世界は廻る、レティーシャの誤算 三
「ごめんなさい。私は君に隠している事があるんだ」
土下座をされた。彼女は謝る、謝罪の為に土下座をするというのか?この世界にも土下座なんて文化、慣習があるのか?
「あの頭を上げて、普通に座ってください」
レティさんは頭を上げてくれない。
「その格好は何ですか?」
自分の知識ではこれは土下座だ、実際に謝罪の言葉もあった。だがこれを土下座として行なっているのだろうか?
「ドゲザだよ。最大限の謝罪の姿勢だよね?君に教えてもらったんだよ」
土下座だった。だが、何だって?俺が教えた?いつ?土下座なんて教えた憶えはないし、そもそも見せた事もないのに?
「そんな訳ないですよ。いや土下座は解ります、大体その通りですよ?でもレティさんに土下座なんて教えてないですよね」
「教えてもらったんだよ、ずっとずっと前に。100年以上前の話だよ」
「バカ、言わないでくださいよ」
俺と彼女が出会ってまだ数日だぞ?100年以上前ってなんだ?俺が現実で死んでここに現れる前に記憶はないが1回この世界でレティさんに会っていて、もう1度目死んだりして再びここに現れたとか、そういう話なのか?
「もっと色んな事も教えてもらったし、近くで見てたから知ってるよ」
彼女は土下座の体勢を止めると立ち上がって何処かへ向かって歩いていった。何なんだと呆気に取られていると桶と何か麻袋を持って来た。
レティさんは桶を俺の前に置くと、少し離れた所に転がしていた男の頭に持って来た麻袋を被せた。
「大丈夫とは思うけど、念の為ね。さて、ユノミ、出してもらっていいかな?中身は水でもなんでもいいから」
「今、湯呑みって言いました?」
「言ったよ?君の出すカップは本当はユノミって呼ぶんでしょ?」
そうだ、俺は出せる湯呑みをカップと呼んでいた。湯呑みなんて呼称をコチラの世界の人間に言っても理解しないのならコップだとかカップで呼んだ方が自然だと思っていたから。
「分かりました、では水で」
自分の手に水で満たされた湯呑みを出した。これが何なのだろうか?
「その水をこの桶に移してみて、一回で。ひっくり返す様に中身を一度に全部出す感じで。そうしたら上下逆さま、ひっくり返したままにして」
疑問に思うが指示に従って桶に水を入れた。これでどうなる?
「もう中に水がないね?下から覗いて確認して」
「んぅ~……?」
水はない、当たり前か。また水で湯呑みを満たすのは湯呑みを普通の状態にしないといけない。これは使っていて理解した特性というか仕様だ。これが何だと?
「じゃ、今度はユノミを斜めに傾けて注いで桶に水を移してくれる?」
「はい」
これに何の意味があるのかという疑問が強いが従って水を桶に注ぐ。注ぐ、注ぐ、注ぐ、注ぐ?…………は?
「分かった?君のユノミは今やっているようにするといつまでもずーっと君が最初に出そうと思って決めた水やお湯が延々と出続けるんだよ」
「何だこれ!?」
え、なに!?この湯呑みってこんな性能だったの!?こんな便利だったら体洗う時にもっと大きい桶に水溜めるの楽だったのに。
「これも、君から教わったんだよ。最初はユノミをテーブルでうっかり倒して転がしてしまって、そのままにしてたら中身の水はいつまでも流れてきたから気付いたって。君が、言ってたよ」
「俺でも知らなかった事を知っていて、貴女の言い方で100年以上前ってそれは、そんなのって……まさか」
タイムリープ。時間遡行。死ぬと一定の時間位置に戻る。そういった類の能力者なのか?レティさんは。
「多分信じてくれる素養が君にはあるはずだ。そんな事も言ってたから。もう理解してくれたんじゃないかな?私は君のいるこの時間から大雑把に200年先から禁呪で自分の意識と記憶、想いをこの時間の私に転写、同化した存在なんだよ」
「だから700歳じゃなくて700と200歳なんて言い回しをしたんですね?」
「うん、ごめんね。本当は知っている流れで世界が動いていればこんな事も一切言う気もなくて。ずっと隠して置こうと思っていたんだけど、まさかこんなに早く打ち明けなきゃいけない事になるだなんて。」
全部自分のせいだけどね、と、レティさんは付け加えた。
レティさんは身体こそ移動していないが意識とかはこの時代に逆行してきた、そういう訳だったのか。そうなると疑念が生まれてしまう、あの色仕掛けはどっちの気持ちで行なっていたんだ?
「レティさん、大体は理解できますし受け入れられます。信じますよ。でも、そうなるとお互いのこれからの関係や付き合い方に問題を残しても置けません。こちらも聞きたくはない話題ですが」
「君が好きだったからさっさと籠絡させてしまいたかったんだ」
聞こうとした事を先回りして言い切られてしまった。キッパリと迷いがない。そんな風にされてしまうと、何とも言えない。
「……俺へのあの距離の近い接し方や色仕掛けは、その、色恋から来ているものだったんですね?」
「そうだよ。決して君のその水や歌舞伎揚を出せる能力で儲けるとかじゃないよ。放棄された都市を復活させるのだって、最初はそうだったからなぞっていかないと未来にズレが起こると思ってだよ。この時点でこんなにズレるんだもの、考えるだけ無駄だったかな」
「その、そんなに俺とレティさんは、いや、何とも言えないですけど。執着してもらえるほど愛し合っていたんですか?」
しばらく沈黙、静寂が空間を支配した。割とどんな事でも淡々と話してくれる彼女でもこんな事は言いたくない物なのだろう。俺が同じ立場でも嫌だ。だが、聞かなければ、俺は彼女が知っている俺じゃない、その俺を知らないんだ。
「そんな関係じゃないよ。良い友達かな。私が君への想いに気付いた時にはもう君にはドワーフの妻が2人居たんだ。その2人以外君は生涯側室も持たなかったし愛人や女遊びもしない人だった、その片鱗を今回で私も直に感じもした」
レティさんは割と俺の顔や目をじっと見ながら話してくる事が多い。でも今は顔を背けて俺の姿が視界に入っているかも怪しい方向に俯いている。
「そのドワーフの妻達は君に説明したドワーフ一家の姉妹だよ。君がこの世界で初めて出会う異性。だからその座を奪いたかったんだ、酷い女なんだよ、私は」
声が震えていた。




