世界は廻る、レティーシャの誤算 九
今日で辞める、帳簿と資料はまとめてあるから後はユルグに聞いて。
たったそれだけで国を出てきたのか、なんて人だ。
「そのユルグって名前の王子が計算が出来るんですか?その子は今何歳ですか?」
王子様と言っても年齢によっては状況が全然違う。8歳児位なら加減乗除は理解出来るだろうが個人差もある、逆に成人、20歳程になっているような場合もある。後者はともかく前者なら仕事の重責になんか耐えられそうにないんだが。
「13歳だよ。いつも所在なさ気でね、酷いよねぇ。立場としては城の使用人なんて不敬で殺したって誰も文句言わない身分なのに、逆に馬鹿にされて陰口を叩かれてさ」
「何故ですか?王位継承がほぼ無理だとして何故そんな扱いになるんですか?」
「彼だけだよ、母が使用人なのは」
それなら知っている。歴史のドラマ、中国とかヨーロッパ辺りのどこかの王国が出てくるので見た話だ。
「大貴族とか大商人、いずれにせよ大きな後ろ盾がない女性に産ませた子は無いものとして扱われる。でしたっけ?」
「なんだ、モビー理解してるじゃない。そうそれさ、結果、王の血が間違いなく入っているのに身なりは下級貴族にも劣るような服を着ていたし、食事だって残飯だったよ。あれを見て、笑って悦に浸るんだからどっちが卑しい身分なんだか」
呆れているような、怒っているような、そんな印象を受ける口振りだ。
「そのユルグが7歳になった時が節目でね。城下の一般人の子は裕福でもなければ7歳位からもう大人程でなくても労働単位、労働力として働くんだよ。だからそういった意味では大人、私の部屋に引き入れて数字と計算を教えた訳さ。いや、実の所は勉強なんてさせる気がなくて誰も入ってこれない私の仕事場で匿う程度だったんだけどね?毎朝彼を迎えに行って手を引いて仕事場に連れてきていたよ。初めてだったのかな、人に優しくされて、色んな事に蓋をして生きてきた子だもん、些細な事にも興味を持ったんだね。数字を見て疑問に思った事を子供らしく私に尋ねてきてね。これはって思って教えてみたの。教える切っ掛けなんて、覚える切っ掛けなんてそんなものだったよ。読み書きの覚えも良かったしそもそも賢い子だったと思うよ」
語り終えて、目を細めて穏やかな表情をした彼女はまるで、親戚の可愛がっていた子の話でもしているかのようだ。
彼女は何百年と生きていても未だに子供を持つ事はなく、そもそも子作りの行為すらしていないという。その王子が彼女にとって子供だったのかもしれない、悪くない、良い話じゃないか。
しかし、ドラマで見るような展開を想像すると無い方が良い嫌な事も出てくる。
「良い話ですが、その、王子との関係を悪く言う周囲がありませんでしたか?」
「まぁ、あったね」
露骨に面白くなさそうな表情にさせてしまった、配慮が足りなかったか。
「そういう輩はその内いなくなったよ。最初は物理的に、その後は弁える事を知って」
何か凄く不穏な事を口にしていないか、この人は。
「私がユルグを部屋に引き入れて幼い男児で性欲を満たしているとか、本当に下らない事を言っていた数人を処刑台送りにしたよ。私はこれで処刑する人間の選定もしていたんだよ?」
「なんです、それ?」
今まで聞いてきた話の中で1番怖い事を言っている。何だ、処刑する人間の選定?
「お金の計算をしているとどうしてもちょっと合わない事も出てくるんだよ。例えば、毎日10個パンを焼くよね?でも実は10個分の材料に1個分多く混ぜて10個を焼いていたら?1回ならそんな事もあるで流せるけど、これが100回だとパンが100個ないんだよ。そのパンの材料はどこへ行ったんだ!?って騒ぎになるの。横領ってこういう些細な事の積み重ねから始まるんだよ。で、勿論冤罪だけど、国という存在としては消しておきたい個人が出てくる。わざとちゃんと調べれば分かる誤差を放置して、ある程度大きくなったらその消したい人間に罪を被せて粛清の名の下に謀殺する。私はそういった事もやってたからね。誰彼構わずじゃないよ?ちゃんと調べた上で悪事を働いている人間が基本さ。だから、私達の関係を悪く言っていた人間は全員、嘘を口にした責任を取ってもらったよ。口は災いの元、日本の良い言葉だね。自分が嘘を吹聴していたんだから嘘で殺されても本望でしょ。どう?私は結構冷徹でもあるんだよ?そんな事してたら怖くなって誰も何も言わなくなるよ、一族郎党だよ?罪が連坐するんだからね」
ユルグ王子との関係を語った時は良い表情だったが、俺が尋ねたせいで険しい顔になり、最終的には能面みたいな無表情になってしまった。
長い人生だ、それこそ俺みたいな80年生きられるかどうかの寿命の人生では経験する事もない様々な事を経験してきている。俺が何かを言える立場じゃない。
そんな環境で虐げられるような子供を庇護下に置くというのはこれ位が出来る立場や覚悟が必要なだけなのかもしれない。




