世界は廻る、レティーシャの誤算 五
「作戦を変えよう、君は私が使っているベッドの下に潜って」
指示に従いレティさんが使っているベッドの下に入った。こちらの方がドアに近い。室内に最初から2人が居ると思わせるより、1人だと思った所で意識の外から俺が取り押さえたり場合によっては殴ったりするんだな?
「(誰だ!?そっちに転がっている男の仲間か!?見ただろう、あの男なら私が拘束した!もしその男と一緒に下手な小細工や武装程度でまた襲うつもりなら同じように床に転がる事になるか、今度は命を落とす事になるぞ!!)」
何を言っているかは分からないがドアの向こうの声に叫んでいるんだろう事は分かる。飄々と淡々と、時に妙な反応をする彼女だが、やはりこういった世界で長い事生きている人。俺なんかには出せないような気迫を感じる。
「(待て!違う!!私だ!!君をここまで運んだ商人だ!!アラダリだ!!あの男を追って来たんだ!すまなかった!!私がお前の事を町で話してしまったせいで奴がお前を狙ったんだ!赤髪、お前は無事か!?)」
「(信用出来ないな!お前が本当にアラダリだとしてもこんな状況で簡単に信じられるものか!!もし、お前がアラダリならその男を連れて一度立ち去れ!!日を改めてもう1度目ここに来い!!)」
最後にレティさんが怒鳴ると静かになった。しばらくじっとしている雰囲気があったが、足音がしてホールで何かをしているような音が聞こえてきた。
音がしだしてから結構な時間が経ったように思うが、俺がこんな状況だからだろうか?誰か分からない来訪者はどうしたのだろう?俺だけでここで隠れていて本当に良いのだろうか?
次の瞬間、ホールから男の悲鳴が聞こえてきた。何だ?何をしているんだ?
「(赤髪、すまなかった!この男は私が連れて行く!!すまないがこの男の乗ってきた荷馬車の馬の世話だけは頼む!!明日の昼に改めてここへ来る!!それで良いか!?)」
「(良いだろう!!早く立ち去ってもらおうか!!)」
ホールを歩いて行く足音は徐々に小さくなる。入り口のドアが開く音がしたので、そろそろ大丈夫ではないかと俺はベッド下から這い出した。
レティさんはまだドアに向かって構えてはいたがあまり緊張しているというか、そういう雰囲気ではなく力を抜いているようだった。
「大丈夫なんですか?」
「うん、多分ね。ドアの向こうに居たのは私をここに街から連れてきた商人だったよ。間違いないと思うよ?」
外から荷馬車が動きだして、どんどんこの場所から離れていく音がする。
「また明日の昼に来るってさ。私に謝るつもりなのかな?まぁ、普通に考えれば私という情報を不用意に口にした商人としての彼に問題があると思うものだろうさ」
「その言い方だと、実際は違うんですか?」
「うん、普通はそれでいいけど。そもそも私が彼に接触したのが問題だったんだ。彼からあれこれ購入してここを少しでも良い状態にして君に会おうとした結果がこれだからね」
自嘲気味に肩を竦めて言う。いつもの調子が戻ってきたのだろうか?重かった雰囲気が軽くなった気がする。
「ドアの外、出ても大丈夫でしょうか?実はまだ縛った男が縄を解かれた状態で潜んでいるとかないですか?」
寝室のドアに耳を当ててホール側を窺っている俺だったが、レティさんの方を向くと少し目を大きく開いて驚いたような反応をしている。
「あれ?どうかしました?」
「いや、結構、ちゃんと警戒するんだなって思って」
もっと無警戒だと思われたんだろうか?あれだな、戦場でかくれんぼするゲームが影響したかな?どうにも気配を感じられないので立ち上がって彼女へ向き直る。
「あの男は彼が連れて行ったと思うよ?そう言ってたしね。出ていくって彼が叫んで伝えたんだけど、その前に男の悲鳴が聞こえたでしょ?多分アラダリが男の脚の骨でも折ったんじゃないかな?」
「脚って……制裁とかそういったものでですか?」
「制裁、そう制裁だね。街の外で起きた事だからね、今回のは。不幸な事故だったんだよ」
イマイチ話が読めない。不幸な事故?レティさんが襲われかけた事が?そんな訳はないだろう?これは明らかな事件で事故ではないだろう。
「レティさん、流石にこの件を事故だなんて言って済ませるのは。俺は納得出来ないですよ」
「私の為に怒ってくれるんだ?嬉しいよ、ありがとう」
あんな事の後でもこうやってからかう様に笑えるのはやはり色々な人生経験なのだろう。
「でも違うよ?おそらく私達が捕まえた男は今日ここへ来る途中落馬でもして脚を折ってしまったのさ。御者をやってて荷馬車から落ちたのかな?主を失った荷馬車だけ偶然ここに辿り着いた、そういう感じ」
「いえ、あの?俺にはさっぱり分からないんですが?実際にアイツはここに来てレティさんを」
不意に彼女は近づいて来て俺の唇に右手の人差し指を縦に当てて口を閉じさせた。え、何でだ?何でこんな事を?このタイミングで?
「だから、あの男は不幸にもここに来る途中に荷馬車から落ちて、脚を折っていたから身動きも取れずに干からびて死んだんだよ。遺体は獣に喰われて遺骸だけをアラダリが見つけるのさ。そういう、商人ギルド側の責任の取り方だよ」
彼女は真剣な表情だった。いつものイタズラというか、からかう気持ちがあったとしても極僅かだろうか。
そうか、ここは異世界だったなと、レティさんの発言で改めて実感した。




