門出と風の知らせ
前回でひと段落ですね!のんびり書いてまいります
皇帝歴1899年7月21日。ワットラン元侯爵領、現・セイラント直轄地・作戦司令部。
「我が父が失態を犯し、処刑されたことは聞き及んでおります。アクル様……私は今や、国民感情的にも表舞台に立てぬ人間です。どうか、貴方様のお役に立たせていただけないでしょうか」
頭を垂れるのは、一人の青年だった。年は私より十ほど上だろうか。若く未来ある身でありながら、先日の騒動によって彼の故郷と家格は消滅した。
彼は父親の命により、王都の王立政治専門校へ通っていた優秀な学徒であった。彼を匿うことは相応のリスクを伴うが、使いようによっては極めて有能な駒となる。
「貴殿の処遇については一度、皇帝陛下へお伺いを立てる。……もし私に一任された場合は……そうだな。私は次年度から王都の学園へ本格的に通い始めるのだが、男の『側近』が必要でな。……言わんとすることは解るか?」
私は執務椅子に深く腰掛け、幼い身体を大きく見せるように威圧的な視線を向けた。
「……身に余る光栄にございます。どのようなお言いつけにも従いましょう」
青年は迷いなく即答した。
(パキッ)
その時、遠くの庭木から小さな小枝が折れる音が聞こえた。
(……ん? 野生動物か何かか? まぁ、刺客の類ではないだろう)
私は特に気に留めることもなく、青年の処遇に関する書類をまとめるのだった。
皇帝歴1899年9月1日。王立ワイント学園、大講堂。
「学徒諸君。貴殿らは我が国の未来を背負う宝である。帝国永劫の繁栄のため、この学園にて切磋琢磨し、余に仕える準備を整えよ」
壇上で定型文を読み上げる皇帝陛下。その声は完全な「作業モード」であった。
私は講堂を見渡し、周囲の生徒たちの顔を観察する。上級生の中には、我がセイラントと並び「二大巨頭」と称されるカントランド公爵家の嫡男の姿もあった。
……と、観察を続けていると、すぐ隣からやけに刺々しい視線を感じた。
「……アクル? 私以外の女性を見てニヤニヤしているのですか!?」
隣に並ぶのは、めんどくさい勘違いを起こしている第一皇女・サン殿下であった。
「……サン様以外に目移りするなど、あるはずがございませんでしょう」
「アクルがそうやって適当にはぐらかす時は、絶対に嘘をついている時よ!」
……流石は皇帝陛下の娘と言うべきか、妙なところで人間観察が鋭い。
雑談をコソコソと交わしているうちに、新入生代表の挨拶が始まった。もちろん代表者は、隣にいるこの国で二番目に偉いお嬢様だ。
コツコツと靴音を響かせ、気品に満ちた足取りで壇上へ登るサン。彼女は全校生徒へ向けて優雅に視線を走らせた。
「私は第一皇女、サン・ワイント……」
伝統ある長々しい挨拶が始まる。校長先生の長い話を思い出してあくびを噛み殺すのは、前世も今世も変わらないらしい。
式典は何のトラブルもなく終了した。
王城への帰り道、乗合馬車に乗ろうとした私を、皇帝陛下が手招きしていた。
「アクルよ、こちらへ来なさい」
営業用の不気味なスマイルを浮かべた皇帝陛下。私はあからさまに嫌そうな顔を隠さずに馬車へと歩み寄った。
「……さて、アクル。この馬車内は無礼講とする。忌憚なき意見を聞かせよ」
馬車が走り出すと同時に、皇帝の笑みが消え、覇道を行く君主の顔へと戻った。
「単刀直入に言おう。貴殿は『六歳』という若さでありながら、武功と領地拡大という未曾有の功績を挙げ、その名を轟かせている。自覚はあるな?」
(……ちなみに、ここで言う「六歳」だが、読者諸兄(地球基準)で言えば10歳前後に相当すると理解してほしい。この惑星は地球よりも日照時間が長く、一年および一日の経過が遅いのだ。だから精神的にも肉体的にも、見た目よりは育っている)
「アクル、聞いておるのか?」
「……はい、重々承知しております」
思考を脱線させていた私を、皇帝が怪訝そうな目で見つめ、本題へと切り出した。
「今年の入学生の中に、『東方の国』の皇太子が居ることは知っておるな?」
生徒名簿はすべて暗記済みだ。
「はい。東方神国…彼らの言葉で『衵本』。それが何か問題でも?」
「うむ。かの国は我が国との同盟を強く望んでいてな。西の大国である我が国を『大陸への玄関口』として貿易を行いたいのだそうだ。そして同盟の条件として、皇太子を我が国へ嫁がせるか、あるいは我が王家の皇女を婿に行かせたいと打診してきておる」
国際情勢を語る皇帝陛下。私は心の中で密かに毒づく。
(……貴方が夜の大運動会をもう一踏ん張りして、新しい皇女でも作れば解決するのでは?)
いけない、不敬すぎる妄想だ。私は平静を装って問い返した。
「事情は理解いたしました。……で、それが私に何か関係でも?」
「いやなに、卒業後に同盟の婚約がまとまれば、我が王家としても非常に都合が良い。……そこでだ。貴殿の『弟』と、かの国の皇女を試しに婚約させてはどうかと考えてな」
……ん?
「……弟?」
思わず素の声が出た。私は額に冷や汗を浮かべながら、皇帝の顔を凝視した。
(……弟? 弟って何だ? そんな話、私は一度たりとも聞いていないぞ……!?)
皇帝陛下は口をぽかんと開け、「え? 聞いてなかったの?」と言わんばかりの顔でこちらを見ている。
(……くそっ! 父上も母上も何をやっているんだ!)
こうして、馬車の中の小さな不穏は幕を閉じた。
同日夜。王城内、セイラント領主執務室。
【緊急電報】
『父上へ。
「弟」とは一体どういうことでしょうか。本日、皇帝陛下の口から初めて伺いました。そういえばワットラン領の騒動以来、約三ヶ月ほど母上の姿をお見かけしておりませんでしたが……説明を求めます。至急ご返信を』
最後まで読んでくれてありがとう!




