豚の散り際、ソテーは美味し
色々ありまして、久しぶりの更新です
皇帝歴1899年4月20日。王城前広場。
「只今より、国家叛逆者・ワットラン元侯爵夫妻の処刑を執り行う!」
大空へと響き渡る皇帝の厳かな声とともに、広場を埋め尽くしていた群衆のざわめきが静まり返った。
時は二日前に遡る。
ワットラン軍部の者たち、反乱軍の代表、我がセイラントの使節団、そして皇帝陛下。関係者全員が玉座の前にひれ伏し、ことの経緯を報告していた。
「……以上が、ワットラン侯爵夫妻が行っていた治世の全容にございます」
淡々と、しかし何ひとつ容赦のない口調で報告を終えたのはサラべ中将だった。その佇まいからは、彼がどれほど領民を思い、また愛されていたかが窺える。彼が反乱軍の頭目を担うことになったのも、ある種の宿命だったと言えよう。
「こ、皇帝陛下! お待ちください!」
顔を真っ赤にし、唾を撒き散らしながらワットランが叫んだ。反論など到底不可能な証拠を前に口を開く姿は、愚かな道化そのものだった。
「私は……私は陛下を思い、この国を思って治世を行ってきたのです! われら一族の二百年に及ぶ功績が、すべて間違いだとおっしゃるのですか!? どうか、どうかお慈悲を……!」
醜く命乞いをする姿。しかし、私は一切口を開かなかった。ここで部外者であるセイラントが出張りすぎれば、余計な裏工作を疑われる。
我々はあくまで「危機に瀕した隣人を助けに来た」だけに過ぎないのだから。
皇帝は静かに私へ目を向け、意見を促すような視線を送ってきたが、私はただ無言で頭を垂れ続けた。
「……全ての者の申し分はよく解った。この場にて即座に判決を下さねばならぬこと、余とて心苦しく思う。だが、余とて情報収集を怠っていたわけではないぞ」
皇帝の瞳に、激しい怒りの炎が宿る。
「貴様らは我が民を何だと思っているのだ! 敷地内に暮らす者はみな等しく我が民である! それを金を生む奴隷のように扱い、挙げ句に慈悲を乞うとは片腹痛い! これまでの功績に免じて爵位剥奪で済ませてやろうかとも考えたが……貴様らは決して許されぬ大罪を犯した」
皇帝の声が全殿内に轟いた。
「国外からの使者より何を受け取っていた? 我が国を脅かす不穏分子の潜伏を許していたのは、その賄賂ゆえか!? これは明白なる『国家叛逆罪』である! よって、ワットラン元侯爵夫妻を、民の前での斬首刑に処す! 異論は一切認めん!」
ワットラン夫妻が絶望に顔を歪ませる中、皇帝は次いでサラべ中将へと視線を向けた。その瞳からは怒りが消え、寛大な君主の光が宿っていた。
「……サラべよ。貴様は我が国に反旗を翻した『逆賊』であるという自覚はあるか?」
「はい。領主に逆らい、国の統治体制に異議を唱えた身。逆賊として征伐される覚悟はできております。……ですが、こうして皇帝陛下と直にお言葉を交わせている事実こそが、我が意の正当性を示していると信じております。どうか……どうかワットランの民に救いのあるご決断を」
少し手を震わせながらも、一切の迷いなく言い切るサラべ。名将とは、まさにこのような男を指すのだろう。
「セイラント・アクルよ。我が民の危機を救った忠義、褒めてつかわす。……さて本題だが、ワットランの軍部についてはすべて貴殿に一任する。サラべ、ガイランドを含めた者たちの処分は任せたぞ。引き続いて我が国への貢献を期待しておる」
孫に微笑みかけるようでもあり、同時に悪魔を覗き込むようでもある皇帝の笑みに、私はただ静かに恭順の礼を取るしかなかった。
かくして、ワットラン領の騒乱は決着を見たのだった。
時が現在へ戻る。
王城前広場に集まった群衆は、怒り、狂騒、歓喜、慈しみといった、あらゆる感情を孕んでいた。他人の不幸と劇的な処刑を目の当たりにして本性を露わにする姿は、人間という種の普遍的な性なのかもしれない。
皇帝が罪状を一つ一つ読み上げ、刻一刻と死の瞬間が迫る。
処刑台の上のワットランは、意外にも静かだった。往生際悪く暴れ回る者が多い中で、彼はただ黙って空を見つめている。土壇場に至り、貴族としての最後の矜持のようなものが彼の中に残っていたのかもしれない。
「ワットランよ! 罪を認め、潔く首を差し出すか!」
「……皇帝陛下のご裁定に異議はございません。己の道を違えたのもまた事実。潔く、この首をお差し出しいたします」
隣の妻アルセーは顔を蒼白にして諦めたように俯いていた。
一閃の刃が閃き、ワットラン侯爵夫妻の首が落ちた。
一時間後。王城の地下牢。
「サラべよ。覚悟は決まったか? 貴様はこの世から『消えて』もらうことになるが……」
鉄格子越しに問いかける私に、サラべは穏やかな笑みを浮かべた。
「構いません。この国のため、そしてワットランの民のためになるのであれば」
「……やはり、貴殿のような男を失うのは惜しいな」
「牢に戻ろう」と告げ、私は廊下を歩き出す。
この二日間で、私はすべての戦後処理を終えていた。
ワットラン軍の将兵は「上官の命令に従ったのみ」としてお咎めなし。セイラント領での再教育を経て、我が軍へと編入・統合する形を取った。
反乱軍の民衆についても、サラべ中将が全責任を負うことで不問となった。
では、当のサラべはどうなるのか?
彼はこの国での戸籍と社会的身分を剥奪された。即ち「人間として死んだ」扱いとなったのだ。……だが、彼が本当にこの世を去ったのかどうかは、私と皇帝陛下との間にある「密約」に関わる話であり、語るのはもう少し先のこととしよう。
なお、副官ガイランドはラントの手際によって完全に毒気を抜かれ、セイラントへの絶対の忠誠を誓わせることに成功している。
大規模な反乱へと発展したワットラン騒動は、こうして完全に幕を閉じた。
時は飛び、皇帝歴1899年8月30日。
王城内、セイラント領主執務室。
「ねえアクル、ついに明日ね!」
気安く話しかけてくるのは、第一皇女サン殿下だった。
窓辺で楽しそうに目を輝かせている。
「世間では私たちの噂とか、アクルの噂で持ちきりらしいわよ! 王立学校の生活、本当に楽しみね!」
「……ああ、そうだな」
ウキウキと語りかけてくる彼女に対し、私は書類から目を離さず、淡々と生返事を返すのだった。
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