交渉と褒賞
皇帝暦1895年2月4日。セイラント商業組合、緊急幹部会。
「ようこそいらっしゃいました。侯爵閣下のご子息殿」
不敵な笑みを浮かべ、会長カインドが出迎えた。周囲の商人の視線は冷ややかだ。「子供相手に教育してやる」という慢心が透けて見える。
「……まずは、私をこの場に呼び出した無礼、万死に値すると承知の上かな?」
私は直接的にカインドを睨みつけた。4歳の子供から放たれたとは思えぬ殺気に、カインドの笑みが一瞬で凍りつく。
「そ、そう怒らずに……。私たちが居なければこの領地の経済は立ち行かない。そうでしょう?」
「思い上がるな。セイラントの過半数は農民だ。商人の割合など2割に満たず、組合加盟者に至ってはさらにその一部。貴様ら一握りが喉元を締め上げたところで、領土は滅びん。……ただ、少し『不便』になるだけだ」
私の牽制にカインドは沈黙し、私を会議室へと導いた。
ドアが開いた瞬間、中にいた幹部たちの視線が突き刺さる。見極め、妬み、怒り。そのすべてを、私は鼻で笑って受け流した。
「私が本税制度の責任者、セイラント・アクルだ。文句があるなら直接聞こう」
ざわつく室内。私はカインドを見据えて切り出した。
「カインド会長。本制度の目的は富の一極集中を防ぐことにある。だが、私は貴君らのような優秀な商人を潰すつもりはない。父上、侯爵閣下は納税額に応じた『褒賞』を用意している」
「褒賞……? 我々には利益こそがすべて。名誉などでは腹は膨らみませんが?」
カインドが牙を剥く。私は待ってましたとばかりに言葉を継いだ。
「その褒賞こそが最大の『利益』となるのだ。高額納税者には、領主公認の『特級貢献者』の称号を与える。これは、他領への進出や取引において、我がセイラント侯爵家が身元を完全に保証する証書となる」
カインドの目が、そして幹部たちの目が一斉に見開かれた。
「他領でも……使用できると?」
「そうだ。通常、商人が他領で商売を始めるには多大な賄賂と時間がかかる。だが、この称号があれば我が家の信用を背景に、関税の優遇や通行許可を優先的に得られる。……税を『コスト』と見るか、帝国内での影響力を買うための『投資』と見るか。商売人なら、どちらが賢明か理解できるはずだ」
沈黙。カインドは目を閉じ、計算を始めた。
……やがて、彼は潔く、そして貪欲な笑みを浮かべて目を開けた。
「……なるほど。我々が浅はかでした。税を払うことで『侯爵家の看板』を公然と背負えるというわけですか」
「話が早くて助かる。この制度、全面的に支援いただけるな?」
「もちろんです。……野郎ども、異議はないな!」
カインドの号令に、反対する者は一人もいなかった。
召使いが差し出した合意文書に、カインドが力強くサインを刻む。私の完全勝利だった。
帰りの道中、馬車の中。
「呆気なかったな。対策済みとはいえ、もう少し粘るかと思ったが」
「そうでしょうか? 私めには、アクル様が化け物のように強すぎたのだと見えましたが」
そう話しかけてきたのは、私付きの専属メイド、ラントだ。
才色兼備という言葉が似合う、18歳の素晴らしい女性。だが、その瞳には私に対する深い畏敬と好奇心が同居している。
「褒めても何も出ないぞ、ラント」
「いえ、事実を申し上げたまでです」
彼女の少し緩んだ頬を見ながら、私は窓の外を眺めた。
帰宅後、父上に報告。こうして、私の「第一次税制改革」は帝国の歴史に深く刻まれることとなった。




