世界は廻る、レティーシャの誤算 十一
「何でしょう?問題って、俺にはちょっと想像も付かないですが」
「これは私が自分を実験の対象にしたから分かったんだけど。彼女の能力はおそらく言語や文字を利用して意思疎通をする知識を持つ存在と日本語で無条件に交流が出来る事と、彼女に日本語の平仮名と片仮名を教えられた対象は今まで使っていた言語を日本語に入れ替えられてしまう、読み書きじゃなくて声に出して話す事が」
「それって大丈夫だったんですか?」
「私は結果大丈夫だったんだけど、意図せずにそうなってしまったドワーフ達はそれはもう騒いでいたよ。モビー、君は想像出来るかな?もしここが自分のいた世界だとして、朝起きたら自分に話し掛けてくる家族が聞いた事もない言葉で話し掛けてきて、自分の言葉も相手には通じないんだよ?それはもう怖かったと思うよ?本人も周りも。唯一救いは彼女、ムラタが通訳、橋渡しになった事だね」
「あぁ、どちらの言葉も分かるからですね。現状を理解出来る存在がいたからなんとか意思疎通は可能だったと」
「やっぱりその程度の認識なんだね」
「え、何か変ですか?」
「文化や慣習の違いに加えてそっちには悪魔なんていないもんね。仕方ない事なんだけど、こっちではね、いきなり昨日とは違う変な言語で話し始めたりなんてしたら冗談抜きで悪魔に身体を乗っ取られたとか死霊憑きを疑うんだよ。場合によっては即処分されちゃうよ」
絶句した。そうだ、日本にも狐憑きの人間を斬ったとかって話があったけど、ここでも同じような事が行われていて、何なら本当に悪魔がいるような世界だから対処も厳しいのか。
「私が町に着いた時にはムラタとドワーフの長の孫が3人、隔離されていたよ。直ぐに悪魔認定して処分されなかったのは運が良かったね。長の家族だったっていうのも助かった要因かな」
「そんな……でも危なかったんじゃないですか?そのムラタさんを含めた4人は」
「まぁね。長の孫はさておきムラタは悪魔だからさっさと殺せとか怒鳴っているドワーフは多かったよ。で、私が勝手に揉め事に首を突っ込んだの。基本的に住民達は怖がっているからもう4人の話なんか聞かないんだよね、だからよそ者の私が4人から話を聞いてみたの。……今更だけど私は日本人に結構縁があるんだね」
本当に今更だと思いつつ、何か彼女自身は納得をしているようなのでそこには触れない。
「それで聞き取りや事情聴取みたいな事をした結果が、日本語を教えると相手の会話に使う言語が日本語に入れ替わってしまう、と?」
「そうなんだよ。でもね、それにしては日本語を教え始めてから20日位は経っていたから。この時間差というか入れ替わった点はどの時点だって話になったよ。そうして更に具体的に聞くと平仮名と片仮名を両方とも教えられてから、両方を使って作文を書いてもらって完成させられたら合格、この時だったみたいでね。」
「レティさんが自ら実証の為に日本語をムラタさんから習ったと?」
「そういう事。エルフは個人差もあるけど語学に長けている種族でもあるんだ。だから結構簡単でさ、ムラタの言っている事も理解出来るから4日位で理解して作文も書いたよ。そして、周囲のドワーフに言っておいたんだ。明日の朝、おそらく私はこの言葉は話せなくなっているだろうけど、であればこそ隔離している人達は悪魔にも死霊にも憑かれていないって」
「で、実際に喋れなくなったんですね?」
「うん。でも突破口はあったんだよ。私は魔法が使えるから、頭の中には詠唱の呪文が消えないで残っていたんだ。だから取り敢えず指先に火種を出す程度の魔法を使ってみたんだ。難なくそもそもの言葉が頭の中で詠唱出来てそのまま魔法は発動したよ」
「凄いじゃないですか。それで、その後は?」
「実はここからが大変でね。私はそこから3日間寝ていたのか気を失っていたのか、記憶がないんだよ。起きたら私達の言葉も日本語もどっちも使える様になったんだけど。変な感じだったね」
パソコンみたいにシステムのアップデートだとかパッチを当てたような事がレティさんの脳内で起きて、その為に強制的にスリープモードに入っていた。的な事だったんだろうか?
「大丈夫だったんですか?その、体調的な問題とか意識が混濁したりとかは」
「いや、これがどうしてスッキリ爽快だったよ!」
楽しそうに今言うって事は大丈夫だったんだろう。
「……それで、ドワーフの子供3人は?魔法を教えて元に戻してあげたんですか?」
「それに関してはダメだったんだよ。もう入れ替わりが終わってしまっていたみたいでね。魔法を教えてみたけど、覚えて使えるようにはなったけどそれだけだったんだ。ただ、私の存在で悪魔が死霊がって疑いは晴れたんだけど、君みたいな日本人が最初からここの言葉を覚えていく状況になっちゃったんだ」
「その子達は大変だったでしょうね、家族とも会話が出来ないだなんて」
「いいや、これが中々どうして。その子達はみんな年齢が1桁の子供達でね?それ位の子供ってそもそも言葉を覚えるのが早いんだよ」
未就学児や小学校低学年から英語を習わせておくと第二言語として普通に話すレベルまで育つとかいうけど、それに似たものがあったんだろうか?
「それに使えなくなっても頭の中のどこかに憶えていたのか、落ち着いて周りが接して、私が教師役として教えていたら30日位で多少反応に時間が掛かっても話せるようになって、後は以前と同じに戻ったよ」
でもね、と少し暗そうにしている。まだ何か解決していない事でもあるんだろうか?
「結果、子供達はどちらも話せるようになったんですね?終わりが良ければ良いじゃないですか?まだ何か問題が?」
「話はそう簡単じゃないんだ。ムラタは良かれと思ってやった事だし、そもそもムラタにこんな能力が無かったらただ異国の言葉の学習だったんだ。でも言葉を入れ替えてしまって、騒ぎを起こしたから紛れ込んだ危険因子みたいになってしまってね。排斥されそうになったんだ、だから私が庇ってあげたり、ある意味被害者でもある長自身が納めてなんとかなったんだ…………!。長だから納めて、ね?」
どうする、三者択一。スルーする、乗る、ツッコむ。
一番してはいけないのはスルーか、では乗ってツッコむか。
「……おっさん、みたいな事言わないでください」
うわ、すっげぇニヤニヤしてる。嬉しそうだなぁ。
「長も長年生きているおっさんだからね!こういう時に器量の大きさを示したんだ」
更に乗って言い切ってしまった。
「さて、真面目な話。時間は掛かったけど関係も修復してムラタは算術だけを教えたんだ。やっぱり悪い前例があるからね、私が一緒に学ぶからと言って説き伏せたよ。いやー口実としては実益もあって有意義だったね」
「結果、アラビア数字を使用した計算を駆使して、国の中枢に潜り込んでお金を計算して楽に生活が出来て200年も給金を貯め込んでいたんですね。それをムラタさんがやれば良かったでしょうに」
少し非難めいた感じで発言したが、楽しげだった表情は曇ってしまった。
「実はそうもいかなくてさ。ムラタはこっちに来て5年で亡くなったんだ。彼女が亡くなるまで私も町に住んでいたから死を看取った、本人は納得して穏やかな最後だったよ」
本当は病気でベッドの上でもっと早く死んでいたはずだった。でも、不思議な世界で、何故か本来の宣告より長く生きた。
いっぱい皆さんに迷惑を掛けてしまったけれど、もう1度教師が出来て嬉しかった。
自分は子供を持てなかったけれど、生徒という子供はいっぱい持てた。嬉しかった、ありがとう。
こんな言葉を残して逝ってしまったそうだ。
「いやだね、長く生きるとこういうのが絶対にあって」
顔を伏せてしまった。声に特に変化もないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。余計な軽口等言うべきではない、軽率だった。
「あーそうか。もしかしたらこれがあったから、私もユルグが気になったのかもしれないね。今まで考えた事もなかったよ」
俺の方が、泣いてしまいそうだ。




