手を握っていればいいんですか?」
何を妙な事を言うんだ?みたいな顔で俺を見てくる彼女の顔をこっちも見返す。
「…………。そうだね、手を繋いだままじゃ私が邪魔になるね」
わざと、だろうか。本当に意識になかったのか、手を離してくれたレティさんはさっきまで握っていた右手をグーパーと何かを確認するように開いたり閉じたりしている。
そんなのはあまり気にせずに俺は独りで指先に意識を集中させてみた。




