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異政界転生  作者: はくさん
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答え合わせと蜃気楼

皇帝暦1899年4月13日、昼。国都、ワイント王城・皇帝執務室。



「失礼いたします」


重厚な空気の中、私は一歩一歩、執務室の机へと近づいていく。


「さて、アクルよ。この国で最も権力を持つ者に、わざわざ個人の時間を作らせた。……この意味は、分かっているな?」


玉座に座る皇帝ワイント・カント・ラップ5世は、私を試すように、そして威圧するように低く語りかける。その瞳の奥には、すべてを隠蔽する底知れない暗闇が渦巻いていた。探りを入れるなど無駄だ。私は単刀直入に切り出した。


「皇帝陛下。我が侯爵家のメイドであるラントを、裏でお使いになられたようですが。……これは一体、どういう事なのでしょうか」


「直球だな、アクル。そなたは、私を完全な『味方』とでも思っているのかな?」


「まさか。今後はより一層、警戒せねばならぬ『油断ならぬ御方』だと再認識いたしました」


冗談抜きでそう思った。この男は決して純粋な味方などではない。


「ほう……。これから家族になる者への態度としては、いささか冷たすぎやしないか? 義父として悲しいぞ?」


「……どの口が仰るのですか」


「ククク、すまないアクル、からかいが過ぎた。少し遊びたい気分だったのだ」


楽しげに笑みを浮かべる皇帝。先ほどまでの刺すような緊張感が一瞬で霧散する。如何に自分が手のひらで転がされているかが分かり、実に不愉快極まりない。


「さて、本題へ戻ろう」


「陛下、ラントはどちらの陣営に属しているのですか? 状況によっては、こちらとしても『対処』を考えねばなりません」


私の描く未来のグランドデザイン(野望)において、完全な味方以外の不確定要素を傍に置いておくわけにはいかない。

皇帝陛下はゆっくりと立ち上がり、窓の外へと視線を向けた。


「ラント……、ラントか。……率直に言おう。ラントは、お前の味方だ」


はっきりと断言された答え。しかし、その声には微かな揺らぎと、奇妙な不安が混じっていた。

「ラントはな……先代皇帝の汚点でな。遠方に出向いた折にできた、不義の子なのだよ」


なるほど、合点がいった。王家の血を引きながら、日陰の身として生きてきた存在。だからこそ、国都のドブ泥をさらう暗部として飼われ、同時に『自分と同じ、異端の匂いがする私に対して個人的な忠誠を誓う余地があったわけだ』


私は皇帝陛下の目を真っ向から見据えた。


「陛下。ならば、今後も引き続き、ラントを私の傍に置いておいても?」


「……アクルよ。そなたが良いなら、構わんがね。本当に……良いのだな?」


含みのある物言いだ。実害がないのなら問題ないはずだが、皇帝は何をそこまで心配しているのだろうか。


(私が前世の政治家としての『毒』で、彼女を完璧に染め上げるのを恐れているのか。あるいは、ラントという存在そのものが、私を喰らい尽くす怪物を秘めているとでも言うのか……)


私は皇帝に一礼し、踵を返した。


『アクルよ、ラントは有能だが……本当にその怪物を飼い慣らせると思っているのか?』


背中に突き刺さる皇帝の不安げな視線を無視し、私は執務室を辞した。


廊下を歩きながら、思考を整理する。


王家とのパイプ、そしてラントの正体。不確定要素が一つ減り、交渉も有利に進んだ。思わず、口元に満足気な笑みが零れる。


「アクル様!」


突如、背後から聞き覚えのある声が響いた。


「どうしたんだい、サン様」


微笑みを残したまま振り返ると、サンはまるで未知の化け物でも見るかのように、目を丸くして硬直していた。


「あ、ア、アクル様……? 何か、変なものでも召し上がりましたか……っ!?」


「失礼な。何も変なものは食べていませんよ」


「だって、アクル様がそんな風に、嬉しそうに笑みを浮かべるなんて……! 本当に、心の底から嬉しいことがあったのですね!」


あわあわと慌てていたサンが、今度は一転して、初めて見る私の表情に大変ご満悦な様子で顔を輝かせた。


その時、どこか遠くの角で、カタンと何かが倒れるような物音が響いた。


(……気のせいか? いや、誰かが盗み聞きを……?)


わずかな違和感を覚えつつも、私はサンとの談笑に戻り、帰宅の準備を進めるために廊下を歩んでいった。



同日。ワットラン侯爵領、広大な集団農地。


「なあ……いつになったら俺たちは、このクソみたいな泥を這い回る生活から抜け出せるんだ?」


むせ返るような土埃の中、汗まみれでクワを振るう男が吐き捨てる。


「ああん? そんなもん、ワットラン領が豊かになったらだろ」


「ケッ、ワットランの無能どもじゃ百年経っても無理だ。……いっそ、セイラントの神童様が俺たちのトップだったらなぁ」


絶対にあり得ない妄想。だが、ワットラン領民の間では、過酷な重税と強制労働への不満が、マグマのように溜まり続けていた。


「おい、新入り!」


年配の小作農が、一人の若い男を呼び止める。


「お前、仕事ぶりが凄まじいな! このままいけば、俺の稼ぎなんてあっという間に追い抜いちまうぞ!」


土で汚れた手で肩を叩かれたその若い男は、日に焼け、全身泥にまみれながらも、極めて爽やかな、そして、その奥に酷く冷徹な闘志を宿した目で微笑んだ。


「そりゃあ、侯爵様の『お役に立ちたい』のでね」


その時、農地の端から叫び声が上がった。


「おい! ワットラン侯爵の馬車だぞ!」


全員が手を止め、冷ややかな視線を走る高級馬車へと向ける。


「チッ、俺たちが死に物狂いで働いてる間も、あの野郎はお遊びかよ」


農民たちの怒りが爆発しかけたその瞬間、先ほどの若い男が毅然と前に飛び出た。


「皆様、誤解です! ワットラン侯爵様は王城へ国務に行かれていたのです。私たちと同じように、戦っておられるのですよ!」


若者が必死に侯爵を庇ったことで、農民たちは「なんだ、仕事か……」と毒気を抜かれ、再び作業へと戻っていった。


静かになった農地で、若い男の口元が、静かに歪む。


(そうだ。そのまま不満を溜め込め。まだだ……まだ、爆発の時ではない……)

ワットラン侯爵を「庇う」ことで、農民たちの心の奥底にある、特権階級への憎悪をより深く、確実に培養する。

黒き影を操る怪物は、王城の密室だけでなく、この泥まみれの最前線にも、確かに息を潜めていた。

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