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歌舞伎揚を齧っているだけだったはずの異世界生活の話  作者: 宮清水 和


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世界は廻る、レティーシャの誤算 六

 夜になった。あれから偶然この宿場まで辿り着いた荷馬車を引いていた馬2頭を厩に引き入れて水をやったり、荷馬車に積んであった飼料を与えたりと結構やる事はあった。

 馬達は別段暴れることもなく、こちらの思い通りに動いてくれたので慣れない事をしたという点以外では困る事は特になかった。

 どちらかと言うと困っているのは現状だ。いや、困っているのはちょっと違うな、悩んでいる方が正しいか。

 レティさんが結構な上機嫌だからだ。

 どうなっているんだ、この人の情緒は?乱高下し過ぎじゃないのか?

 日中の男に襲撃を受けて酷く落ち込んだと思ったら次に来た商人が去った後は以前の彼女に戻った気がする。

 とりあえず無事だった事や危機を脱した事で気分が高揚、ハイになっているのか?そのせいなのか?確かに沈んたままの彼女に気を遣っているよりは良いが落ち着かない。

 また気になる事がある。レティさんが俺をモビーと呼び出した事だ。何だよモビーって?こっちの世界で言うダーリンとかハニーみたいな恋人なんかを呼ぶ時のそれか?だとしてもおかしい、俺は彼女の色々な事を聞いたが、別に今の彼女を受け入れて恋人同士なった憶えはない。彼女面してるって事か?


「どうしたのモビー、ずっと静かだけど。昼間の事で疲れちゃった?」


「いえ、そういう訳では。あー、いや、少しは影響ありましたよ。それはそうなんですが、それより何て言うか」


 貴女の様子がおかしいので気になってますなんて言えない、流石にそれは失礼だ。でもなぁ、気なるものは気になるし。


「あのですね、何で俺の事モビーって呼ぶんですか?モビーって何か意味あるんですか?」


 思い切って訊いてみた。ここから攻めていこう、答えてくれるだろうか。


「えぇ?…………あ、そうか。昼に色々話したからもう全部話したつもりでいたけど違ったね。モビーは愛称だよ、モブリッドって名前の。君がそう名乗ってたんだよ?みんなが君をモビー様って呼んでたよ」


 うわ、キツい……。彼女の知ってる俺はこの世界に来て名前を偽名で通してたのか、しかも俺がゲームでいつもプレイヤーキャラに付ける名前だ。モブのノリで付けてたけど、ここではそれを名乗ってたのかよ、恥ずかしい。


「そうでしたか、そっちの俺が。まぁ思い当たる名前ではあります。多分、こっちの世界に来た時に気持ちを新たに名乗ったんでしょうね」


 あまり触れないでおこう。もう俺自身もモビーで、モブリッドで良いよこの際。様を付けて呼ばれていた事も気掛かりだが、今はいいや。


「後もう1つだけ。何で、昼のような事が起きたのにレティさん機嫌が良さそうなんですか?」


 あまり訊いてはいけない話題な気がするが、1番気にして落ち込むはずの本人がこの調子だ。多分大丈夫だ、おそらくは。


「その事か。男を連れて行ったアラダリって商人は信頼出来るんだけどね、彼が現れたって事はまだ何とかなりそうなんだよね」


「何とかなるって何がです?」


「私の知っている世界、未来に似たように事が進むかもしれないんだよ」


 俺には分からないが彼女にはそう思える何かがあるんだろう。

ニコニコしている、良い表情だ。


「よく分かりませんが、何か、そう感じる物があったんですね」


 ただどうなんだろうか?俺が知らないこの先の未来、その未来の通りに話が進まなきゃいけない物なのか?そうしないと不都合がある何かが?


「前の人生ですか?世界をやり直すみたいにしないといけない事でもあるんですか?」



「……あるね、そうしないといけないんだ。それがなかったらモビーと出会ったら直ぐにこの場を離れてどこかで2人で静かに暮らすように仕向けたね」


「怖い事を言わないでください」


 実際にそれをやられたら着いていくしかない。言葉の壁は本当に影響が大きい。


「その、そうしないといけない、それってどんな事なんですか?良ければ聞かせてもらってもいいですか?」


「モビーにも関係があるから教えるよ。最悪は都市はどうでもいいから樹を復活させる事だね。でも、復活させたら100年以上は生かし続けなきゃいけないから、やっぱり都市も復活させたほうが良い、って感じかな?」


 樹を復活させる?どういう事だ?樹はあった場所から忽然と消えたんじゃないのか?復活って事は死んでいるけど蘇生させる感じか?


「神様みたいな凄い樹って消えたんじゃないんですか?もう死んでしまっていると思ってましたけど」


「実は死んでないんだよ。自分を種の状態に変化させて今も地下で静かに生きているんだ。いつかまた水が地下に溜まるその日まで」


 さすが異世界ファンタジーだ。樹が自分の意思で種になって地下で生きている、想像しただけでワクワクしてしまう。不謹慎かもしれないけど。


「それで、どうやって樹を復活させるんですか?手段は何かもう考えてあるんですか?」


 変な事を訊いてくるなお前、レティさんがそんな顔をしている気がする。いや、いやいやいや。なんだ、俺がおかしいのこれ?


「どうって、モビーのユノミから井戸に水を注ぎ続けるだけだよ?そうやってたら勝手に樹が復活したんだってモビーが…………ごめん言ってないね。前のモビーが言っていたよ」


 時々彼女の中で前の俺と今の俺とで情報が混線する事があるようだ。無理もないか、わざわざどうにかして世界だとか時間を越えてきたような人だ、それでなくても長命種で何百年も生きている。そういう事もある。



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