ドワーフ少女との邂逅 五 終
こちらを窺っていた少女はレティさんよりも身長が少し低く、昨日ギルドで見た少女とあまり大差ない幼さが見える。
この見た目で30歳?良くて14歳位じゃないのか?
この世界の人間じゃない俺の感覚では、エルフに負けない位に成長とか老化が遅いのを実感させる。
そう言えば10代の娘ってレティさんが言っていた気がするけど、人間基準の見た目で実年齢じゃなかったのか?それだと両親の50代は実年齢何歳なんだ?
服装はチュニックで良いのだろうか、ゆったりした白に薄っすら茶が混じったような物を身に着けていて腰に紐を巻いている。
下半身の方は全体的にゆったりしてボディラインが分からない、足首より少し上辺りで裾が窄まったような物を穿き、サンダルを履いている。
肌は薄っすら日焼けしている程度の色だが、これはそもそもこの色なのか単純に日焼けしているのか判断に困る。
髪は金髪と言うか、もっと色が濃い感じで蜂蜜色という方が正しいのかもしれない。長さは背中の真ん中の位置位までか。
耳が少し長いとか先が尖っているという事もない、言われなければドワーフだとは分からない見た目だ。
やはり、レティさん然りこういう服装がこの辺の基本、基準なんだな。ではそうなると昨日の少女のあの服装は着せられた物か?
「……あの」
いけない、この少女の事をジロジロと見過ぎてしまったかな?警戒されていないと良いんだが。
「これはすみません。長々と見てしまって、失礼しました」
「いえ!そんな、お気になさらないでください」
どんな形であれ結果的にこの人に気を遣わせてしまったな。
しかし、何だろうこの違和感は?
「君は……名前はリルで間違いないかな?」
「はい、私がリルです。レティーシャ様」
割としっかりしていそうな雰囲気の少女だ。正確にはもう少女という精神構造ではないのかも知れないな。
でも何でこの少女はレティさんの名前を知っているんだ?
「…………リル、君は私の事を知っているようだけど、どうやって知り得たのかな?」
「両親や周りの人達が話しておりました。昨日レティーシャ様がギルドに乗り込んだ話は私も聞き及んでおります」
何だ?どういう事だ?この少女は日本語を片言でしか話せないんじゃないのか?
話しておりました、聞き及んでおります?普通、そんな言い方目上の人にでも日本人だってそんなにしないんじゃないか?
「あーっと、ちょっと良いですか?お二人の話を邪魔するようで悪いんですけど」
対峙している二人におずおずと手を挙げながら口を挟む。
「ん、どうしたの?」
「はい、何でしょうか?」
二人が揃って俺を見る。何だか、気圧されてしまう雰囲気があるな。
「リルさん、ですね?日本語がとても上手なので驚いてしまって。やはりムラタという昔ここに来た異邦人の手記で学ばれたんですか?」
「はい。私は本を読むのが好きで。このような町ですので娯楽も少なく、次第に読む本もなくなり今話に出ましたムラタという方の本を読んで興味を持ち、時間を見つけては学んでいたんです」
「それは凄いですね、勉強熱心な方なんでね」
俺の言葉を聞いて少し恥ずかしそうに下を向いてしまった。照れているのかな?
「いえ、決してそんな事は……。ただの暇潰しのような物でしたので」
お、何だか可愛いぞ。親戚の中学生の学校の成績を褒めた時みたいだ、この娘の見た目も相まって。
「お恥ずかしいです……あの、良ければ貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「え、あれ?名前?そうか、名乗っていませんでしたね。失礼しました」
そうだった。一方的にこっちがこの少女、リルを知っているだけで名乗っていなかった。
だがどうしようか?モブリットと名乗るかレティさんが呼ぶようにモビーと名乗るか。
それ自体に大差はないけど、呪いとかが普通にある世界なら大事な事じゃないのか?いや、本名がそもそも違うから良いのか?
「彼はモビーって言うんだよ」
俺が名乗る前にレティさんが割って入るという訳でもないが、先に俺の名前を教えてしまった。
「え、レティ……レティーシャさん?」
いつものようにレティという呼び方をしようと思ったが、咄嗟に名前で呼び直した。
普段なら日本語で会話するのは俺とレティさんだけだ。愛称というか親しい間で呼ぶようにした所で周囲は気付きもしない。
しかし今ここには日本語を理解するリルさんがいる。親しいというか、あまりそういった感じを見せるのも違う気がする。
「ん?どうしたの、モビー。いつもは私をレティって呼んでくれるじゃない、いつも通り呼んでくれないの?」
何だ、どうした?何だこの感じ?何で背中がザワザワするんだ?
「あの、レティーシャさん」
「ん〜〜?」
うわ、怖い。
「…………レティさん、怒ってませんよね?」
「怒ってなんていないよ?」
嘘だ、それ絶対に嘘だよ。大体の怒ってる女性ってそういう反応じゃん。
「モビー様、ですね?モビー様はレティーシャ様とはどういったご関係なのですか?」
そう訊かれると中々難しくないか?
別の世界からこちらに流れてきた俺を助けてくれた恩人、これが一番正しい説明になる。しかしそんな事を信じてくれるか?
多分現代の日本より信じてくれるだろう、魔法がある位だ。
でも、それだからと簡単に信じてくれるとも思えない。
なんと説明しよう?とある遠大な計画の加担者、協力者?何だそれは、子供の戯言みたいだ。
「私とモビーは親しい間柄だよ?それこそモビーは私の足を洗ってくれる位にね」
不味い、不味い不味い不味い不味い不味い!!
更に背中がザワザワする!
「……まぁ!…………お二人は、そういう仲なのですね。失礼致しました……ですが、レティーシャ様?」
一瞬酷く驚き硬直したリルさんだったが、何やらレティさんに話を振った。
「モビー様は、足を洗うという行為の意味を理解した上で、レティーシャ様の足を洗って差し上げているのですか?」
「どういう意味かな?」
「モビー様、お時間はございますか?良ければお恥ずかしいですが、私の足も洗って頂けますか?」
「はい?それはまた、何故ですか?」
いきなり足を洗うとかどうとか何なんださっきから。
「いえ、冗談です。お気になさらないでください」
リルさんは優しく俺に微笑んだ。
ここにも、違和感を覚える。今の微笑み方、見た目は少女でも年上の、母親みたいな落ち着きが感じられたのは何だ?
こういう所でも人間より長命な種族の達観性というか、そういうのが見え隠れするのか?
「レティーシャ様、モビー様は意味も理解せずお願いされたから、洗うという行為として貴女様の足を洗っただけのようですよ」
「それで?」
「意味も分かっていない相手にそのような事は、流石に貴女様のような方でも無粋ではありませんか?」
リルさんが言い終えると、嫌な沈黙が流れた。
さっきかずーっと色んな意味で居心地が悪い、もう帰りたい。
「リル、君は一体誰だ?」
静かに、重い口調でレティさんが言い放った。
何を言っているんだ?
このリルっていう少女、いや、なんかもう、見た目少女でもレティさんみたいに女性って感じにしか思えないけど。
この人の事をあっちの記憶で一方的に知っているんじゃないのか?
「それは、こちらも御同様の意見です、レティーシャ様。何故、今、貴女がここにいらっしゃるのですか?」
どういう事だ?何だこの二人の言い方は。
「本来でしたら貴女は、今、この国の財務を管理していらっしゃるはずでは?」
「モビー、ダメだ。予定が変わった、この女は危険だ」
「その言葉、貴女にお返しします。レティーシャ様、貴女こそ危険な方です」
分かった、更に背中に反応があったのはこっちからか!リルさんも怒っていたからだったのか!
「予定が変わった、狂ったのはこちらの方です。貴女のせいだったんですね、前のように旦那様にお会い出来なかったのは」
「待って、落ち着いてください!二人とも!」
俺が割ってはいるしかない。これは、これ以上はいけない、この背中の感じ。この先は殴り合い、暴力でぶつかり合いになる位の感覚だ。
「リルさん、もしかして。もしかして貴女もレティさんと同じように未来というか、違う自分の記憶があるんですか?」
先程までは怒りを抑えながらも気丈な態度だったリルさん。俺の問い掛けにとても動揺したようだった。
今は見た目の年相応な泣き出しそうな表情で肩を震わせ始めている。
「はい、はい。そうです、旦那様。私はずっと、ずっと貴方にお会いしたかった!!」
感極まったのか、俺の前にいたレティさんを押しのけてリルさんは俺に抱きつき、そして泣き出してしまった。
困惑しながらレティさんを見ると、こちらに背を向けて俯いているようだ。
これは、本当に面倒な事になりそうだ。




