幼き責任者と傲慢な者
皇帝暦1895年2月2日。
セイラント商業組合、緊急幹部会。
「会長、新たに発表された『累進課税』などという制度、断じて看過できません。我々の利益を削り、農民に回すなど正気の沙汰ではない!」
会場には、富を独占してきた商人たちの怒号が渦巻いていた。
その中心、長机の末座にどっしりと構える男が一人。組合会長、カインドだ。彼は葉巻を燻らしながら、低い声で言い放った。
「我々商業組合の資金あってのセイラント領だということを、閣下はお忘れらしい。……おい、この税制度を起草した者をここに呼び出せ。直接、教育してやる必要がある」
同日午後。侯爵邸。
「ドット様! 商業組合より至急の書状が届いております!」
召使いが血相を変えて飛び込んできた。
「何事だ。今はアクルと税制運用の最終調整をしているところだぞ」
「父上、少々話を聞きましょう。彼らも動き出すのが早かったようですね」
私が促すと、父ドットは不機嫌そうに頷いた。召使いは冷や汗を流しながら、書状を読み上げる。
『――拝啓、侯爵閣下。新税制度の件で少々お耳に入れたいことがございます。至急、組合幹部会までお越しいただきたく。……組合会長カインド』
「……貴族である私を、平民の集まりが呼び出すだと!? いい度胸だ!」
父の額に青筋が浮かぶ。権威を汚された怒りで、周囲の空気が凍りついた。しかし、私はその怒りを手で制した。
「父上、そう怒らずに……。これを利用させてもらいましょう。彼らは今、必死なのです。自分が積み上げた金が奪われる恐怖で、理性を失っている」
「……アクル、お前が直々に行くというのか? 侯爵家の長男が、あのような連中の元へ下る必要はない」
「父上。ただ『下る』のではありません。『下ってやった』という既成事実を作るのです」
私の不敵な笑みに、父は眉をひそめた。
「『下ってやった』だと?」
「ええ。彼らの要求に応じるふりをして乗り込み、公衆の面前で彼らを納得させれば、『侯爵家は民の声を聞く寛大さがあり、かつ知略においても商人を凌駕する』ことを知らしめることができます。これは、将来の私の名声を固めるための絶好の舞台です」
父の頬が、わずかに和らいだ。しかし、その瞳には鋭い光が宿る。
「……面白い。よかろう、アクル。ただし、失敗は許されんぞ。侯爵家の威信を泥に塗るような真似をすれば、それ相応の覚悟をしてもらう」
「はい、父上。ご安心ください」
私は深く一礼した。
父もまた、情に流されるだけの男ではない。結果が出せなければ切り捨てられる――その緊張感が、私の政治家としての魂を心地よく刺激する。
(面白い状況だ。4歳の子供が現れて、百戦錬磨の商人たちがどんな顔をするか……。ふふふ、はははは!)
私は心の中で勝利を確信しながら、戦場となる商業組合へと向かう馬車の準備を命じた。




