砂漠で歌舞伎揚を齧る 十
腕組みをして目を瞑りながら俯きつつ、うんうんと頷いていたレティさんだったが急に目をパッと見開いた。真顔になり何かを思い出したようだった。
「そうだ、死活問題と言えばこれも死活問題だ。私達の」
そう言うと軽やかにベッドから反動を付けて飛び上がる、とまではいかないが勢い良く立ち上がり、俺の座っているベッドの下に上半身を突っ込んだ。
「え?ちょっと、何してるんですか!?」
「何と言われても……よっと」
何かモゾモゾと動いていたかと思うと麻袋?で良いんだろうか、レティさんが背負うには丁度いい大きさのナップサックみたいな形状の袋を引っ張り出した。
「何ですか、その袋?」
「もう夜だからね、そろそろ良いかなって思ってね」
そんな事を呟きながら膝立ちで袋を抱え何かを取り出そうとしている。なんだ、何が入ってるんだ?
「はいこれ、大事に食べてね」
そう言って彼女は何かしらの干し肉、ジャーキーっぽい物を渡してきた。これ……その袋に直接入ってたの?ちょっと、ちょっと、抵抗がある。
どうしよう、こんな状況で人の好意を無碍には出来ない。出来ないけど辛い。
「あの、昼寝する前に肉を食べるのはあんまり良くないとか言ってませんでした?」
食べる事に抵抗がある理由を日中の会話の影響だという感じにしてみる。まさか袋から直接出した事に抵抗があるだなんて失礼で思わせられない。
「あれは気温の高過ぎる日中の話だよ?気温が下がった夜には干し肉を時間を掛けてちょっとずつ食べるんだよ」
「そう、なんですね。あのどれ位その、袋、ですか?それに入ってるんですか?良ければ見せてもらえますか?」
「結構いっぱいあるから気にしなくていいんだけど……自分で見てみたい?ほら」
彼女は袋の口を大きく広げて中身を見せてくれた。袋の中に更に袋があり、そっちに直接入ってる。
「この袋の中の袋は?」
「牛の革袋だよ」
牛の革袋。牛。牛がこの世界にもいるんだ。いや、待てよ。牛とは言っているが俺の知っている牛じゃないかもしれないぞ。
牛はさておき、ちょっと安心した。袋が割と綺麗に見えたから抵抗感が減った。
「この量で何日位持つんですか?」
「食べ方によるけど、私と君で夜にちょっと食べるなら20日位かな?まぁ毎日じゃなく1日置いて食べてもいいからそれだともっと長く食べ続くよ」
「そうなんですね。では、頂きますね」
会話をする事で自分の中で覚悟も決まった。有り難く頂く事にしよう。
ベッドで物を食べるのは例え座っていたとしても抵抗があるのでこのまま床に座って食べる事にした。
ジャーキーを食べようとした時にレティさんが声を掛けてきた。
「君って熱湯も出せるんだよね?」
「多分出せると思います、まだ出した事はないですが」
「じゃあ出してもらっていい?」
干し肉を頂く訳だし?一応今の所お世話になってばかりだし?熱湯を出してあげる事くらいお安い御用だ。でもあれか?お湯で戻して柔らかくしてから食べろって事かな?
熱湯が入った湯呑みイメージすると床に音もなく湯呑みは湯気を出して出現した。本当に考えただけで出てくるんだな。
「出しましたよ。レティさんのカップに移しますから、渡してもらっていいですか?」
「あ……」
なんだ?あって言ったぞ、あって。
「私のカップは向こうに置いて来ちゃった」
「えぇ……。それは、取りに行けば良いんじゃないんですか?」
レティさんが目を細めてなんとも微妙な表情になる。
「ドアの向こうは夜でも暑いままなんだよ。ここは私が調整しているからこの温度なんだよ」
抑揚がない声で言われた。そう言えばこの建物は基本的に石造り。そうか、一度熱を持つと中々冷めないんだっけ?焼け石に水的な?
それは行きたくないよな。仕方ない、俺が取りに行きますか。
「分かりました、俺が取ってきますよ。どこにあるんですか?」
「君のそのカップをそのまま貸してくれればいいよ」
なんですと?俺のカップを?そのまま?普通女性としては嫌なんじゃないだろうか、他人の、それもあったばかりの男の使用する物なんて。それだけ暑い隣に取りに行きたくないって事なのか?
「え……いや」
「……そっか、嫌なんだ」
目に見えて肩を落とした。そんなに?それなら尚の事俺が取りに行ってあげるのに。
「否定する意味で嫌、ではなくて、えー……?レティさんは俺が使っているカップを使うの、気にしないんですか?嫌じゃありません?」
この際はもう直球で聞いてみよう。女性に拒絶されるのは慣れている、今更どうって事はない。
「え?気にするって……何を?カップ借りるだけじゃない」
解った、これは価値観が違うんだ。現代日本人の衛生観念とか社会的な通念とか異性との距離感とかが通じないんだ。そんな事に気を回す余裕がない環境の価値観なんだ。
それなら問題ないな。本人に気にする事、それすら概念にないんだから。
「ん、何でもないです。どうぞ、使ってください」
俺は熱湯の入った湯呑みを床から手に取り渡たそうとした。湯呑みを持ったが熱を感じない。なんだ、真空タンブラーみたいな性能もあったりするのこれ?
熱いから気を付けて、等と言おうとしたがそもそも熱くなかったので余計な事は言わずに渡す。
レティさん湯呑みを受け取ろうと両手を伸ばしてくる。
「いやー悪いねぇ〜」
絶対迷惑を掛けているなんて思ってもいない感じがする言い方だ、でも、振りだけでも気を遣ってもらえていると思えば悪い気もしない。
「あれ?これ本当にお湯で良いんだよね?カップ熱くないんだけど?でも湯気は出てるね。熱を伝えない器?」
やっぱり五感として感じるべき物がないと違和感覚えますよね。俺もそう思います。
ふむ、と、小さく呟いて慎重に湯呑みに口を付けて飲もうと試みるレティさん。
「熱い。ちゃんとお湯だね」
確認して湯呑みを床に置くと想像した通り、ジャーキーを湯呑みに入れ、更にそのままグルグルかき回し始めた。
「お湯で戻して柔らかくしてから食べるんですか?」
俺の発言を聞いて、湯呑みの熱湯をジャーキーでかき回していた彼女はその動作を止めて俺に向き直す。その表情は何とも言えない、あまり上品じゃない笑顔が浮かんでいる。
「いいや?これで終わりじゃないよ?ねぇねぇ、あのお菓子も出してよ?3枚で良いから、ね?」
あ、解った。これ子供が食べ物を変な発想でアレンジしたりする時の雰囲気だ。
俺はどうにもしょうもない未来しか想像できなかったが言われたまま、3枚の歌舞伎揚を出して彼女に渡した。
ドワーフの町の話、気になるんだけどなぁ。もうこの人はこういう人だと思って接するしかない。今は流れに乗って待つかぁ。




